続ハイムダール国物語  第二十二章


「リザ、エリシア、今日はありがとう」
 主立った施設を幾つか周り、ロイ達を歓迎する市民で溢れる街を歩いて、太陽が西の空をオレンジ色に染める頃一行は城に帰ってくる。馬を厩番に預けたロイが笑みを浮かべて言うのに、エリシアが言った。
「明日も出かけるのでしょう?今度はどこがいいかしら……」
 そうねぇ、と難しい顔をして考える小さな姫をハボックがヒョイと抱き上げた。
「明日のことはまた明日考えましょう。今日は疲れたっしょ?湯浴みして早く寝た方がいいっスよ」
「あら、私なら平気よ、ハボック様」
「オレは疲れたっスよー」
「やだぁ、ハボック様、大丈夫?」
 カパッと大口を開けて欠伸をしてみせるハボックにロイはクスリと笑みを零す。結局一日つきあわせてしまった子供を早く部屋に帰して休ませようとしているのだと察して、ロイも言った。
「私も疲れたよ、エリシア。お土産は明日の朝持っていく事にしてもいいかな」
「まあ、ロイまで?もう、二人とも子供みたい」
 ロイの言葉にエリシアが目を丸くする。それでも二人が疲れたと言うのを聞けばつられたように欠伸をするエリシアに、ハボックが言った。
「さ、今日はみんなで早く休みましょ、ね?」
 ハボックがエリシアを下ろせばリザがエリシアを促す。リザに連れられて部屋に帰っていくエリシアを見送ると、ハボックがロイを見た。
「アンタは大丈夫っスか?」
「まあな」
 そう言って笑みを浮かべる黒曜石にハボックが手を伸ばして艶やかな黒髪を撫でる。そうすれば刺すような視線を感じて、ハボックが頭を巡らせた。
「ああ、ホヅル」
 ハボックの視線の先を見てロイが笑みを浮かべて言う。不躾とも言える目つきでハボックを睨み、ロイに向けてはだらしない表情を浮かべるホヅルに近づいてロイは言った。
「ありがとう、ホヅル。おかげで今日は気持ちよく見て回れたよ」
 行く先先でホヅルはロイが馬から下りると見れば手を貸し、ロイの為に扉を開き、ロイの姿に感激して興奮する市民からロイの身を守り、甲斐甲斐しくついて回った。そんなホヅルに労を労う言葉を口にするロイに、ホヅルは顔を真っ赤にする。
「ありがとうございますッ、ロイ様ッ!」
 ニコニコと笑みを浮かべるロイの白い手をガシッと掴んで言った。
「ロイ様っ、明日はこのホヅルがロイ様をとっておきの場所にお連れして差し上げますッ!」
 ロイが断る事など全く念頭になくホヅルはズイと身を寄せる。
(ロイ様と二人きりでムードを盛り上げてッ、一気に……ッ!きっとロイ様もそれを望んでおられるはずッ!)
 勝手に盛り上がった勘違い男がヒタとロイを見つめれば、ロイはハボックを振り返った。
「とっておきの場所だって。ハボック、どう思う?」
「そっスね。個人的には興味がない訳じゃないっスけど、今回はプライベートな帰郷とは違うっスから」
 ハボックは言いながら近づいてくるとロイの手をホヅルから取り返す。指を絡めるように繋いだ手を引いてロイの体を抱き寄せてホヅルを見た。
「ちょっと難しいと思うっスよ。まあ、もし時間があいて連れていってもらう事になったら是非オレも一緒に。いいっしょ?ロイ」
 ハボックは言ってロイの黒髪に唇を寄せる。チラリとホヅルを見れば、ホヅルが目を吊り上げてハボックを睨んでいた。
「さあ、ロイ。中に入りましょう」
 そんなホヅルを目を細めて見つめて、ハボックは抱き寄せたロイの耳元に囁く。擽ったそうに首を竦めたロイは、ハボックを見上げて答えた。
「ああ、そうだな」
 目を細めて答えたロイはハボックに身を寄せるようにして歩き出す。途中思い出したように振り向いてホヅルに手をあげたものの、結局ホヅルの誘いに対する答えは返さないまま行ってしまったロイに、ホヅルは顔を歪めた。
「くそッ!ハボック王子めッ!また邪魔を……ッ!ロイ様もロイ様だッ!あんな男のご機嫌を伺うなんてッ!」
 ホヅルは口汚くハボックを罵りロイを詰る。だが、次の瞬間には己の良いように解釈して言った。
「いや、そうか。ハボック王子の機嫌を損ねれば後が大変だから……お可哀想に、ロイ様ッ!────よしッ」
 身を捩るようにしてそう呻いたホヅルは拳を握り締める。
「一刻も早くロイ様を解放して差し上げなければッ!ロイ様もきっと俺の救いの手を待っていらっしゃるに違いないのだからッ!」
 勝手にそう決めつけたホヅルは握り締めた拳を打ち合わせるとドカドカと足音も荒くその場を去っていった。


「若」
 湯浴みを終えて寛ぐ主にティワズはお茶のカップを差し出す。「ありがとう」と受け取ってカップに口を付けるハボックの澄ました横顔にティワズは言った。
「あの男を煽りましたね?若」
「だって……ムカツク」
 ロイに色目使いやがって、とブツブツ言うハボックに一瞬紅い目を瞠ったティワズは、次の瞬間クスリと笑う。途端にジロリと睨んでくる空色にティワズは言った。
「気にしていないのかとも思いましたが」
「ロイが全然気づいてないから口にすることもないと思って」
 ハボックはムスッと唇を突き出して言う。そうすれば“大人になりましたね”と言うティワズをハボックは思い切り睨んだ。
「ティのそういうところムカツク」
「褒めたのに」
「褒められた気がしないってば」
 そう言って頬を膨らませるハボックはティワズから見れば昔と変わらない。優しい笑みを浮かべてハボックの頭を撫でたティワズだったが、すぐに表情を引き締めて言った。
「ともあれ気をつけた方がいいでしょう。あの男だけならどうという事もないですが、私にはそうと思えません」
「ティ」
 考えるように手を口元に当てるティワズにハボックは目を瞠る。それからしっかりと頷いた。
「判った。とにかく無事親善訪問の日程を終えてハイムダールとカウィルの関係を一層深めるのが今回の目的だからな。その邪魔をする奴がいるというなら容赦はしない」
「あまり事を荒立てないで下さい。なにかあれば私が対処しますから、若は表だっては行動なさらないように」
「えーっ!…………判ってるってば。そんなに睨まなくてもいいだろ、ティ」
 文句を口にしようとすれば途端に睨んでくる紅い瞳にハボックが答える。
「こういう訪問ってのも面倒だな。思い通りに動けやしない」
「勉強になっていいじゃないですか。これからどんどんこういう機会も増えていきますからね」
「…………勘弁してくれ」
 剣をふるう方がずっといい、とぼやく若い主にティワズはクスリと笑った。


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