| 続ハイムダール国物語 第二十七章 |
| 「今日は案内して差し上げられないの」 食事を済ませ、今日の視察に出るための準備をしていれば、エリシアがやってきて言う。家庭教師の授業が三つも続けて入っているのだと、がっかりした様子で言うエリシアにハボックが言った。 「勉強は大事っスからね。頑張ってください、エリシア姫」 そう言ってハボックがにっこりと笑ったが、エリシアは不満そうに口をへの字にする。小さな姫のそんな可愛らしい表情に、ハボックは笑って続けた。 「そうだ、ハイムダールから美味しいお茶を持ってきてるんスよ。帰ってきたら一緒にお茶をいかがっスか?」 「本当?」 ハボックの言葉にエリシアが目を輝かせる。笑って頷くハボックにエリシアが嬉しそうに言った。 「それならナンナに言ってケーキを焼いてもらうわ。ナンナはケーキを焼くのがとっても上手なの」 「ほんとっスか?そいつは楽しみだ。早く帰ってこなくっちゃ」 「私もなるべく早くお勉強終わらせちゃうから!」 互いに顔を見合わせてハボックとエリシアはウフフと笑う。それじゃあ後でと手を振って去っていくエリシアに手を振り返していたハボックは、聞こえたため息に背後を振り向いた。 「ロイ」 一瞬何か文句を言われるのかとも思ったが、ロイの顔に浮かんでいるのがどこか呆れたようなそんな表情だと気づいてハボックは首を傾げる。親馬鹿ヒューズの気持ちなどさっぱり気づいていないであろう男に軽く首を振って、ロイは言った。 「マニのお茶だろう?私も一緒にいいか?」 「勿論っスよ。一緒におしゃべりしましょう」 ニコニコと笑って頷くハボックにロイはやれやれとため息をつく。 (とりあえずこれで勘弁しろ、ヒューズ) 人懐こく誰ともすぐ打ち解けてしまうのはハボックの魅力の一つだ。それにエリシアがハボックと仲良くなってくれれば、自分がハイムダールで大切にされ幸せに暮らしていると判って貰えるだろう。 「ロイ」 行きましょうと手を差し伸べてくるハボックに頷いて、ロイはその手を取るとゆっくりと外へと向かった。 「ホヅル」 「おはようございますっ、ロイ様っ」 馬を引いて出てくれば、門のところで待ちかまえていた男の姿にロイは僅かに目を見開く。満面に笑顔を浮かべる無骨な顔は己の登場が相手に喜んで迎えられていると確信しているもので、ロイは一瞬困ったような表情を浮かべたもののすぐ笑みの形に口の端を持ち上げた。だが、そのロイが口を開くより早くリザが二人の間に割って入る。リザは冷たくホヅルを見つめて言った。 「下がりなさい、無礼でしょう」 そもそも王族であるロイに一介の兵士に過ぎないホヅルが馴れ馴れしく接するなど赦される筈もない。リザの鋭い眼差しに気後れしながらも不満げに顔を歪めるホヅルを見てロイが言った。 「構わないよ、リザ。ホヅル、今日も楽しい話を聞かせてくれ」 「兄さま」 にっこりと笑ってみせるロイをリザが咎めるように呼ぶ。リザが何か言おうとする前にハボックがロイの肩を引き寄せて言った。 「いいっスよ、リザ。オレも話を聞きたいっスから。一緒にいいでしょ?ロイ」 「ハボック様」 「ああ、勿論」 ニッと笑って言うハボックに、リザが眉を顰めロイが笑みを浮かべる。チラリと視線を向けた先ではホヅルが睨むようにこちらを見ているのに気づいたが、ハボックは素知らぬ顔でロイを促して馬に跨った。 「一緒に乗ります?ロイ」 「馬鹿」 グルトップの上から笑って言うハボックを目尻を染めた瞳で軽く睨んで、ロイは己の馬に跨る。ハボックと二人並んで馬を進めるロイは、ホヅルが食い入るように自分たちを見ていることに気づいていなかった。 (どいつもこいつも俺とロイ様の邪魔をしやがって) 視察に出る一行の一番後ろからついていきながらホヅルは内心忌々しげに罵る。自分とロイは神に認められた仲なのにと思いこんだ男は、愛しげにロイを見つめた。 (やはり一刻も早くロイ様を助けて差し上げなければっ!ローゲの助けなど待ってる場合じゃない) どうやったらロイを救い出せるか一晩かかって考えて、己の足りない脳味噌では良い案が浮かばずローゲの妙案に任せようと思っていたが、そんなことをしていたらいつになったらロイをこの手に出来るのか判ったものではない。 (なんとかしてこれをロイ様に飲ませて、それからこいつでハボック王子を────) ローゲはそう考えながら懐に忍ばせた瓶を服の上から握り締める。 (殺す) 邪魔なハボックを殺してやりたいと思ってはいたが、実際こうして命を奪うための手段を手に入れてみれば“殺す”という言葉に現実味が帯びてくる。その言葉がもたらす結果にゾクリと背筋が震えるような昏い悦びを感じて、ホヅルは笑みを浮かべた。 (そんな態度をとっていられるのも今のうちだ。この爆薬でお前のそのだらしのない腑抜けた顔もデカイばかりのその体も、なにもかも全部粉々にしてやる) そうしていっそハイムダールとの同盟も粉々になればいいと、ホヅルは懐に手を入れると恐ろしい威力を秘めた小さな瓶をギュッと握り締めた。 |
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