| 続ハイムダール国物語 第四十四章 |
| 「う……ん……」 ゆっくりと意識が浮上してロイは目を開ける。ぼんやりと見上げた天井には見覚えがなく、ロイは何度か瞬いて見知らぬ天井を見つめた。 「ここは……私は一体……、あ……ッ、ツゥ……」 身を起こそうとして体を捩れば体のあちこちが痛い。顔を歪めて一体どうしてこんなに体が痛むのか、ここはどこで自分はどうしてここにいるのかをまだはっきりとしない頭で考えていたロイは、次の瞬間ハッとして辺りを見回した。 「そうだった、私は図書館から攫われて……ッ」 ホヅルから渡されたお茶を口にした途端急激な眠気に襲われて気を失った。次に目覚めた時には手足の自由を奪われ猿轡を噛まされて木箱の中に押し込められていた。荒れた道を疾走する荷馬車に積まれた木箱は嵐の海の小舟よりもメチャクチャに揺れて、ロイはもうこのまま死んでしまうだろうと思ったのだ。だが、とりあえずは生き延びることが出来たようで、ロイはホッと息をつくと同時にこんな形で自分を連れ去った男に対する恐怖が沸き上がってくるのを感じて部屋の中を素早く見回した。 「ホヅルはいないのか……?」 少なくともこの部屋の中にホヅルの姿は見当たらない。だが、このままここにいれば遅かれ早かれ戻ってくるのは間違いないと思われた。 「逃げなければ……っ」 戻ってきたホヅルが自分に対してどうするかと考えれば恐怖に心臓がキュッと縮こまる。ロイは痛む体を叱責して脚をおろすとベッドからゆっくりと立ち上がった。その拍子に手に堅いものが触れてロイは視線を落とす。落とした視線の先ハボックがロイにくれた短剣が目に入って、ロイは綺麗な装飾が施された鞘をギュッと握り締めた。 「大丈夫、きっとハボックが来てくれる」 そう思えば空色の瞳を細めて笑うハボックの顔が浮かんで、ロイは唇を引き結ぶ。 「それまでは何とか……ッ」 ホヅルに再び会えばハボックが来る前に殺されてしまうかも知れなかった。ロイは扉に近づくと息を詰めてゆっくりとノブを回す。 「鍵……開いてる」 抵抗無く扉が開いたことに詰めていた息を吐き出してロイはそっと扉を押し開いた。出来た隙間から顔を覗かせ辺りを見回す。隣に一部屋、廊下を挟んで向かいに二つ部屋があったがそのいずれからも物音は聞こえなかった。 (どこにいるんだろう) 必死に耳を澄ませてロイは人の気配を探る。そうすれば遠くにカチャカチャと食器がぶつかり合うような音と、微かに鼻を突くような臭いがした。 「ッ」 近くにいるのだと思えばゾッとして体が震える。ロイは一度寝室に戻ると枕をブランケットの中に押し込んで、人が潜り込んでいるように見せかけた。それからもう一度扉の外をそっと伺い足を踏み出す。靴音をたてないようそろそろと廊下を歩いていけば、心臓が煩いほどバクバクと音を立てて鳴り響いた。部屋の前を通り過ぎロイは玄関へと向かう。その時、ガシャンと何かを落としたような大きな音が鳴り響いてロイは飛び上がった。悲鳴を上げそうになった口を手のひらで押さえて、ロイは音のした方を見た。 (台所……?何か作ってるのか?) 自分を攫っておきながら何か食べるものでも作っているのだろうか。ロイは玄関に向けていた足を物音がした方へと向ける。反射的に声を上げたりしてしまわないよう、片手で口を覆って台所と思しき方へ行くと、半開きの扉から恐る恐る中を覗き込んだ。 (あれは……ホヅル、じゃない?) 台所の中はなにやら煎じているのだろうか、嫌な臭いがする煙が立ちこめている。その臭いの源、鍋をかき回しているのはホヅルではなく醜い容貌をした痩せた男だった。 (ホヅルじゃない、誰だ……?私を攫ったのはホヅルじゃないのか?だが、一体なんのために?) あの容貌だ、一度見れば絶対に忘れる筈はない。だが、ロイには全く見覚えがなく、そうであれば攫われた理由も全く見当がつかなかった。だが。 (逃げなくては。もし捕まったら) あの男からはホヅルよりも数段悪い気配がする。捕まればきっと死ぬより辛い目に遭わせられるに違いないとロイの本能が告げていた。 (私が目覚めたと気づかれる前に) そう考えながらロイはゆっくりと扉から離れようとする。その時、鍋をかき混ぜていた男から低く、クツクツと笑う声が聞こえた。 |
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