続ハイムダール国物語  第十三章


 ダンッと叩きつけるようにグラスを置く音に、一緒に酒を飲んでいた男が驚いたように連れの男を見る。眉間に皺を寄せ見るからに不機嫌そうな男に、酒を飲んでいた男が言った。
「おい、もういい加減にしろよ?ホヅル」
 窘めるように言う男を、ホヅルと呼ばれた男が睨む。ホヅルは苛立ちも露わに顔を歪めて言った。
「ロイさまがあんな男のところに嫁いだのだと思うと腹が立ってならん!」
「あんな男っていうけど、結構な美男子だったじゃないか。それに曲がりなりにもハイムダールの王子だぞ?」
 男がそう言うのを聞いて、ホヅルはますます顔を歪める。ロイと並んで立つハボックの姿を思い出して、ホヅルは目を吊り上げた。
「なにがハイムダールの王子だッ!まだ歴史の浅い野蛮な国がカウィルの伝統と格式が欲しくて、ロイ様を無理矢理后に浚っていったくせにッ!」
 ホヅルはそう怒鳴るとガブリと酒を飲み込む。
「ロイ様が……ッ、ロイ様があんな男と……ッッ!!」
 何を想像したのかクシャクシャと顔を歪めて訳の判らない大声を上げるホヅルに、一緒に酒を飲んでいた男はやれやれとため息をついた。
「あんまり滅多なことを言うもんじゃないぞ、ホヅル。お前がどう思おうとハボック様はハイムダールの王子で、今のカウィルにとっての最重要人物だ。それに俺にはとてもお似合いに見えたぞ?」
 男は並んで立つハボックとロイを思い浮かべて言う。だが、ホヅルは同意するどころか男の胸倉を掴んでズイと顔を寄せて怒鳴った。
「お似合いッ?どこがだッ!!お可哀想に、ロイ様……ッ!カウィルのためと思えば嫌な男でも笑顔で寄り添わねばならないとは、なんて健気で気の毒な……ッ!!」
 グイグイと男の喉元を締め付けながら、ホヅルは天を仰いで嘆く。苦しいとホヅルの腕を叩く男を放り出して、ホヅルは深いため息をついた。
「嫁いだきりちっとも里帰りさせて貰えず、やっと戻ってきても監視付きだ。きっとハイムダールでも辛い思いをされているに違いない!おお、ロイ様ッ!出来ることなら俺がお助けしたいッッ!!いっそあのニヤケた王子の腹を掻っ捌いて────」
「おい、いい加減にしとけって」
 大声でとんでもないことを言い出すホヅルをギョッとした男が辺りを見回しながら宥める。
「チキショーッ!俺のロイ様に……ッ、ロイ様ーーーッッ!!」
「ああもうっ、酔っ払いめ!おい、勘定頼む!」
 大声で喚くホヅルに思い切り顔を顰めて、男は勘定を済ますとホヅルを引きずるようにして店を出た。


「本当に大丈夫か?ちゃんと真っ直ぐ家に帰れよ?」
「大丈夫だって。多少酒が入ったくらいで剣の腕が鈍るかっての」
「いや、そう言う事じゃなくてな……。……もう面倒見切れん。気をつけて帰れよ、ホヅル。馬鹿なこと叫ぶのはやめるんだぞ、しょっぴかれるから、いいな?俺はちゃんと言ったぞ?」
 男は何度か繰り返すと手を振ってホヅルとは別の道を行ってしまう。ホヅルはフンと鼻を鳴らすと、ご機嫌な足取りで道を歩きだした。
「くそう、なぁにがハイムダールだ、ハボック王子だ……俺のロイ様を……っ」
 ブツブツと呟きながらホヅルは夜道を歩いていく。ハアとため息をついて立ち止まり夜空を見上げた。
「ロイ様ぁ……」
 星が煌めく夜空を見上げれば、ロイの美しい黒曜石が思い浮かぶ。ホウとため息をつくと、ホヅルは再び歩き出した。
 ホヅルは城に仕える下級騎士だ。身分が低かったからロイと直接話す機会はなかったが、それでも城に入れば間近で声を聞くこともあり、ホヅルにとってロイは大切な大切な憧れの王子だった。大柄で腕力もありそこそこ剣も振るえる事もあって、子供の頃からロイを護るのは自分だと自負していた。いつかロイがカウィルを背負って立つ時には、絶対自分がロイを側で支えるのだと夢見ていたのに。
「ハイムダールに嫁いでしまわれるなんて……」
 憧れの王子が男の身で他国の王子の元へ嫁ぐと聞いた時、ホヅルのショックは計り知れなかった。ショックでショックで暫くは食事もまともに喉を通らなかった。ロイがハイムダールへと旅立つ日には、込み上げる涙で愛しいその姿が霞んで見えないほどだったのだ。
「男同士の婚姻なぞ、上手くいっているとは思えん」
 己がロイに対して抱いている憧れ以上の気持ちは棚に放り上げて、ホヅルはそう呟く。そうすればハボックに対する敵意が新たに込み上げて、ホヅルは低く呻いた。
「くそうッ、ハボック王子め!俺のロイ様を、よくも……ッ!この手でギタギタにしてやりたいッ!!」
 ホヅルが手を握り締めて夜空に向かって叫んだ時。
「手伝ってやろうか?」
 不意に聞こえた声に、ホヅルはギクリとして足を止める。丁度通りかかった路地の中、暗がりの中に人の姿が見えてホヅルは目を細めた。
「誰だ?」
 用心深く尋ねれば、暗がりから男が姿を現す。目深にフードを被った顔はよく見えなかったが、覗いた瞳がギラギラと輝いているのが判った。
「俺はローゲ。お前と同じロイ様の婚姻に不満を抱くものだ」
 そう言う男を、ホヅルは目を見開いて見つめた。


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