続ハイムダール国物語  第十二章


「お疲れになったでしょう?お茶をどうぞ」
「ありがとう、フュリー」
 差し出されたカップを受け取ってロイは礼を言う。湯を浴びて水分を欲している喉に、温めのお茶は心地よかった。
「ふぅ」
「もう一杯いかがですか?ロイ様」
 主が一気に飲み干してしまったのを見て、フュリーはおかわりを勧める。勧められるまま二杯目のお茶も飲み干して、漸く人心地ついたロイはホッと息を吐いた。
「ご家族やご友人の皆さまとゆっくりお話できましたか?」
 フュリーはロイの服の埃を落としクローゼットにしまいながら尋ねる。ロイは三杯目のお茶が注がれたカップを手の中で弄びながら答えた。
「いや、今日は叔父上と話すだけで時間が経ってしまったよ」
 その叔父ともプライベートに言葉を交わした訳ではない。仕方ないこととはいえほんの少し寂しいと感じながらお茶を口にしたロイは、ふと思い立って立ち上がった。
「ヒューズのところに行ってくる」
「え?よろしいのですか?」
 歓迎の宴が終わっても久しぶりに故郷に戻ってきたロイに諸侯達は入れ替わり立ち替わり挨拶にきて、ロイはなかなかその場を辞する事が出来なかった。漸く部屋に戻ってきたのは夜も大分遅くなってからで、湯を浴びて一息ついたこの時間は人を訪ねるにはかなり遅いと思えた。
「構わないさ、私とヒューズの仲だ」
 嫁いでカウィルを出たとはいえ、幼い頃から一緒に育った従兄弟同士だ。久しぶりの帰郷ともなれば多少の無礼も許されるだろうと、ロイは思いついた考えに笑みを浮かべて扉に向かった。
「お待ち下さい、ロイ様」
 部屋を出ようとするロイに、フュリーは慌ててクローゼットから羽織るものを取るとロイの肩にかける。
「ご一緒いたします。お邪魔はいたしませんから」
「──ありがとう」
 幾らかつて見知った城とはいえ主一人で出すのは憚られてそう申し出るフュリーに、ロイは笑みを浮かべた。燭台の蝋燭に火を移して、フュリーは扉を開けて廊下に出る。ロイの前に立って燭台を手に歩きながら、フュリーは揺れる灯に照らし出された城の壁を見上げた。
「僕、ハイムダール城以外のお城を見るのは初めてですけど、凄く立派なお城ですね」
 凄いなぁとフュリーが手にした燭台を掲げながら感嘆の声を上げるのを聞いて、ロイは嬉しそうに笑う。ともすれば城の中を見回すのに夢中になって本来の目的を忘れそうになるフュリーの腕を曲がり角の度引いて、ロイはヒューズの部屋に辿り着いた。
「起きてらっしゃるでしょうか」
「アイツは昔から夜更かしだったから大丈夫だ」
 一番先に気づかなければいけなかった事を今更ながら口にして心配そうに見上げてくるフュリーにそう言うと、ロイは控えめに扉をノックする。それでも夜の闇の中ノックの音はやけに大きく聞こえて、フュリーが首を竦めて辺りを見回した時、カチャリと音がして扉が開いた。
「来ると思ってたぜ、ロイ」
「ヒューズ」
 顔を出した途端ニヤリと笑って言うヒューズに笑い返して、ロイは久しぶりに会った従兄弟に腕を伸ばす。改めて再会の抱擁を済ませてロイを中へと促したヒューズは、廊下に留まろうとするフュリーに向かって言った。
「お前も入れ」
「えっ?でもお邪魔でしょうから僕はここで待たせて頂きます」
 驚いて眼鏡の奥の目を瞠るフュリーにヒューズは繰り返した。
「いいから入れ。外で待たれてると思うとゆっくり話もできん」
「フュリー、構わないから入っておいで」
「はあ、それでは失礼致します」
 ロイからも促され、フュリーは恐縮しながらもヒューズの私室に足を踏み入れる。部屋の中を照らす蝋燭が幾つもあるのを見て、手にした燭台の蝋燭を吹き消すとフュリーは部屋の隅に控えた。
「何か飲むか?」
「いや、さっき飲んだから今はいい」
 首を振って椅子に腰を下ろすロイに頷いて、ヒューズはその側に寄る。白い額にかかる黒髪を掻き上げて、ロイの顔を覗き込んだ。
「元気だったか?」
「見れば判るだろう?」
「辛い思いしてんじゃないか?」
「お前、私が出した手紙を読んでないのか?」
 ヒューズの言葉にロイはムッと眉を寄せる。どうにもロイの幸せを疑うのをやめられないらしいヒューズに、ロイは言った。
「私は幸せだよ、ヒューズ。今ではハイムダールに、ハボックの元に嫁ぐ事になった運命に感謝してるんだ」
「ロイ」
 にっこりと幸せそうに笑うロイをヒューズは複雑そうな顔で見つめる。そんなヒューズにロイは言った。
「ハボックはイイ男だろう?私達は似合いのカップルだと言われてるんだ」
「おい」
 ニッと笑ってロイが言うのを聞いて、ヒューズは思い切り顔を顰める。大事な従兄弟が男と結婚して幸せだと言うのを聞けば、どうにも心穏やかではいられなかった。
「イイオトコでも頭の中身が空っぽでは困るがな」
「そんなことはない」
 せめてもと言い返せば即座に言葉が返ってヒューズは目を瞠る。見つめてくる常盤色見つめ返してロイは言った。
「ハボックは良い君主になるだろう。剣の腕も立つし国民の信頼も厚い。臣下にも恵まれているし、その助言に耳を傾ける度量もある。人を見る目も置かれた状況を的確に判断する目も持ってる。ハイムダールとの同盟は必ずカウィルに大きな恩恵をもたらすだろう」
 きっぱりと言い切るロイの言葉は決して惚れた相手を過大評価しているのではなく、ハボックという将来のハイムダール国王になる男を間近で見つめての判断結果と知れて、ヒューズはムゥと鼻に皺を寄せる。ほんの少し悔しそうな表情を浮かべて、ヒューズは言った。
「お前がそこまで言うなら今のところはそう言うことにしておこう。だがな、ロイ。俺がこの目で見てお前が言うことが間違っていると思えば、すぐにもハイムダールとの同盟は破棄してお前をカウィルに連れ戻すからな」
「そんなことには絶対にならないよ、ヒューズ」
 釘を刺すような言葉も全く気にせずにっこりと笑って告げるロイに、ヒューズは悔しそうに鼻を鳴らした。


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