| 続ハイムダール国物語 第二十章 |
| 轡を並べて一行はカウィルの通りを進んでいく。王家の中でも特に慕い尊敬していた王子の帰郷とあって、行く先々で人々は一行を優しく出迎えた。 「こちらの工場ではカウィル特産の絹織物を扱っております」 馬を下り施設の中を歩いていくハボック達に工場長だと紹介された男が説明する。興味深げに見回しながら歩くハボック達に代わって矢継ぎ早に質問するファルマンに、工場長は辟易しながらも必死に答えた。 「ファルマン、質問もいいけれどもう少しゆっくり見たらどうだ?」 その様子にロイが苦笑して言えば、ファルマンが眉間に皺を寄せる。 「何を仰るんです、ロイ様!折角の機会なんです、聞ける事は全部聞いておかなければ!して、工場長!あの機械ですが────」 ロイが言う前より一層激しく質問を浴びせるファルマンに、ロイはやれやれと肩を竦めた。そんなロイの耳にエリシアの可愛らしい声が飛び込んできた。 「ハボックさま、カウィルの絹織物はそれはそれは質がいいのよ。私のドレスもそうだもの」 その声にロイがエリシアの方を見れば、ハボックに手を引かれた小さな姫君がクルリと回ってみせる。ドレスの裾をフワリと翻して「ね?」とにっこりと笑うエリシアにハボックが言った。 「ハイムダールにも絹はあるっスけど、カウィルの織物技術は凄いっスよね。是非ハイムダールにもその技術を導入したいっス。でも、その技術以前にそのドレス、エリシア姫によく似合ってるっスよ。花の精みたいだ」 (この……っ、女誑しッ!) 空色の瞳を細めて答えるハボックを、ロイが内心罵っているとは知らず、エリシアが嬉しそうに答える。 「本当?あのね、このドレス、お誕生日にロイが贈ってくれたのよ。ねぇ、ロイ」 「──えっ?」 「ああ、そうなんスか。どうりでセンスがいいと思った。オレのこの服もロイが仕立屋に指示して作らせたんスよ。ね?ロイ」 「えっ?」 唐突に話を振られ、にこにこと笑みを浮かべて見つめてくる二対の瞳にロイは、もごもごと答えて足を早める。何となく気恥ずかしくて顔を赤らめてドカドカと勢いよく歩いていけば、足を止めて説明を聞いたり工場の中を眺める一行よりずっと先に進んでしまった。 「なっ、何を言いだすんだか……っ」 確かにエリシアのドレスもハボックの服も、ロイが仕立屋に 「何をしてるんだ、私は」 折角ハボックと一緒にカウィルに帰ってきたというのに、つまらないヤキモチを妬いてハボックに大好きなカウィルの事を伝えるチャンスをふいにしている。エリシアがエリシアなりにカウィルを案内するなら自分は自分なりにカウィルを案内すればいいだけの話なのだ。 「馬鹿だな、全く」 そう呟いて顔を上げたロイは近くに誰もいないことに気づく。どうやら先に来すぎてしまったようだと慌てて来た道を引き返そうとした時、不意に背後からむんずと腕を掴まれて、ロイは驚いて振り返った。 「ホヅル」 ごく間近にごつい顔を赤く染めた男を見上げてロイは目を瞠る。口を引き結んで食い入るように見つめてくる男に、ロイは数度瞬くと笑みを浮かべた。 「私たちだけ先に来すぎてしまったようだよ。戻ろう、ホヅル」 言ってロイは歩きだそうとする。だが、がっしりと腕を掴まれては歩くことが出来なかった。 「ホヅル」 歩こうとしない男にロイは眉を顰める。促すように腕を引こうとするロイに、ホヅルがズイと一歩近づいた。 「ハボック様、あのね」 「エリシア姫、ちょっと待って。ロイがいないっス」 エリシアが何か言おうとするのを遮ってハボックが言う。辺りを見回すハボックに習ってあちこち見回して、エリシアが首を傾げた。 「ほんとだわ。ロイってばどこに行っちゃったのかしら」 「ティ!」 エリシアが言うのとほぼ同時にハボックがティワズを呼ぶ。その時にはもうティワズは一行から離れて先へと走り出していた。 「ハボック様」 「大丈夫、ティが行ったから」 心配そうに眉を寄せるエリシアにハボックは笑って言う。 「ハボック様、こちらの技術者からご説明を」 「ああ、ありがとう」 そうして、ハボック達の為に案内をしてくれる工場長や技術者に答えてその説明に耳を傾けた。 (ロイ様と二人きりに……ッ!きっとロイ様は俺と二人きりになりたくて……ッ) いきなりもの凄い勢いで歩きだしたロイについて来たホヅルは、思いがけず二人きりになった事に興奮しきってロイを見つめる。黒曜石の瞳を丸くして見上げてくるロイを食い入るように見つめて、ホヅルはこの成り行きを勝手に都合良く解釈した。 (ここで一発思い切ってキスを……ッ!いや、幾ら何でもそれではロイ様も恥ずかしがってしまうかもしれん。それに誰でも最初は『好き』と告白されたいものだろうしッ!よし、それじゃあまずは『俺もロイ様を好きです』と言ってからブチュッと一発……ッ!それからギュッと抱き締めてまずは服の上から……) どういう手順で事を進めるか頭の中で妄想を膨らませたホヅルは、もうすっかりその気になって鼻の穴も膨らませる。そんな男を不思議そうに見上げて、ロイはもう一度言った。 「戻ろう、ホヅル。ハボック達が心配して────」 「ロイ様ッ、もう無理しなくていいんですッ!ロイ様の気持ち、俺はよっく判ってますからッ!」 「は?────ホヅル?」 突然そんなことを言ってググーッと身を寄せてくる男をロイはキョトンとして見上げる。ホヅルの顔がロイのそれに限りなく近づいた、その時。 「ロイ様っ」 険しい声がしてロイの体がホヅルから乱暴に引き離された。 「ティワズ!」 グイとその細い体を引き寄せれば不思議そうに見上げてくるロイにティワズはため息をつく。目の前の男がなにを考えているのか全く気づかないロイに、ティワズは頭痛を覚えながら口を開いた。 「勝手に行ってしまわないで下さい」 「ごめん」 眉を寄せて睨んでくる紅い瞳にロイは首を竦める。聞こえた足音の方を見遣ればリザが足早に近づいてくるところで、ティワズはロイをそちらへ押しやった。 「戻って下さい──リザ様」 「ええ。さあ、兄さま」 ティワズに頷いてリザはロイをハボック達の方へと連れていく。その背を見送ったティワズは、ホヅルを振り返って言った。 「あまり勝手な行動に出ないで貰おう」 短くそれだけ言ってロイ達の後を追うティワズをホヅルは憎々しげに睨んでいた。 |
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