続ハイムダール国物語  第十七章


 では、とリザが歩き出すのに続いてハボック達も部屋を出て階段を下る。城の外へと向かう一行の前に、突然小さな影が飛び出して、先頭を行くリザが目を見開いた。
「エリシアさま」
「ロイっ、酷いわッ!!」
 エリシアは皆の前に立ちはだかって目を吊り上げる。ドレスの陰で小さな足をダンダンと踏み鳴らして言った。
「ロイが帰ってくるからってすっごく楽しみにしてたのに、私のところへ来てもくれないなんてッ!!」
 夕べの歓迎の宴、エリシアはまだ子供だからと出席を赦されなかった。それでもロイならきっと会いに来てくれるだろうと、すぐにもロイに会いたい気持ちを必死に我慢して部屋で待っていたというのに。
「ええと……このお姫様はもしかして」
 可愛らしい顔を怒りに染めて涙ぐんでさえいる小さな姫君を見下ろしてハボックが言う。それにロイは苦笑して頷いた。
「ああ、ヒューズの一人娘のエリシアだよ」
 そう答えてロイはリザに合図するとエリシアの前に跪く。その小さな手を取って恭しく甲に口づけた。
「久しぶりだね、エリシア。会えるのを楽しみにしてた」
「嘘ばっかり」
 ロイの言葉にエリシアは黒曜石の瞳を睨みつける。そんなエリシアに苦笑してロイは言った。
「本当だよ、その証拠にエリシアに一生懸命選んだお土産も持ってきた。昨日は来たばかりでバタバタしていたから後で部屋に持っていくつもりだったんだ」
「…………本当に?」
「勿論本当だよ」
 エリシアはヒューズの娘であるがそれを差し引いてもロイにとって大切な存在だ。決して蔑ろにするつもりはなかったが、すぐに会いにいかなかったのは子供の目からしてみれば冷たく映ったのかもしれない。
「大きくなったね、エリシア。もうすっかり立派なレディだ」
 そう言ってロイは目を細めて少女を見る。離れていた二年という月日はまだ小さな子供にはとてつもなく長い時間で、最後に会った時より随分と大人になったようにロイは思った。
「ロイは変わってないわ……よかった」
 エリシアはそう言うと腕を伸ばしてロイにしがみつく。ギュッと抱きついてくる小さな体をそっと抱き返すロイにエリシアは言った。
「帰ってきてくれて嬉しい。ずっとロイに会いたかったの。お手紙は沢山くれたけど、やっぱり直接ロイに会いたかった」
「私もだよ、エリシア」
 ロイはそう答えて少し体を離してエリシアの顔を見つめる。長い金髪を優しく撫でてロイは言った。
「綺麗になった。グレイシアに益々似てきたな」
 ロイはエリシアの母である美しく聡明な女性の名を出して言う。そうすれば嬉しそうに笑う少女と見つめ会うロイの耳にわざとらしい咳払いが聞こえた。
「ハボック」
「いい加減紹介してくださいよ」
 エリシアを腕に囲い込んだまま見上げれば、唇を尖らせたハボックが言う。そんなハボックにロイは苦笑して立ち上がった。
「エリシア。紹介するよ、私の、────ハイムダール国のハボック王子だ」
 夫と言いかけて、急に気恥ずかしくなったロイはハボックをそう紹介する。ハボックはチラリとロイを見ると見上げてくる少女に向かって言った。
「ロイの夫のハボックです、エリシア姫。お会い出来るのを楽しみにしてたっス」
 ハボックは優雅に一礼すると、少女の手を取りその甲に口づける。満面の笑みを浮かべて見つめれば、エリシアがカアッと頬を染めた。
「こっ、こんにちはっ、ハボックさまっ。あ、あのっ、いつも手紙のお返事をありがとうございます!」
 ロイがハイムダールに嫁いで少しした頃、ハボックはエリシアに手紙を書いた。男の身で異国に嫁いだロイを案じているであろうエリシアを安心させたいと思ったからだ。その手紙に返事をくれたエリシアにハボックもまた返事を返し、それ以来二人は何度も手紙を交わすようになっていた。
「あんなに可愛らしくて楽しい手紙をくれるのはどんなレディかと思ってたっスけど……こんなに可愛らしい姫君だなんて、お会いできて本当に嬉しいっス」
 そう言われてエリシアの顔が益々紅くなる。恥ずかしそうに俯く少女の顔を覗き込んで、ハボックは言った。
「後でお時間を頂けますか?是非ゆっくりお話させて貰いたいっス」
「も、勿論よ。あ、あの……今からどこかに行くの?」
 エリシアはロイを見上げて尋ねる。ロイは尋ねる視線に頷いて口を開いた。
「リザの案内でカウィルの視察に行くところだよ。だからエリシア、話は後でゆっくり────」
「私も行きたいっ!いいでしょう?」
「まあ、エリシア様。そんなこと、ヒューズ様がお許しになる筈────」
「嫌よ、リザが案内するなら私も案内するわ!いいでしょ!」
「エリシア」
「エリシア様」
 キッと目を吊り上げて我儘を口にする少女に、ロイとリザが困ったように顔を見合わせる。ヒューズかグレイシアを呼びに行かせようとリザが側付きの者に言いかけた時、ハボックが言った。
「いいじゃないっスか。エリシア姫にも案内お願いしたら」
「ハボック」
「グルトップに一緒に乗ればいい。ね?エリシア姫」
「グルトップってハボックさまの馬?嬉しいっ」
 ハボックの言葉にエリシアは顔を輝かせて飛び跳ねる。嬉しいとしがみついてくる少女をハボックは軽々と抱き上げた。
「行きましょ。遅くなっちまう」
「そうよ、早く行きましょう」
 ハボックの言葉に頷いて、エリシアが城の外を指さす。エリシアに促されるように歩き出すハボックに、ティワズはやれやれとため息をついた。
「よろしいんですか?ロイさ、ま?」
 言いながらロイを見たティワズは白い顔に浮かんだ表情に紅い目を見開く。
「アイツがあんな女誑しだとは知らなかったぞ。ティワズ、教育がなってないんじゃないのかッ」
「女誑しって、相手は小さなお姫様ですよ?」
「なにが一緒にグルトップに乗ればいい、だ!私だって乗ったことないのにッ」
「ちょ……ロイ様?」
 切れ長の瞳を吊り上げて吐き捨てるように言って靴音も荒くハボックの後を追うように城の外へ向かうロイの背を、ティワズは呆気にとられて見送る。やれやれとため息をついて傍らのリザを見た。
「貴方の兄上は随分とヤキモチ妬きのようだ」
「…………兄さまったら」
 思いがけない兄の態度にリザは決まりが悪そうに顔を赤らめて、足早に二人の後を追った。


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