続ハイムダール国物語  第十八章


「この子がグルトップ?凄い、きれい!」
 金色の鬣を持った白馬を目にして、目をまん丸に見開いたエリシアが両手を口元に当てて言う。その瞳を興奮にキラキラと輝かせて愛馬を見上げる小さな姫君に、ハボックは笑って言った。
「グルトップはハイムダール一速くて賢い馬なんスよ。グルトップ、こちらはエリシア姫だ。今日はオレと一緒にお前に乗せてくれ」
 ハボックがそう言いながら首を撫でてやると、白馬は鼻を鳴らして主の側に立つ少女を見下ろす。少しの間その黒い瞳でじっと見つめていたグルトップは、首を伸ばしてエリシアの手に頭を寄せた。
「撫でてやって、そっと優しく」
 それを見てハボックが言う。エリシアは大きく見開いた瞳でグルトップを見つめながらその逞しい首をそっと撫でた。
「すごい……」
 滑らかな毛並みとその下に隠された強靱な筋肉を手のひらで感じ取ってエリシアが呟く。ブルルと低く声を発する白馬にエリシアは言った。
「初めまして、グルトップ。私はエリシアよ。今日はよろしくね」
 そう言うエリシアにグルトップが顔を擦りつける。軽い笑い声を上げる少女にハボックが言った。
「グルトップもよろしくって言ってるっス。よし、じゃあ早速乗るっスよ」
 ハボックは言うなり少女の体を抱き上げグルトップの背に乗せる。それから鐙に足をかけヒョイと跨った。
「馬に乗ったことは?エリシア姫」
「はっ、初めてよ!凄く高いのね!」
 エリシアは思っていた以上の高さに目を丸くする。不安そうにグルトップの鬣にしがみつく少女を両腕で囲うように手綱を持って、ハボックは言った。
「本当は跨った方が安定するんスけど、流石にドレスじゃそうはいかないから。鞍の前んとこ掴んでみて。オレがちゃんと支えるっスから大丈夫、落ちないっスよ」
 そう言われて横座りに乗ったエリシアが鞍の前の部分を掴む。己の体を守るように回された腕に、すぐ間近のハボックを見上げた。
「ありがとう、ハボック様。ちょっぴりドキドキするけど大丈夫そう」
「よかった。じゃあ案内お願いしますね」
「はいっ、ハボック様」
 にっこりと笑うハボックに、少女は頬を染めて満面の笑みを返す。その様子を一部始終見ていたティワズがチラリとロイを見れば、黒馬に跨ったロイが不機嫌も露わな顔で二人を睨んでいた。思わずやれやれとため息を零せば、ロイがそのままの表情でティワズを睨む。
「なんだっ?」
「いえ、別に」
 ここで何か言おうものならとばっちりを食らいかねない。それでも何か言いたげに見つめてくる紅い瞳を睨んで、ロイは言った。
「ハイムダールの帝王学には女性のあしらい方も入っているんだな。もしかしたらお前が手取り足取り教えたんじゃないのかっ、ティワズ」
 ロイはそう言うとフンッと鼻を鳴らして離れていってしまう。その様子にげんなりと肩を落としてティワズは呟いた。
「とんだ八つ当たりだ。まあ、あとで少し若に……言っても判らんか……」
 ロイの前でやたらとエリシアと仲良くするなとハボックに言っても、それがどうしてかハボックには全く判らないだろう。まったく、と微かな頭痛を訴える額を抑えるティワズの耳にリザの声が聞こえた。
「準備がよろしければ参ります────では」
 グルリと一行を鳶色の瞳で見回したリザが、軽く馬の腹に蹴りを入れて城の門へと歩き出す。一行がいざ外へと出ようとした時、いきなり一人の兵士がその隊列の前へと飛び出してきた。
「ロイさまっ」
「おいっ、無礼であろうッ!」
 突然のことに先頭を行く警護の兵が大声を上げる。危うく馬で踏みつけそうになるのを手綱を引いて馬を押さえると「どけ」と言いながら視線で兵を呼んだ。城の警備に当たっていた兵たちが慌てて兵士を取り押さえようとするが、男は構わず大声でロイの名を呼び続ける。無礼者と力付くで黙らせようとすれば、ロイの声が響いた。
「構わん。私に何の用だ?」
「兄さま」
 ズイと前に出ようとするロイにリザが馬を寄せる。ロイと兵士の間に立ちはだかって、リザは言った。
「下がりなさい。兄さまと話をしたいというならきちんと手続きを踏むのが筋でしょう?」
 鳶色の瞳に怒りと不快の念を滲ませて、リザは兵士を睨みつける。馬上から睨みつけてくるその眼光の鋭さに怯みながらも、兵士は口を開いて言った。
「俺……、わ、私はホヅルと申しますッ!カウィルを、カウィル王家を愛し尊敬する者として憚りながらずっとロイ様の御身を案じておりましたッ!」
「そんなことを言うためにこんな無礼を働いたと言うの?さっさと下がりなさい!」
 キッと目を吊り上げるリザに警備兵たちが慌ててホヅルを押さえ込み連れていこうとする。だが、ホヅルが引きずられて行く前にロイが言った。
「そんなに目くじらを立てることはないだろう、リザ」
「兄さま!」
 言って馬から下りるロイに、リザが慌てて馬を下りロイを背後に庇おうとする。だが、ロイはリザの肩を叩いて言った。
「仮にもカウィルの兵士だぞ。私に害を加えるわけないだろう、リザ。────ホヅル、だったな?」
「はっ、はいっ!ロイ様ッ」
 ロイのその唇で己の名が刻まれるのを聞いて、ホヅルが真っ赤になって答える。ロイはリザが引き留めるのも構わずホヅルに近づいて言った。
「私の身を案じてくれていたのか、ありがとう、ホヅル」
「いえっ、やっ、そのッ!とんでもありませんッッ!!」
 にっこりと間近に微笑まれてホヅルは感激のあまりガチガチに硬直して叫ぶ。その様にクスリと笑って、ロイは言った。
「そうだ、ホヅル。私たちはこれからカウィルの視察に出るところなんだが、どうだろう、お前も一緒に行って案内をしてくれないか?」
「兄さまッ」
「ロイ様、お待ちください」
 突然の事にリザだけでなくティワズも制止の声を上げる。だが、ロイはそんな二人を無視して口をポカンと開けているホヅルのごつい手を取って言った。
「いいだろう?ホヅル。二年も離れていてカウィルも随分変わったと思うんだ。お前が案内してくれたらとても嬉しい」
「ももも勿論ですッッ!!ロイサマッッ!!」
「兄さま、いけません!」
 幾らカウィルの兵とは言え素性の確認をとっていない者を同行させるわけには行かないと、リザが声を張り上げる。だが、ロイは真っ赤な顔でコクコクと頷くホヅルにニッコリと微笑み、それから馬上でエリシアと二人見下ろしてくるハボックを見上げて言った。
「お前もいいだろう?ハボック」
「オレは別に構わないっスけど」
 特に表情も変えずそう答えるハボックに、ロイは一瞬ムッと顔を歪める。だが、すぐに笑みを浮かべてホヅルに言った。
「では決まりだ。すぐ馬の用意をしろ、ホヅル」
「ハ、ハイッッ!!」
 歓喜に顔を真っ赤に染めて頷くと馬の用意をするために走り去るホヅルを見送って、ロイは馬に跨る。ツンと顎を突き出してそっぽを向くロイにため息をついて、ティワズはリザを見た。
「よろしいんですか?」
「────仕方ありません。兄さまがああ言い出したら絶対なにを言っても聞きませんから」
「まったく……。若がダメと言えばそれで済んだものを」
 もう何度目になるか判らないため息をついて、ティワズはエリシアと楽しそうに言葉を交わすハボックと、ムスッとしてその二人に背を向けるロイとを見つめたのだった。


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