| 続ハイムダール国物語 第十九章 |
| ホヅルが来るのを待って、一行は今度こそ城の外へと出る。その途端サアと吹き抜けた風に、ロイは眉間を寄せていた力を抜いて目を見開いた。 「カウィルの香りがする」 そう言ってロイは思い切り空気を吸う。チラリと傍らでグルトップを操るハボックに視線を向けると、目を閉じたハボックが同じようにカウィルの空気をその身一杯に吸い込んでいるのが判って、ロイは嬉しくなってハボックに声をかけようとした。だが。 「ねぇ、ハボックさま」 ロイが口を開くより一瞬早くエリシアがハボックに話しかける。そうすればその空色の瞳が自分ではなくエリシアに向くのを見て、ロイはへの字に口を引き結んでツンと顔を背けた。顔を背けた先で己を熱く見つめてくるホヅルの視線とぶつかって、ロイは僅かに目を見開く。それからにっこりと笑ってホヅルに話しかけた。 「ホヅル、お前はどこの出だ?」 「カッ、カブラカンですッ」 「ふぅん、行ったことはないが、あそこは暑いところなんだろう?」 「はいッ、夏は連日三十度越えは当たり前、三十五度を越えることもしょっちゅうですッ」 「それはまた暑いな。私にはちょっと住めそうにない」 暑いのは苦手だとロイは軽い笑い声を上げる。そんなロイを顔を紅くして見つめてくるホヅルの視線を感じながらロイはハボックを見たが、愛馬に一緒に乗った小さな姫君が指さす方向を見ているハボックは己の事を気にする風もなく、ロイは唇をキュッと噛むとホヅルに向き直り他愛もない事を殊更大きな声で話しかけた。 (ロイ様が俺に話しかけてくれてる……ッ) ホヅルはロイが色々と話しかけてくる事に感動と興奮を覚えながら、その一言一句を逃さぬよう耳をそばだて一生懸命に答える。時折笑い声すら交えながらロイと話をしていると、天にも昇る気持ちになった。 (あのローゲとかいう男に話を持ちかけられた時は正直半信半疑だったが) とホヅルは思う。己と同じくロイの婚姻に不満を持つというローゲ。あんな結婚がロイに幸せをもたらす筈がないと言い、実際のところロイが嫌々ながらもハボックの相手をさせられているのだとホヅルに教えてきた。本当にロイを想うならロイを救ってやれと、そうすればロイはホヅルに感謝してホヅルのものになってくれるかもしれない、と。 (さっきからロイ様はハボック王子には目もくれず俺と話してばかりいる。ローゲの言うとおり、ロイさまはハボック王子の手から逃げ出したいに違いない……ッ!) ローゲにまずは何とかしてロイに近づけと言われ、さしたる名案も浮かばぬままロイの前に飛び出せば案外呆気なくロイに近づけてしまった。それもこれもロイが少しでもハボックから離れたいと思う気持ちのなせる業なのだろうと、ホヅルは偶々のよい成り行きを己のいいように解釈する。 (これもロイ様を助けろと言うカウィルの神のお導きッ!後はホヅルの指示通りハボック王子を────) ホヅルは昏く燃える瞳でエリシアと楽しそうに話すハボックを睨みつけたのだった。 「あのホヅルと言う男、どう思われます?リザ様」 気がつけば馬を並べて進んでいたティワズが傍らのリザに話しかける。リザは不愉快そうに眉を寄せて答えた。 「気に入りません。兄さまに手を出さないよう、しっかり見張っておかなければ」 そう言ってリザは真っ赤な顔でロイに話しかけるホヅルを睨みつける。同じようにホヅルに目をやりながらティワズは言った。 「ロイ様を傷つけるという意味でならあの男を警戒する必要はないでしょう。でも、性的な意味でなら十分注意する必要があるでしょうね。その意味でなら若に対しても」 そう言うティワズをリザは驚いたように見る。その鳶色の瞳を見つめて、ティワズは言った。 「あれはロイ様に懸想している男の目ですよ。だから若に対しては害意を抱いている」 ティワズはロイと話すホヅルの横顔に視線を移して続ける。 「ハイムダールは同性間の婚姻が赦された国ですからね。貴方はロイ様の異性に対する魅力は十分に認識されているが同性に対しても同じ、いやそれ以上に性的対象として見られている事に気づいてらっしゃらない。カウィルは同性婚の習慣がないから仕方ありませんが、もう少し気をつけた方がいい」 そう言うティワズの紅い瞳をリザは僅かに見開いた瞳でじっと見つめていたが、やがて顔をクシャリと歪めた。 「汚らわしい」 「でも、若もロイ様には一目惚れでしたよ。あれには参りましたが」 「まあ」 苦笑するティワズにリザは目を丸くしてハボックを見る。ハボックとエリシア、ロイとホヅルを順繰りに見遣るリザを見て、ティワズは言った。 「ロイ様がハイムダールで幸せに暮らしていらっしゃるのだと判って頂けましたか?」 「そうですわね、あの兄さまのあからさまなヤキモチ妬きを見たら、辛い思いをしているかなんて疑問、吹き飛んでしまいましたわ」 リザはそう言って大きなため息をつく。それからティワズを見て言った。 「そうと判れば兄さまたちに余計なちょっかいを出してハイムダールとの友好を台無しにしようとする輩には、くれぐれも気をつけなくてはいけませんわね」 言って笑みを浮かべる鳶色に、ティワズも笑い返したのだった。 |
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