続ハイムダール国物語  第十六章


 ドカドカと荒々しい靴音がしたと思うとドンドンと激しく扉を叩く音がする。この部屋が誰のものか判っていてそんな無礼を働く人物を一人しか思い浮かばず、ロイはため息をつくと困ったような顔をしているフュリーに扉を開けるよう促した。
「ロイ様ッ!!」
「ファルマン郷、ロイ様に対して失礼ですよっ」
 扉を開けるや否や飛び込んできたファルマンにフュリーが顔を顰めて言う。だが、フュリーの言葉になどまったく耳を貸さず、ファルマンは部屋の中に入ってくるとロイの側に近寄った。
「今日はカウィルの視察に行くそうですなッ?是非私を同行させて────」
「そのつもりだ。今呼びに行かせるところだった」
「おおッ!!」
 やれやれといった体でロイが言えば、ファルマンがパアアッと顔を輝かせる。椅子に座るロイの手を両手で握り締め、ブンブンと振った。
「ありがとうございますッ、ロイ様ッ!!この目でカウィルを見られるとは望外の喜びッ!!心より感謝いたしますッ!!」
「その代わり、カウィルの事を良いことも悪いことも一つ残らずその目に焼き付けておいてくれ。そしてこの先のカウィルとハイムダールの為に役立てて欲しい」
「勿論ですっ、お任せください、ロイ様ッ!!それでは今少し準備をして参りますッ!」
 ではっ、とファルマンは来たときの勢いのまま部屋を飛び出していってしまう。開けっ放しの扉を閉めて、フュリーはげんなりと肩を落とした。
「大丈夫ですか?こう言ってはなんですが、あのファルマン卿を連れていったらハイムダールの恥になりませんか?」
 あの調子で騒ぎまくられたらハボックやロイに恥をかかせるのではないだろうか。心配してそう言うフュリーにロイは答えた。
「大丈夫だろう。今はちょっと興奮してるだけだよ」
「ずっと興奮しっぱなしとも限らないじゃないですか」
 本当に大丈夫かなぁと心配するフュリーにロイはクスリと笑う。残っていたお茶を飲み干すとゆっくりと立ち上がって言った。
「さあ、それより我々も行く準備をしてしまおう。私にとっても久しぶりのカウィルだ。思わず騒いでしまわないようにしないとな」
「ロイ様」
 悪戯っぽく言う主にフュリーは笑みを浮かべる。ロイに手を貸して出発の支度を整えていった。


「ロイ」
 コンコンと軽いノックの音と共にハボックが顔を出す。ティワズ共々身支度を整えた様子なのを見て、ロイが頷いた。
「私も準備は出来てるよ」
 そう言うロイに笑みを浮かべて、ハボックはロイの手を取る。グイと引き寄せ頬にチュッとキスをして言った。
「やっとロイの大好きなカウィルをこの目でじっくり見られる。すげぇ嬉しいっス」
「私も嬉しいよ」
 頬を染めてロイは答える。ハボックの後ろでティワズがため息をついたのは気づかぬふりで、ロイはフュリーに言った。
「では、行こうか」
「ぼ、僕もご一緒させていただいてよろしいんでしょうかッ」
 促されてフュリーが緊張した面持ちで言う。「勿論」と答えるロイの横でハボックが言った。
「ファルマンが一緒に行けるんだから、フュリーなら当然だろ?」
「ハボ────」
「若」
 そんな風に言うハボックを宥めるようにロイがハボックを呼びかけた時、ティワズの声がする。その声にハッとしたハボックが表情を引き締めて頷いた。
「判った。行こう」
 ハボックはそう言うとロイの手を離し廊下を歩き出す。それに半歩遅れてつき従うティワズの背を見つめて、眉を顰めるロイにフュリーが言った。
「ロイ様、参りましょう」
「……ああ」
(すぐファルマンにヤキモチ妬くくせに、自分だってティワズとべったりじゃないか)
「ロイ様?」
「……なんでもない」
 何となく面白くなくて、ムスッと唇を引き締めたままロイは二人の後を追って廊下を歩きだした。


「リザ?」
「兄さま」
 案内の者を待たせてあるという部屋に行けばそこにリザの姿を見つけてロイは目を丸くする。他に誰かいないかときょろきょろと部屋の中を見回すロイに、リザは言った。
「私の案内ではご不満ですか?」
「いや、そう言う訳じゃないが……。叔父上はお前が案内するなんて言ってなかったぞ」
「代わったのです。お兄さまの案内役を他の者に任せるわけには参りません。警護の者も私の直属の者に変えました」
「リザ」
 眉を寄せて見つめてくる兄をリザは平然と見つめ返す。その鳶色の瞳を見て、ロイはやれやれとため息をついた。
「ハボック、すまない」
「オレは構わないっスよ」
 ハボックはそう言うとリザに向かって笑い掛けた。
「改めまして、よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします、ハボック様」
 言って優雅に腰を折るリザは、夕べのきらびやかなドレスとは一転してピッタリとしたズボン姿だ。男のようなそのなりは、かえってリザの凛とした美しさを引き立てていた。
「準備がよろしければ早速出発いたしましょう」
「ちょっと待ってくれ、あと一人……」
 ロイは言って背後を振り返る。ティワズとフュリー、それにハイムダールから連れてきた中から兵士を二人、と姿を確認してロイは眉を寄せた。
「何をしてるんだ、ファルマン卿は」
 ロイがそう呟いた時バタバタと足音がする。一斉に皆が振り向いた部屋の入口に、ファルマンがハアハアと息を弾ませて立っていた。
「おっ、お待たせして申し訳ございませんっ、ロイ様……っ」
 その様子にムッと顔を顰めるリザに宥めるように笑い掛けて。
「では、案内を頼むよ、リザ」
 ロイは言った。


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