続ハイムダール国物語  第四十三章


「ここにある薬草、なんに使われるものなんだろう。ティ、判る?」
 ハボックは数え切れないほどの並べられた瓶を手にとって言う。ティワズは細長い葉を瓶から取り出し、鼻に近づけて匂いを嗅いで言った。
「私も専門ではないので詳しくは判りませんが、これは恐らく毒草です。枝を薪にするとその煙も危険だと聞いたことがあります」
「煙も?!」
 驚いて声を上げるハボックのすぐ側、瓶に生けられた白い花を指さしてティワズは続ける。
「それも毒草ですよ、若。その生けた水をそっちの水槽に入れてごらんなさい」
「水?」
 言われてハボックは小さな魚が泳いでいる水槽に花が生けられている瓶の水を空ける。すると少しして泳いでいた魚が腹を上にして水面に浮かんだ。
「生けた水に毒の成分が溶けだしてるんですよ」
 死んでしまった魚を域を飲んで見つめるハボックにティワズが言う。
「薬草になるか毒草になるか、それは使う人間次第です。ですが、恐らくここにあるものは使い方によっては人に危害を与える事が十分に可能なものが大半を占めていると思いますね」
「ッ、くそッ、そんな奴にロイは……ッ」
 ティワズの言葉に顔を歪めて手にしていた花を床に叩きつけたハボックは、リザがあげた声に振り向いた。
「リザ?何かあったのか?」
「ハボック様、ティワズ様、こんなものが抽斗に」
 尋ねればリザが抽斗から取り出した古い新聞の切り抜きを二人に差し出す。ハボックは作業用の机を回ってリザに近づくと差し出されたものを覗き込んだ。
「なんの記事?」
「城の薬師が新しく起用されたという記事のようですね」
 一緒に記事を覗き込んだティワズが素早く目を通して言う。その言葉にリザが頷いて答えた。
「ええ。今もこのフェルネが城の医師頭を務めています」
「ねぇ、ここ」
 リザがそう言った時、ハボックが記事の片隅を指さす。新しく起用された薬師の大きな記事に続いて小さく記された記事の中、“ローゲ”の名があるのを見つけて三人は目を見開いた。
「この記事だけでは詳しいことは判りませんが、どうやらローゲという男、城の薬師を選出する課程で医師会から永久追放されたようですね」
「だからってカウィル王家に恨みを?それって逆恨みじゃないのか?」
「逆恨みなのかどうかは知りませんが、この記事から察するにローゲは薬の使用に長けた危険な男だと言うことは確かでしょう」
 そう言うティワズの言葉にフラリと揺らいだリザの体をハボックが慌てて支える。リザはキュッと唇を噛んでハボックの手を押し退けた。
「申し訳ありません、大丈夫です」
「リザ」
「追いかけているレイヴは追跡の技術に長けた優秀な男です。間もなく連絡が来る筈です」
 鳶色の瞳を怒りに燃え上がらせてリザが言う。
「ではそれまでの間にもっと情報を集めなければ」
 ティワズが答えて更に部屋の捜索を再開するのに倣って、ハボックとリザも次々と抽斗を開け棚の中を調べていった。
「ティ、これ」
 乱暴に抽斗の中身をひっくり返したハボックが中から手帳を取り出してティワズに放り投げる。受け取ったティワズが手帳を繰って中を確認していると、バンッと扉が開いてリフが部屋に飛び込んできた。
「リザ様、レイヴから使いの鳩が」
「レイヴはなんて?」
 腕にとまった鳩の足首につけられた小さな筒から取り出した紙片をリフはリザに差し出す。そこに記された場所の名を確認してリザはハボックを見た。
「リザ」
「参りましょう、ハボック様。兄さまを助けなくては」
「ああ、いくぞ、ティ」
「はい、若」
 互いに頷きあった三人は足早に家を出る。リフや他の兵士と共に馬に跨るとロイを救い出すために一斉に走り出した。


 街道沿いの茂みの中、乗り捨てられた荷馬車を見つけたレイヴは、すぐ側の村の名と大凡の現在地を記した紙片を鳩の足首につけられた筒に入れて空へと飛ばす。訓練された鳩が何度か大きく羽ばたくと城を目指して飛んでいくのを確認すると、レイヴは茂み入口の木に赤い紐を結びつけてから中へ入っていった。新しい足跡と台車の車輪の跡を辿りながら、レイヴは時折目印の紐を結びつけながら進んでいく。暫く行けば川と小さな小屋が見えてきて、レイヴは用心しつつ近づいていった。
「ここから川を下ったか」
 小屋の中には大小二つの船が残っている。レイヴは小さな舟を引っ張り出すと川に向かって押し出した。滑り降りる舟を追いかけ飛び乗ったレイヴは櫂を取り上げ舟を流れに乗せる。
「どこへ行ったか……」
 水の流れにはこれまでのように足跡を探す事は出来ない。レイヴは全神経を張り巡らせて何か痕跡となるものがないか、辺りを見回しながら川を下っていった。


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