| 続ハイムダール国物語 第三十三章 |
| 一行の一番後ろから着いていきながらホヅルはロイの様子を伺う。図書館の前で暫しその重厚な建物を感嘆の声を共に見上げていたと思えば、不意にロイがハボックの手を引いて歩き出すのを見てホヅルは顔を歪めた。 (ロイ様に案内を強要したか、ハボック王子め) 勝手にそう決めつけてホヅルは心の中でハボックを殴る。階段を上がると長い髭を垂らした館長とにこやかに話すロイの横顔を、ホヅルはうっとりと見つめた。ロイは館長やハボック達と一緒に図書館の入口をくぐり奥へと入っていく。その姿を食い入るように見つめながら、ホヅルは今か今かと機会を伺っていた。 (くそ……ッ、あのギャアギャアと小煩い男め。みたい本があるならとっとと探しにいけと言うんだ) 言葉を交わしながら歩く一行はなかなか離れようとしない。とにかくロイが一人にならないことには連れ出しようがないと思いながら苛々と見つめていれば、漸くファルマンが館長と共に離れていった。 (よしよし、そのまま帰ってくるなよ) ニヤリと笑ってホヅルは内心念じる。しかし、期待に反してファルマンがさほど間をおかず戻ってくるのを見て、ホヅルは落胆のため息をついた。だが。 (え?ロイ様っ?) ロイが一緒にいたハボックから離れて書架の間へと入っていく。それを追おうとしたハボックは、戻ってきたファルマンに一気にまくし立てられロイに着いていくことが出来なかった。 (なんと!いいぞ!そのままそいつを引き留めておけ!) ファルマンを追い払えずハボックが足止めを食らう間にロイは一人一行から離れて歩いていく。ホヅルはすぐ側の通路を折れて、ロイが向かった方向へと歩きだした。 「ふふ……ホントに久しぶりだな」 ロイは笑みを浮かべて書架の間を歩いていく。天井まで届く背の高い書架の間を歩いていけば、心は幼いころへと駆け戻っていくようだった。 「あの頃はここで過ごす時間だけが私が私でいられるように思っていたっけ……」 いずれ国を担う者としての厳しい教育。立場は同じであったのにヒューズの方がずっとのびのびとして見えたのは何故だろう。病気がちだった母をおいて、他の女性との生活を優先する父を見て、自分だけは母を護ってやらなければと思っていた。父に捨ておかれ父に対する愛情と憎悪という相反する感情に苦しんでいた母を支えようとして、だが母はそんなロイの気持ちなど深く知ろうともせず自ら命を絶った。その後父もほどなくして亡くなり、ロイは以前にも増して図書館に足を向けるようになった。物言わぬ本達が伝えてくる様々な事柄が、ロイの心を慰め愛おしんでくれたのだ。 「あの本……確かこの辺だったと思ったんだが」 あの頃読んだ沢山の本の中で、特に気に入って何度も何度も読み返した本があった。大人になるにつれ読む回数は減ったものの、それでも折に触れその本を手にとっていたのだ。 「古い本だからな……もしかして修繕に回されてるんだろうか」 ロイが気に入って読んでいた頃からもう随分と古びて背表紙の文字も擦り切れているような本だった。修繕に回されているのなら仕方ないとはいえ、何もこのタイミングでなくてもいいのにとロイが残念に思った時。 「あ……あった!」 不意に懐かしい背表紙が目に飛び込んできて、ロイは顔を輝かせる。手を伸ばして背表紙の縁に指を引っかけ、そっと取り出した。 「もっと高い場所にあると思ってたけど」 子供の頃の事を思い出していたせいか、棚のもっと高い場所にあるような気がしていた。ロイは取りだした本を懐かしそうに優しく撫でる。表紙をめくり文字を目で追えばあの頃のワクワクとした気持ちが蘇って、ロイが知らず笑みを浮かべた時、コツコツと近づいてくる足音が聞こえた。 「確かこっちの方へ……」 手近の通路をロイと同じ方へと曲がったホヅルは、ロイがいる方向を見当づけて書架の間を歩いていく。正直図書館など数える程しか来たことはなく、天井まで届く本の間を歩けばただ頓に圧迫感しか感じなかった。 「こんな黴臭い本が何の役にたつと言うんだ」 図書館独特の匂いに顔を歪めてブツブツと呟いたホヅルは、書架を曲がったその先に本を手に取るロイの姿を見つけて顔を輝かせた。いよいよこの時がきたのだと期待に高鳴る胸を抱えて、ホヅルはロイに近づいていく。古びた本を手に嬉しそうな笑みを浮かべてページをめくっていたロイが、顔を上げてホヅルを見た。 「ホヅル」 「ロイ様」 笑みを浮かべて己を見上げてくるロイをホヅルは、今すぐこの場で押し倒してしまいたい気持ちをこらえて見つめた。 「随分と古い本ですね」 「ああ、小さい頃から大好きな本でね。折角だから読みたいと思って」 やっとみつけたんだと笑うロイの表情に、ホヅルの鼻息が荒くなる。何度も唾を飲み込んで、ホヅルは手を伸ばした。 「ロイ様がお好きな本ですか!どんな本か是非見せてくださいッ!」 「ああ、いいとも」 ホヅルの申し出に、ロイはにっこりと笑って答える。差し出された本を受け取って、ホヅルは懐から瓶に入った飲み物を取り出した。 「ロイ様、喉が乾きませんか?俺が読ませてもらってる間にこれを」 どうぞ、と差し出されてロイは僅かに目を瞠る。少し躊躇ってからありがとうと受け取った。 (いよいよだッ!) 内心ドキドキしながらホヅルは本のページをめくる。手はページをめくりながらも気持ちも視線もロイに釘付けだった。ロイが瓶に口をつけるのを今か今かと待っていたが、ロイは瓶の蓋をあけようともしない。ジリジリとして、ホヅルはロイに声をかけた。 「それ、俺の故郷の特産のお茶なんです────そう、目にいいんですよッ、本を読む前に飲むのにぴったりのお茶なんですッ」 「へぇ、そうなの?」 ホヅルの言葉にロイが漸く興味を惹かれたというように瓶に目をやる。蓋を開けると瓶に口をつけた。少し顔を仰向けたロイの白い喉がコクコクと二度三度上下する。蓋を閉めロイは瓶に残ったお茶を透かし見るようにして言った。 「甘みがあるお茶なんだね。目にいいっていうから、もっとすっきりした感じなのかと……、────あ、れ?」 何となく舌足らずになって、ロイは口元に手を当てる。それと同時に急激に襲ってくる眠気に、ロイは思わず書架に縋りついた。 「おかしいな……夕べはよく眠れたの、に……」 そう呟いたロイの手から瓶が滑り落ちる。そのままグラリと傾いだ体はホヅルの腕に抱き止められた。 |
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