| 続ハイムダール国物語 第三十八章 |
| 「行け!さっさと走るんだッ!」 ピシリと馬に鞭打ってローゲは声を上げる。尻を打たれて馬は鬣を揺するとスピードを上げた。 「クク……今頃どちらが吹き飛んでいるかな」 ホヅルに爆薬を渡したものの、正直成功する見込みは半々とローゲは考えていた。ハボックの周りには王子を護る者が大勢いる。特に幼少の頃からハボックの側につき従ってきたティワズはハイムダール王家への忠誠も厚く、頭も切れ剣の腕も一級品だ。彼がハボックの側にいる限りハイムダールの王子の命を奪うのは至難の業と言えた。 「まあよくして相討ちといったところか」 何とかハボックに近づいてぶちまけた中身が少しでもハボックにかかれば即乾性の爆薬だ。ハボックを吹き飛ばすのも可能だろう。たとえその爆発にホヅルが巻き込まれたところで構わない、というより一緒に吹き飛んでくれた方が後々面倒でない。下手に生き残って「ロイを渡せ」とまとわりつかれたら鬱陶しいだけだ。その時はその時で始末するつもりではあるが、余計な手間をかけずに済むならそれに越したことはなかった。 「フン……どうせ追ってなど来られまいがな」 あの頭の働きの鈍い男では、来るはずもないローゲを店で今か今かと待ち続けるのが関の山だろう。そんなホヅルの事を考えるよりも今は一刻も早くロイを隠れ家へと連れていかねばならなかった。 「ハボック王子を始末出来ないまでも怪我を負わせるくらいやれればいいが」 ハボックが負傷すればまずはその手当が優先され、ロイを攫ったローゲへの追っ手がかかるのは遅れるに違いない。 「折角いい夢を見させてやったんだ、多少は役に立て、ホヅル」 どんなにロイに懸想しようと一人では到底考えもつかなかったであろうロイの誘拐と、その後の甘い生活を夢見させてやったのだ。せめて追っ手がかかる足止めの役ぐらいには立てと、ローゲは利用しつくした男に罪の意識を感じるどころか冷酷に呟いて馬に鞭を入れた。 ゴトゴトと低く揺れる音がする。ゴトンと大きな音がして体が打ちつけられる痛みに、ロイは小さく呻いた。 「う……」 ゆっくりと目を開けるが何も見えない。何度か瞬いてロイは目が某かの布に覆われていることに気づいた。 「ん……、ッ?ぅうッ?!」 その布をとろうと手を動かそうとして、今度は腕が後ろ手に縛られていることに気づく。それと同時にロイは、己の足首を縛る縄と口に噛まされた猿轡に気づいた。 「んっ、んーッ!!ううッッ!!」 何とか自由を得ようとしてみるものの動かせるのは首くらいだ。ロイは自分が目隠しと猿轡をされ手足を縛られて、狭い箱のようなものに押し込まれているのだと知って、ゾッと背筋を震わせた。 (どういうことだッ?一体どうしてこんな事にッ?) 思いもしない事態にパニックに陥りそうになる。視界が遮られていることが恐怖を煽り、ロイは必死にもがいた。 「うううッッ!!んんーッッ!!ぅふゥッ!!うゥふッッ!!」 目隠しを外そうと唯一動かせる首を激しく振る。口に食い込む猿轡を何とか舌で押し出そうとしてみたが、唇の端からだらだらと零れた唾液が襟を濡らしただけだった。 「ぅんッ!!」 その時、轍が石を踏んだのか大きく荷馬車が跳ねる。狭い箱に強かに肩をぶつけて、ロイはその痛みにほんの少し冷静さを取り戻した。 (落ち着け!落ち着くんだっ!一体どうしてこんな事になったのか……思い出せ、私は何をしてた……?) ロイは込み上がる恐怖を必死に押さえ込んで考える。フーフーと猿轡の隙間から息を吐き出して、ロイは意識を失う前の出来事を思い出そうとした。 (今日は……王立図書館へ視察だったんだ。馬で図書館に向かって……図書館ではミミルが迎えてくれた。みんなで中に入って、そうだ、私は小さい時から大好きだった本を久しぶりに……) 子供の頃から何度もなんども繰り返し読んだ本を手にとって見ていた。懐かしさに胸が熱くなるのを感じながらページを繰っていたら。 (思いだした、ホヅルが来たんだ。ホヅルが来て本を見せてくれと言われて……、────あ) 『ロイ様、喉が乾きませんか?俺が読ませてもらってる間にこれを』 本を渡せば代わりに差し出されたお茶の入ったボトル。 『それ、俺の故郷の特産のお茶なんです────そう、目にいいんですよッ、本を読む前に飲むのにぴったりのお茶なんですッ』 ハイムダールに嫁いでその土地のお茶がそれぞれに美味しい事をよく知っていた事と本を読む前に飲むのにぴったりだという言葉に誘われて、さして喉は乾いていなかったものの口をつけてみた。仄かに甘みのある独特な味わいに、何か言いかけたところで意識が途切れたのだ。 (それじゃあホヅルが私をこんな目に?一体何の為に?) ハイムダールに嫁いだばかりの頃、二人の結婚をよく思わない一部の者がロイを攫った事があった。あの時は監視役だったファルマン諸共殺されそうになって、もう駄目だと思ったその時ハボックが助けに来てくれたのだ。 (でもどうして……?ここはカウィルだ、私の故郷だ。ホヅルは何の為に私を……それとも他に誰かいるのか?) 己の故郷でこんな形で連れ去られる理由が全く思い浮かばない事がロイの恐怖を煽る。 (ハボック……助けて、ハボック……ッッ!!) ロイはどうすることも出来ないまま、心の中でハボックを呼び続けた。 |
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