続ハイムダール国物語  第十五章


「おはようございます、若。朝ですよ」
「んー……」
 もぞもぞと動くブランケットの塊に向かってティワズは声をかける。なかなか顔を出さない主にため息をつくと、ティワズは言った。
「初日からイチャイチャしてるから起きられないんです。長旅で疲れたところに幾ら最後までシなかったとはいえロイ様に負担をかけるような真似をして、今日の視察の最中にロイ様が倒れでもしたらどう言い訳なさるおつもりです?」
 呆れと非難の入り交じったティワズの言葉に、ハボックはギョッとして飛び起きる。湯の支度をしているティワズをまじまじと見つめて、ハボックは言った。
「なんで知ってんの?ティ」
 確かに夕べ、夜もだいぶ更けた頃になってロイが部屋にやってきた。部屋に招き入れたもののキスを交わし、肌を晒して白く滑らかな肌に愛撫を降らせている間にロイが寝てしまい、結局明け方まで抱き合って眠った後、陽が昇る前に目覚めたロイは慌てて部屋に戻っていったのだ。
「ロイ様が好まれて使われている香料の香りが微かに残っていますから。寝具が汚れている形跡はないようですから最後まではシなかったのだろうと推測したまでです」
 そう言ってティワズは、ハボックをベッドに座らせ顔を拭き口を濯がせ手足を拭く。気まずそうに首を竦めるハボックを紅い瞳で見つめて、ティワズは言った。
「若とロイ様では基礎体力が違うんです。ロイ様が途中で寝てしまわれてよかったと思いなさい、若」
「うう……そんなことまで」
 どうしてそう何もかもお見通しなのだろうと、ハボックは上目遣いにティワズを見る。ティワズは寝乱れたハボックの髪をブラシで整え、寝間着を脱がせ服を着せた。
「もう一度だけ言っておきます。ハイムダールに帰るまでは自重なさい。ロイ様にもハイムダールにも恥をかかせることになりますよ」
「……ごめん」
 言って首を竦めるハボックにティワズは一つため息をつく。湯の後始末を簡単に済ませるとハボックに立つよう促した。
「判ればよろしい。さっき使いの者が準備が出来たら王と一緒に朝食をと伝えに来ました。そろそろ頃合いでしょう」
「判った」
 その言葉に頷いて立ち上がると、ハボックはティワズと共に部屋を出る。廊下を歩いていくと、丁度部屋の扉が開いてロイがフュリーを連れて出てきた。
「あ」
 ハボックの顔を見て、ロイが僅かに顔を赤らめる。「おはよう」と言葉を交わして並んで廊下を歩き出すと、ロイはハボックに囁いた。
「夕べはすまなかった。夜遅くに押し掛けた上、その……途中で眠ってしまって……っ」
「いいんスよ、疲れてたんだし。朝まで一緒にいられて嬉しかったっスから」
 目元を染めて告げるロイにハボックは答える。その途端、ティワズのわざとらしい咳払いが聞こえて、二人は首を竦めて口を閉ざした。横目で視線を交わせば自然と笑みが浮かぶ。そっと指を絡めあうと、二人は廊下をゆっくりと歩いていった。


 カウィル特産の野菜や果物をふんだんに使った朝食を終え、食後に香料の利いたお茶を飲んでいるとカウィル王が口を開いた。
「今日はカウィルの街を案内させましょう。古い街ですが、ハイムダールとは違う良さがありますぞ」
「ありがとうございます。ロイが育ったところを見るのを凄く楽しみにしてたんス」
 そう言って見つめてくる空色に、ロイは照れて視線を逸らせる。誤魔化すように叔父であるカウィル王を見て言った。
「伯父上、何人か連れて行きたいのですが構いませんか?」
「ん?ああ、構わんよ。あまり大人数になっては困るが」
「いえ、ほんの数人です。連れていかないとちょっと煩いの人物がいるので」
「あ、ファルマン郷」
 ロイの言葉に頭に浮かんだ人物の名をハボックは呟く。その名を聞けば僅かに眉を寄せるカウィル王にロイは言った。
「ファルマンは信頼出来る人物ですよ、伯父上」
「判っておる。あの事件の時、お前を助けてくれたのも知っておる」
 ロイがハイムダールに嫁いだばかりの頃、男であるロイをハボックの正妻として迎える事に反対する者により引き起こされた誘拐事件。その時、監禁されたロイの見張り役だったのがファルマンだった。男の身でハイムダールに嫁いできたロイと話をしたいという理由だけで見張り役を買って出たファルマンは、その後ロイの命を奪いに来た者たちからロイを護るために奮闘した。最終的にロイを救ったのはハボックだったが、監禁中に色々と話すうちにファルマンの持つ豊富な知識と物事に対する好奇心、そして暗殺者から逃げずに立ち向かったその勇気を目の当たりにして、すっかりファルマンを気に入ってしまったロイが側におかせて欲しいとハボックの父であるハイムダール王に願い出たのだった。
「ファルマンにカウィルの事を見て貰えば、これからのハイムダールに生かせるものも見えてくるだろう。それに連れていかなかったら、一人で勝手に出かけていって帰ってこなくなりそうだ」
「それは確かにそうかもしれないっスね」
 ファルマンの人となりを思い浮かべてハボックは鼻に皺を寄せる。そんなハボックにクスリと笑うと、ロイはカウィルを見て言った。
「伯父上、一度ファルマンと話をされるといいですよ。一風変わってますが、絶対得るものがあると思います」
「ふむ」
 ロイの言葉にカウィル王は考え込むように唸る。
「まあいい。ファルマン郷の事は任せた。ともあれ案内の者を待たせてある。準備が出来たら出かけるといいだろう」
「ありがとうございます、伯父上」
「ありがとうございます、陛下」
 それぞれに礼を口にすると、ロイとハボックはカウィル王の前を辞した。


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