| 続ハイムダール国物語 第二十三章 |
| バンッと勢いよく酒場の扉を開けて、ホヅルは中へと入っていく。キョロキョロと酒場の中を見回して目指す相手がいないと判ると、ホヅルは不満げに鼻を鳴らした。 「いらっしゃい、お一人ですか?」 そんなホヅルにウェイターが声をかける。ホヅルはジロリとウェイターを見て答えた。 「いや、待ち合わせなんだが、まだ来てないようだ」 「そうですか。ではテーブル席にどうぞ」 ウェイターはそう言ってホヅルを入口が見やすいテーブル席へと案内する。ホヅルはとりあえずビールとつまみを注文してドッカリと椅子に腰を下ろした。 「まったく、人を呼びつけておいて待たせるとはどういう了見だ?」 ホヅルは運ばれてきたビールをグイと煽って呟く。 「明日のために今夜は色々と計画を立てねばならんというのに」 一刻も早くロイをハボックの元から救い出さねばと、独り善がりな使命感と思い込みの恋情に支配されて呟けばロイの白い顔が脳裏に浮かぶ。自分に向かって微笑むロイを思い浮かべて、ホヅルはホゥとため息をついた。 「暫くお見かけしない間に益々お綺麗になられた……。ハイムダールではお辛い暮らしをされているだろうに、あんなに気丈に振る舞われて……ああ、ロイ様っ」 辛い暮らしをしている人間が綺麗になったりする筈がないという事は綺麗さっぱり無視をして、ホヅルは熱いため息をつく。幸せそうに微笑むロイの視線の先にはいつでもハボックがいたのだが、ホヅルはその視線は己に向いていたと勝手に決めつけていた。 「それにしてもどうやってロイ様をお救いしたものか……」 今日もほんの少しの間だがロイと二人きりになる事は出来た。だが、殆ど言葉を交わさぬ内に邪魔が入ったことを考えればそれほど簡単にロイを連れ出せるとは思えない。 「うーん……やはりロイ様をお救いするには先にハボック王子を」 ブツブツと言葉に出して考えていたホヅルは、手を伸ばしたつまみの上に落ちた影にハッとして顔を上げる。そうすればフードを目深に被った男の昏い瞳と目があった。 「あまり口に出して言うものじゃないぞ」 「ローゲ」 低い声で戒める男の名をホヅルが口にすれば男は僅かに眉を寄せる。ホヅルとテーブルを挟んで腰を下ろしたローゲは、注文を取りにやってきたウェイターを手を振って追いやるとテーブルに身を乗り出すようにしてホヅルに顔を寄せた。 「それで?どうだった?首尾よくロイ様に近づけたか?」 「勿論だ」 低く囁くように尋ねてくるローゲに、ホヅルは自慢げに答える。ローゲの顔を覗き込むようにして続けた。 「ロイ様はすっかり俺に心を許しておられる。一刻も早くハボック王子の元から救い出して欲しいと願っておられるのだ」 「ロイ様がそう仰られたのか?」 だらしのない笑みを浮かべて言うホヅルにローゲが確かめるように聞く。そうすればホヅルは身を起こして答えた。 「それはまあ、はっきりとは……。だが!」 とホヅルはズイと身を乗り出して言った。 「あの目は絶対に俺に好意を寄せている!現にもう少しでキス出来るところだったんだッ!」 「────ほう」 あとちょっとで、と一生懸命主張するホヅルを、椅子に背を預けて腕を組んだローゲはじっと見つめる。ホヅルの言葉のどこまでが真実か見極めようとするように目を細めて見つめていたが、やがて組んでいた腕を解いて言った。 「まあいい。アンタがロイ様に近づけたのは事実のようだからな」 「事実のようじゃなくて事実だ!明日はロイ様をとっておきの場所にお連れするつもりだ。だが、恐らくあのハボック王子が俺がロイ様と二人きりになるのを邪魔しにくるだろうからな、これから徹夜でロイ様を連れ出す方法を考えねばならんのだ」 だからこんなところで酒など飲んでいる暇はないと言うホヅルを、ローゲは昏い瞳で見つめる。少し考えて、それから口を開いた。 「それなら俺が協力してやろう」 「協力?本当か?何か良い手があるのか?」 正直頭を使って考えるのは得意でない。なにか良い手があるというなら是非ともそれを使わせて貰おうと身を乗り出して尋ねてくるホヅルの前に、ローゲは懐から小さな袋を取り出した。 「それは?」 尋ねてくるホヅルの前でローゲは袋の中身をあける。小さな丸薬を摘み上げてローゲは言った。 「これを飲んだ者は暫くの間意識を失う。ロイ様に怖い思いをさせないよう飲ませて差し上げるといいだろう。それから」 と、ローゲは更にもう一つ袋を取り出す。最初のものより少し大きい袋から取り出したのは何やら瓶に詰められた粘土のようなものだった。 「なんだ?これは」 「爆薬だ」 「爆薬ッ?!」 思わず声を上げるホヅルを、ローゲはシッと言って黙らせる。慌てて口を押さえて辺りを見回すホヅルにローゲは言った。 「空気に触れて十分もすると堅くなる。ほんのちょっと衝撃を与えれば」 ドカン!と手振りで示す男にホヅルはゴクリと唾を飲み込む。机に置かれた瓶を恐々見つめるホヅルにローゲが言った。 「これをハボック王子が通る場所に塗り付けるんだ。王子が座る椅子でも部屋の扉でもいい。王子は吹き飛んで一巻の終わりだ」 「おお」 そう言われてホヅルは興奮に目を輝かせて瓶詰めの爆薬を見る。横から底からガラス越し見回していればローゲが言った。 「言っておくがむやみに蓋を開けるなよ。自分が死ぬぞ」 「ッ!お、おお、判っているとも!」 ホヅルはコクコクと頷いて瓶の蓋をギュッと閉める。何度も何度もきつく締めてホッと息を吐くホヅルにローゲが言った。 「私が脱出の手助けをしてやる。ロイ様を眠らせたら私のところへ連れてこい。爆弾でハボック王子を亡き者にしたらその混乱に乗じて一緒に脱出すればいい。詳しい手順は追って知らせる」 「判った」 「準備にはまだ数日かかるからその間にロイ様と十分親しくなっておけ。怪しまれないようにな」 「ロイ様が俺を怪しんだりするもんか」 ローゲの言葉にホヅルは不満そうに鼻を鳴らす。だが、ローゲはそれには答えず立ち上がると「また連絡する」とだけ言って店を出ていってしまった。 「ふん」 残されたホヅルは渡された丸薬と瓶入りの爆薬をしげしげと見つめる。ニヤリと笑うとそれを大事そうに懐にしまった。 「見ていろ、ハボック王子め。ロイ様、もうすぐ助けてさしあげますからね」 そう呟いてホヅルは、前祝いとばかりに次々と酒を注文した。 「ハアックションッッ!!」 窓辺で外を眺めていたハボックは盛大にくしゃみをする。ズズッと鼻をすする主にティッシュを差し出してティワズが言った。 「風邪ですか?」 「いや……なんか一瞬寒気がした」 差し出されたティッシュで鼻を拭いて言うハボックにティワズは顔を顰める。 「若、体調管理も仕事の内です。訪問先で寝込むような事になっては目も当てられない。さっさとベッドに入って休みなさい」 「うー」 ティワズに追い立てられてハボックは仕方なしにベッドに潜り込む。寒くないよう襟元までブランケットを引き上げてやりながらティワズが言った。 「ブランケットを蹴飛ばしちゃ駄目ですよ、若」 「子供じゃないってば」 どうにも子供扱いする癖が抜けないらしいティワズにハボックが唇を尖らせる。そんな反応が子供っぽいと思いながらティワズは言った。 「体調を崩せば大事なときに的確な判断が下せず素早い行動も起こせない。若、ここはロイ様の故郷ですが気を抜いていい場所ではありません」 「────ん、判ってる」 ティワズの言葉にハボックは一瞬目を瞠り、それから頷く。 「おやすみ、ティ」 「おやすみなさい、若」 そっと目を閉じるハボックの金髪を、ティワズは大切にそっと撫でた。 |
| → 第二十四章 第二十二章 ← |