続ハイムダール国物語  第三十七章


「若ッ!」
 駆けていくホヅルを追って駆けながらティワズはハボックに向かって叫ぶ。ハッと振り向いたハボックがホヅルを迎え撃とうとするのを見て、ティワズは声を張り上げた。
「気をつけてッ!その瓶の中身は爆薬ですッ!」
「ッ?!」
「くらえッ!」
 ティワズの声に目を見開くハボックめがけてホヅルが瓶を横に薙ぐようにして中身をぶちまける。
「よしッ!」
 ハボックにかけてやったとホヅルが醜い顔を喜びに輝かせた瞬間、翻ったハボックのマントが爆薬から持ち主の体を護った。ハボックはマントの留め具を素早く外し、爆薬に塗れたマントをホヅルに向かって投げつける。咄嗟の事にマントを頭から引っ被ってしまったホヅルは、慌ててマントを投げ捨てた。
「ヒィッ!!ヒィィッッ!!」
 だが、まだ乾ききっていなかったクリーム状の爆薬がべっとりと髪の毛についてしまったのを見て、ホヅルは恐怖に顔を歪めて必死に手でクリームを落とそうとする。恐怖のあまり己の髪を毟り取りながら意味不明の言葉を叫び続けるホヅルを突き飛ばしたティワズは、そのままの勢いでハボックをホヅルとは反対の方へと突き飛ばした。もつれ合うように書架の間の通路に倒れ込んで、ティワズはハボックに覆い被さる。己の体で主を護ろうとするティワズの背後で、ホヅルが高い悲鳴を上げたその瞬間。
 ドオンッ!!
 大きな音と共に爆発が起こり図書館が大きく揺れる。バラバラと本が飛び散る中、覆い被さってくるティワズの肩越し爆発の中心を見たハボックは空色の瞳を大きく見開いた。
 爆発で上半身を無くした体が本が散らばるその中央に立っている。焼け焦げた体がつけている服の柄からそれがホヅルだとハボックが気づくのと同時に、立っていた体がゆらりと揺らいでドオと床に倒れ込んだ。
「────ッ、ティッ?!」
 あまりに壮絶な光景を息を飲んで見つめていたハボックは、ホヅルの胴体が倒れ込む音にハッとして己に覆い被さるティワズの体を揺する。低く呻くティワズの顔を覗き込めば、緩く頭を振ったティワズの紅い瞳がハボックを見た。
「私は大丈夫です。若、お怪我はありませんか?」
「オレはどこも怪我してないよッ!ティはっ?ティ、怪我したんじゃないのッ?!」
 自分を庇ってくれたのだ、どこか大きな怪我をしているのではとハボックは青褪めてティワズの腕を掴んだ。
「大丈夫、降ってきた本の角が何冊か当たりましたけど、それだけです」
 そう言って笑うティワズにハボックはホッと息を吐く。先に立ち上がったティワズが差し出した手を掴んでハボックが立ち上がった時、バタバタと足音がしてミミルたちが駆け寄ってきた。
「ハボックさまッ!大事ありませんかッ?」
「オレは大丈夫、ティも。でも、図書館が……」
 ホヅルの体を吹き飛ばした爆薬は図書館の書架の一部も破壊した。建物自体に損害はなかったが、爆発に巻き込まれた本には貴重な物もあった筈で、ハボックはミミルに向かって頭を下げた。
「ごめん、ミミル!大切な本が……ッ」
「本のことは気になさらないで下さい。それよりハボック様にお怪我が無くてようございました」
「こっ、これは!!本がッッ!!なんてことにッッ!!この損失は大きいッ!!大き過ぎますぞッッ!!すぐさま何とかしなくてはッッ!!」
 髭の館長が穏やかに言うその向こう、図書館の惨状を見たファルマンが大声で喚く。近くには頭が吹き飛んだ死体が転がったその恐ろしい状況にも、普段と変わらぬマイペースな反応を見せるファルマンに、ハボック達は顔を見合わせてクスリと笑った。
「ミミル、すまないけど本のことは後回しにさせて貰って────」
「それ以上仰いますな。それより南の搬入口は開けた痕跡はございませんでした」
 ハボックに皆まで言わせずミミルは答える。それを聞いて戻って側に控えていたフュリーも言った。
「東の搬入口も同じです。最近開けた痕跡は残っていません」
「それじゃあ」
 二人の言葉にハボック達は足早に北の搬入口へと向かう。ハボックとミミルが扉の具合を見ている間、辺りを見回したティワズは扉を開けて固定するための金具になにやら引っかかっている物があることに気づいた。
「若」
 拾い上げたそれが布の切れ端だと気づくと同時にその意味する事にも気づいて、ティワズがハボックを呼ぶ。振り向いたハボックに、ティワズは拾い上げた布の切れ端を差し出して言った。
「ロイ様のマントの一部です」
「ッ!」
 その言葉にハボックはティワズの手から切れ端を引っ手繰る。それが確かに見慣れたロイのマントの端切れである事を己の目で確かめて顔を歪めるハボックに、ミミルが言った。
「ハボック様、扉を開けた痕跡が残っています。ここからロイ様を連れ出したのは間違いないでしょう」
 ミミルはそう言って鍵を外すと扉を押し開ける。開いた扉から外へと飛び出して、ハボックは辺りを見回した。
「若、轍の跡があります。ロイ様は荷馬車で連れ去られたようだ」
「くそッ!グルトップを!!後を追うぞッッ!!」
 ハボックはマントの切れ端を握り締め、大声で叫んだ。



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