| 続ハイムダール国物語 第三十九章 |
| ハボックが「馬を」と叫ぶ声に彼の愛馬であるグルトップが曳かれてくる。手綱を取り馬の首を軽く叩いて跨ろうとするハボックに向かってティワズが言った。 「若!今少しお待ち下さい!」 「ティ」 轍の跡を調べていたティワズが立ち上がり近寄ってくるのをハボックは睨む。その全身から怒りのオーラを立ち上らせるハボックは、普段の陽気で人懐こい人柄とはあまりにかけ離れて凄まじく、心の弱い者なら口をきくどころか近寄る事も出来ないであろうと思われた。 「何故止めるッ?ロイが攫われたんだぞッ!一刻も早く追わなければロイの身にどんな危険が及ぶかしれない、そんなことティだって判っているだろうッ!」 苛烈な光を湛えて睨んでくる空色を、だがティワズは平然と受け止める。真っ直ぐにハボックを見つめて、ティワズは言った。 「よく判っております。ですが、若。この土地のことをよく知りもしない貴方が闇雲に追いかけても追いつけるとは思えません」 「ッ!」 ティワズにそう指摘されてハボックはグッと言葉を飲み込む。手綱を握り締めて睨んでくるハボックから図書館の館長へと視線を移して、ティワズは言った。 「ミミル殿、賊はロイ様を荷馬車で連れ去ったと思われますが、ここから大人一人を人目に付かないよう連れ去るとして貴方ならどうしますか?」 「私なら、ですか?」 突然そう尋ねられて、髭の館長は目を瞠る。ほんの少し考えて、それから口を開いて答えた。 「荷馬車を使ったのであれば本を運ぶ為の木箱にロイ様を入れて運んだのではないでしょうか」 「木箱?それはどんなものです?」 聞かれてミミルはハボック達を倉庫へ案内する。そこに積まれた木箱を見て、ハボックが言った。 「こんな小さな箱に人が入るか?」 「ロイ様の体格なら脚を抱えるように座らせれば何とか入るでしょう」 「こんな箱……窒息しちまうッ」 本を運ぶ為に作られたがっちりとした小さな木箱を前にしてハボックが顔を歪める。ティワズはそんなハボックを一瞬気遣わしげに見たものの、すぐ表情を改めて言った。 「誰か、この辺りの土地に詳しい者に書籍運搬用の木箱を積んだ荷馬車を追わせましょう」 「それでしたら私の部下に追わせます」 その時、倉庫の入口でリザの声がする。振り向いて一言二言言えば、リザの側に立っていた兵士が頷いて、足早に立ち去った。 「リザ」 倉庫から出てきたハボックが呼ぶ声にリザは振り向く。尋ねる視線を見返して、リザは答えた。 「先ほどの液体、薬草に詳しい者に聞きましたらすぐ判りました。おそらくダチュラを主成分に幾つかの薬草を併せて煎じた睡眠薬だろうと。それから、ホヅルに接触していた者を探らせていたのですが、その者の居場所を突き止めております。当人は姿をくらました後ですが、今からそこへ────」 「行く。すぐ案内してくれ」 最後まで言わせずハボックは言うと、倉庫の入口に待たせておいたグルトップに跨る。頷いたリザとティワズが馬を連れてこさせるのを待つ間、ハボックはファルマンを呼んで言った。 「ファルマン、お前はここに残って始末を頼む。ホヅルの遺体を調べ、何か手がかりになるものが残っていないか探してくれ。それと図書館の被害状況の確認を」 「判りました。正直あの馬鹿者の遺体などどうでもよろしいが、仕方ありませんな」 肩を竦めて言うファルマンの普段と変わらぬ様子に、ハボックは笑みを浮かべる。ファルマンのすぐ側で心配そうにハボックを見上げていたフュリーが言った。 「僕はっ、なにかお役に立てることはございませんでしょうかッ?」 見上げてくる眼鏡の奥の瞳を見つめてハボックは言う。 「ミミルの手伝いをしてくれ。それがすんだらロイが帰ってきた時の為にお茶の用意を頼むよ」 「は、はいッ」 ハボックの言葉に頷いて、フュリーは図書館の中へと駆け込んでいく。その時、馬の蹄の音がして、ティワズとリザが数騎の部下を連れてやってきた。 「お待たせしました、若」 そう言う紅い瞳に頷いて、ハボックはリザを見る。 「リザ、案内を頼む」 「はい、ハボック様」 答えて馬の腹を蹴るリザに続いて、ハボック達はロイを取り戻す為に走り出した。 |
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