続ハイムダール国物語  第四十章


「急げ!さっさと走れッ!」
 ローゲは荷馬車を引いて走る馬に容赦なく何度も鞭を入れる。馬は悲しげに体を震わせると必死になってスピードを上げた。
「あの男が失敗していたらそろそろ追っ手がかかる頃。急がねばッ」
 低く呟いてローゲは再び鞭を入れる。ガラガラと大きな音を立てて疾走する荷馬車を、道沿いの畑で仕事をする農夫が不思議そうに見送った。荷馬車は時折道に落ちた石を踏み、小さな窪みを飛び越える。そうすれば荷台に積まれた木箱も荷馬車の動きにあわせて大きく揺れた。
「相変わらずの田舎道だッ!くそッ!」
 口汚く罵るのと同時に荷馬車が大きく跳ねる。ガンッと派手な音を立てて着地して、ローゲは肩越しに振り向いて積んである木箱を確かめた。
「かなり響いているだろうな……。フン、まあいい。もし死んだらその時はその時だ」
 勿論生かしたまま連れ去ってロイに死ぬより辛い苦しみを与えてやるのが一番の望みではあるが、死んだとしても辱めを与える方法は幾らでもある。
「さあ、早く二人だけで過ごせる場所へ行こう……」
 クククと低く笑って、ローゲは馬に鞭を入れた。


「くぅ……ッ!」
 あまり良くない道を全速力で走る荷馬車に積まれた木箱の中、ロイは強かに肩をぶつけて呻き声を上げる。さっきからもう何度も体を打ちつけて、あちこち痛くて堪らなかった。その上、カーブを曲がるときにも減速しないせいで、体にかかる負荷が半端ない。木箱にグーッと押しつけられて、ロイは顔を歪めて圧力に耐えた。
(苦しい……っ、一体どこまで走るんだ?)
 ホヅルは一体何のために自分をこんな目に遭わせるのだろう。一体どこへ連れていこうと言うのだろう。
(折角カウィルに帰ってきたのに……どうしてこんな目に)
 ロイは今回の帰郷を本当に楽しみにしていた。確かにハイムダールは良いところだし、周りの人々もロイによくしてくれる。ロイはハボックを深く愛していて、たとえカウィルに帰れなくても不満はなかった。それでもやはり久しぶりに帰れるとなれば心は躍った。手紙のやりとりだけでずっと会えなかったリザやヒューズに会えるのだ。それ以外にも会いたい人、行きたい場所がたくさんあって、ロイは指折り数えてカウィルに帰れる日を待っていた。漸く故郷の地を、それもハボックと一緒に踏んで、ロイの心は幸せに満ちていたのに。
「ぅ……ぅうッッ!!」
 フワリと宙に浮かぶ感覚にぞわりと体が震える。次の瞬間木箱が壊れるのではないかと思うほどの勢いでガンッと荷台に叩きつけられた。
「ぐぅ……ッ!!」
 猿轡をはめられた唇の端から涎が零れ、見開いた瞳から涙が零れる。フーフーと息を吐き出して、ロイはぐったりと木箱の内側に寄りかかった。
(死ぬかもしれない)
 唐突にそんな考えが頭に浮かぶ。
(ハボック……ハボ……)
 脳裏に浮かぶ優しい空色を助けを求めて呼びながら、ロイの意識は闇の中へ落ちていった。


 ローゲは馬のスピードを落とすとゆっくりと道の脇へ荷馬車を寄せていく。漸く止まることを赦された馬は、びっしょりと汗をかきぜいぜいと息を弾ませて道端に立ち止まった。ローゲは御者台からおりて後ろに回る。荷台から運搬用の手押し車をおろし、木箱を乗せた。
「確かこの辺り……」
 ぶつぶつと言いながらローゲは道の脇の細い小道に入っていく。時折手押し車の車輪が整備の悪い道のでこぼこに引っかかるのを強引に押しながら進んでいけば、やがて水が流れる音が聞こえてきた。音の方向へと歩いていくと川の流れが見えてくる。川の畔に建てられた小屋の近くに手押し車を止め、ローゲは小屋から小さな船を押し出した。
「く……ッ」
 ロイを詰め込んだ木箱を持ち上げ、船の中に半ば放り込むようにおろす。木箱を乗せた船を渾身の力で川の流れに向かって押せば、やがて船は川に向かって傾斜を下りだした。数歩船を追って走って、ローゲは船に飛び乗る。バシャンと大きな飛沫をあげて、船は川の流れに落ちた。
「よし」
 上手い具合に船を川に出して、ローゲは満足げに笑う。船を操るための櫂を手に取り器用に船を流れに乗せた。
「クク……あと少しだ。もうすぐお前に最高の苦しみを与えてやる。楽しみにしていろ、ロイ王子」
 クツクツと昏い笑みを零すローゲとロイを詰め込んだ木箱を乗せて、船は川の流れに乗って進んでいった。


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