| 続ハイムダール国物語 第三十六章 |
| 「兄さまッ?どこですッ?」 「ロイ!返事して、ロイ!!」 図書館という場所であることも忘れて、ハボックとリザはロイの姿を求めて駆け回る。大声で叫ぶ声に、図書館の中にいる他の使節団のメンバーも何事かとざわめきだした。 「どうされました?」 「ミミル」 背後からかかる声にハボックが振り向けば館長のミミルが足早に近づいてくる。 「ミミル、ロイを見なかった?」 「ロイ様でしたら先ほどそちらの書架へ歩いていくのを見かけましたが」 そう言ってミミルが指さす先へハボックは視線を向けた。 「そこはさっき見た」 ミミルが指さした通路は探す間に往復した。だが、行きも帰りもロイの姿はなかったはずと思いつつ、ハボックはもう一度ミミルの言った書架の間を通る通路に入ってみる。そうすれば、さっき通った時は気づかなかったものを見つけた。 「本?さっきも落ちてたのか?」 ロイの姿ばかり探して気づかなかった。本を手に書架を見上げると丁度一冊分、空いているスペースがあることに気づく。ハボックがそこに手を伸ばした時、近づいてきたミミルが言った。 「その本はロイ様がお小さい時からとても気に入っていらした本です」 「ロイが?」 「ええ。手が届かない間はよく私がとって差し上げて」 と、ミミルはハボックの手から本を取ると空いているスペースに入れる。そうすれば本がピタリとその隙間に入ったのを見て、ハボックが言った。 「自然に落ちるなんて事、ないよね?」 「有り得ません。ギチギチに詰め込んだりはしておりませんが、それでも自然に落ちるなどまずありません。それこそ後ろの棚を思い切り殴ったらその反動で落ちるかもしれませんが」 「じゃあ、この本、ロイが見てたってこと?」 久しぶりに訪れたカウィルで懐かしい本を探して見ていたことは十分に考えられる。 「もしそうならロイが本を投げ出してどこかに行くなんて絶対ない」 お気に入りの本であろうとなかろうと、ロイが本を粗末に扱うなど考えられない。そうであるなら想像される出来事はたった一つだ。 「この本見てるときに何かあったって事……」 そう口に出してハボックはゾクリと身を震わせる。こんな近くにいて異変に気づかなかった事に爪が刺さるほど手を握り締めて、ハボックは声を張り上げた。 「ティ!リザ!」 その声に答えるようにリザが書架の向こうから現れる。足早に近づいてくるリザが側に来る前にハボックは言った。 「ロイが何者かに連れ去られた」 「ッ!」 短く告げる言葉にリザが鳶色の目を見開く。それでも騒ぎ立てるような無駄なことはせず、ハボックの次の言葉を待った。 「ホヅルを見てないか?」 「いいえ。じゃああの男が?どうやって兄さまを?」 幾らなんでもロイがホヅルについていくとは思えない。言葉巧みに誘おうとも、ロイがホヅルと二人きりで図書館から外へ出たりすることはないだろう。 「ハボック様?」 どうやってと考えていれば、いきなり膝をついて床の上を探り出したハボックに、リザは目を丸くした。 「ここ、濡れてる」 ハボックは言って指先についた水の匂いをクンと嗅ぐ。舌先で触れてハボックは眉を顰めた。 「なんだろう、薬草かな?」 ハボックがそう言うのを聞いてリザも床に残る液体を指先で掬って匂いを嗅ぐ。確かにハボックの言うとおり薬草のような香りがした。 「ハーブの類かしら。調べさせます」 リザは言ってハンカチを取り出し残った液体を染み込ませる。それを手に側付きの者を探して足早に歩き去るリザを見送ったハボックは、ミミルを見て尋ねた。 「ミミル、正面の出入口以外に出口はある?」 「搬入用の出入口が幾つかございます」 「どこ?」 聞けばミミルが三カ所ほどを指さす。 「ファルマン!フュリー!」 声を張り上げて呼べば様子がおかしい事に気づいて近くに戻ってきていたフュリーがすぐさま駆け寄ってきた。 「何かあったんですか?ハボック様」 「ロイがいない。フュリー、この通路を行った先に搬入用の出入口がある。誰か通った痕跡がないか見てきてくれ」 ハボックの言葉に目を見開いたフュリーは、だがなにも言わずに頷くとすぐさま通路を走っていく。その背を見送りながらファルマンを呼ぶハボックにミミルが言った。 「もう一カ所は私が見て参りましょう。残りの一つをお願いいたします」 「判った」 申し出に素直に頷いて、ハボックは搬入口に向かう。その姿を追うように書架の間を動く影があった。 「ロイ様がいない事に気づいたか」 ハボックやリザが表情を険しくして話すのを書架の陰から見ていたホヅルが呟く。リザがハンカチを手に離れ、フュリーとミミルが離れてハボックが一人になったのを見てホヅルはニヤリと笑った。 「ふふ……粉々にしてやる。覚悟しろ、ハボック王子」 低く呟き懐から爆薬の小瓶を取り出す。歩き出すハボックを追って歩きだしたホヅルは蓋を開けようとして首を捻った。 「マントにこすりつけると言ってもどうやればいいんだ?」 手につけてこすりつける訳にはいかないのは幾ら何でも判る。何か手頃のものはないかと辺りを見回し、手近の本を手に取った。 「これを使うか」 ホヅルはそう言って本の表紙を毟り取る。瓶の蓋を開けクリーム状の爆薬を掬い取った時、背後から声がかかった。 「なにをしているッ?」 「ッ?!」 ギクリとして振り向けば己を睨みつけるティワズの紅い瞳と目があった。咄嗟にホヅルが投げつけた表紙をティワズは既のところでよける。逃げるホヅルを追って走り出したティワズの背後でドンッと大きな音と共に吹き飛んだ本がバラバラと辺りに散った。 「な……っ、爆薬ッ?!」 息を飲んで背後を振り返ったティワズは、ハッとしてホヅルを追う。先を駆けるホヅルの行く手にハボックの姿を見つけて、ティワズは目を見開いた。 |
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