ハイムダール国物語  第六章


 婚姻の儀が終われば広間に居並ぶ者たちが次々と挨拶と祝いの言葉を告げにロイの前に現れる。ハボックと並んで祝辞を聞きながらロイはチラリとハボックを見上げた。途端に自分を見つめる優しい空色の瞳と目が合ってロイは慌てて視線を逸らす。内心憮然としながら、それでも表面上はにこやかに微笑みながら言葉を返していたロイはギュッと手を握り締めた。
(コイツがハイムダールの王子だったなんて…!)
 目の前に現れたマカイロドゥスに無様にも立ち竦んでしまった自分の前に現れた男。全く怯むことなくマカイロドゥスを退けると、ロイを守って倒れたディアスに「もう助からない」などと冷たく言い切った。挙句こと切れたディアスを置いていけと、さっさと土を掘り始めたのだ。
(ディアス…)
 ロイはその時のことを思い出して唇を噛み締める。あの時はディアスを死なせてしまったショックもあって言いたいことも言えなかった。ロイはハボックと夫婦になることを定めたとかいうハイムダールの神を内心罵りつつ、そんなことは微塵も感じさせない優雅な振る舞いで人々と接していたのだった。
 

「疲れたでしょう、長旅からひき続いて婚姻の儀、その上小うるさい王族や臣下からの挨拶。みんな、いったいどんな人が嫁いでくるのか、興味津々だったんスよ。王が決めたこととはいえ正妻が男だなんて、ちょっとでも気に入らないところがあれば、何か言ってやろうって手ぐすねひいてた。言う隙なんてありゃしませんでしたけどね」
 ハボックはそう言うとくすくすと笑う。婚儀が行われた広間から更に上に登った階にある居室へとロイを案内した。部屋の中に入るとまっすぐにロイを見つめて言う。
「やっとまた会えたっスね」
 嬉しそうにそう言うハボックをロイは思い切り睨みつけた。
「どうしてあの時、ハイムダールの王子だと名乗らなかったっ?!」
「アンタだってカウィルの王子だなんて名乗らなかったでしょ?大体あの時、そんな事言ってる暇、ありました?」
「でもお前は私がカウィルの王子だと気付いたんだろう?」
「おつきの兵士が呼んでましたからね。婚約者の名前は知ってたし」
 どうって事ないようにそう言うハボックにロイはムッと唇を曲げる。そんなロイにハボックはくすりと笑うと言った。
「でも、よかった。あの時アンタを守れて…。おかげでこうして一緒になれた」
「お前が守ったんじゃないっ、ディアスが守ってくれたんだっ!」
 ロイがそう怒鳴ればハボックは悲しそうに目を伏せた。
「ああ、あの兵士。可哀想ことをしたっスね」
 残念そうにそう言うハボックにロイはカッとして声を荒げた。
「何を今更っ!あの時お前はなんて言った?もう助からないから楽にしてやれ?連れて帰るな、置いていけ、だと?よくもあんな酷い事を…っ!!」
 ギリギリと歯を食いしばるロイをハボックはじっと見つめて言う。
「あの時の判断は間違っちゃいないと思いますけど?」
「なんだとっ?!」
「実際彼はあの後すぐ亡くなったでしょう?」
「そういう問題じゃないっ!!」
 怒鳴るロイにハボックは困ったように首を傾げた。
「亡くなった兵士を連れ帰りたい気持ちは判るっスよ。でも、遺体を持ち帰るとなればますます森を抜けるのが遅れ、獣を呼び寄せる確率が高くなる。自分の遺体を運んだばっかりにアンタが襲われるような事になれば、それこそ死んだ兵士も浮ばれないっスよ」
「よくもそんな冷たいことを…っ」
 悔しそうに唇を噛み締めるロイにハボックはそっと息を吐いて言う。
「あの兵士のことは残念だったと思います。でも、オレ、彼には感謝してるんスよ。感謝しても仕切れないっつうか。だっておかげで無事結婚できたわけだし」
 ハボックはそう言うと照れくさそうに笑った。
「オレ、あの時アンタに会って以来、今日がすげぇ待ち遠しかったんス。やっとアンタと会えてすげぇ嬉しいっつうか、なんていうか…」
「私は全然待ち遠しくなかったし、結婚の相手がお前だと知って気分はサイアクだ」
 冷たくそう言い切るロイにハボックは目を丸くする。パチパチと瞬きするとロイの肩を掴んで言った。
「ええっ?なんでっ?!なんで気分はサイアク?!」
「答えは簡単。私はお前が嫌いだからだ」
「えーっ?オレ、アンタを怒らせるようなこと何かしましたっ?!」
 ビックリしてそう言うハボックにロイはビシリと言い捨てる。
「お前の存在そのものが気に入らない」
「ひっ、ひでぇっ!」
 よろよろと後ずさるハボックを冷たく見るとロイは言った。
「判ったらさっさと出て行け」
 そう言ってマントを外すロイをじっと見たハボックはボソリと言う。
「嫌っス。だってオレはアンタが好きだから」
 唇をへの字に曲げてそう告げるハボックをロイは見た。その綺麗な空色の瞳を見つめて聞く。
「どうして私が好きなんだ?私のことなど結婚するまでまるで知らなかったろう?」
「兵士に対しての情の篤さが。まっすぐな心が。カウィルを愛する想いの深さが。それから何より強い意思を秘めたその黒い瞳が」
 ハボックは一気に捲くし立てると一呼吸置いてロイをじっと見つめた。
「好きなんです。一目惚れ…だったと思います」
 恥ずかしそうに目尻を染めて、それでもロイをまっすぐに見つめたままそう言い切るハボックにロイは息を飲んだ。その一途な瞳に思わず頬が染まるのを誤魔化すように顔を背けると言う。
「だったら私は一目で嫌いだ…っ」
「そんなぁっ!」
 ハボックは情けない声で叫ぶとロイの手を握った。ギョッとして身を引くロイの手を強く握り締めると言う。
「せっかく夫婦になったのに、嫌いだなんてそんなこと言わんで下さいっ」
「別に好き好んで夫婦になったわけじゃないっ」
「オレは好き好んで夫婦になりましたっ」
 そう大声で言うハボックにロイは思わず目を見開いた。ハボックは握り締めたロイの手を胸元に引き寄せて言う。
「そりゃきっかけは政略結婚だったかも知れない。でも、オレ、アンタと会った時からずっと忘れられなかった。アンタがオレの結婚相手だと知ってどれ程神様に感謝したことか…。カウィルに対するアンタの想いの半分でもいい、オレのこと好きになってくれないっスか?」
 そう、真摯に告げる瞳にロイは言葉を失う。暫く何も言わずにハボックを見つめていたが、そっと目を逸らすと言った。
「だったら努力してみろ」
「え?」
「お前が努力すればもしかしたらお前を好きになるかもしれない」
「マジっスかっ?!」
 パアアッと顔を輝かせてハボックはロイの手を握る手に力を込める。
「努力しますっ!だから絶対オレのこと、好きになって下さいねっ!」
 そう言って嬉しそうに笑うハボックに、内心どきりとしてしまったことなど絶対に認められないロイだった。
 

「そうと決まったらとっとと出て行け。私はもう、休みたいんだ」
 そう言うロイをハボックは上目遣いに見つめる。
「えーっ、オレ達夫婦になったんスから一緒の部屋で寝るのがフツウでしょ?」
「…貴様、殴られたいのか?」
 握り締めた拳に息を吐きかけるロイにハボックは慌てて両手を挙げた。だが、それでも出て行かないハボックにロイが何か言うより早くハボックが部屋の中ほどの扉を指差す。
「オレの部屋、あそこから続いてるんで」
 困ったように笑うハボックをロイはジロリと睨んだ。
「夜中に入ってきたらぶん殴るからな」
「ワカリマシタ」
 新婚初夜なのに、とぼやくハボックの脛を思い切り蹴りつければハボックが悲鳴を上げる。情けない顔で脛をさすっていたハボックは思い出したように声を上げた。
「そうだ、忘れてたっス」
 そう言うとテーブルの上のベルをとってチリンと鳴らす。すると暫くしてノックの音がすると一人の若い男が現れた。
「アンタの身の回りの世話をしてくれるフュリーです」
「初めまして、ロイ様っ、フュリーと申します!い、一生懸命お世話させていただきますっっ!!」
 ガチガチに緊張して怒鳴るようにそう言うと頭を下げる男を見てロイが言う。
「別に身の回りの世話などしてもらわなくても…」
「一国の正妻がそういう訳にもいかないでしょ。それにアンタはハイムダールのことはよく知らないんだし。なんでもフュリーに言ったらいいっスよ」
「よっ、よろしくお願いしますっ!!」
 上ずった声でそう言って頭を下げるフュリーにロイは1つため息をついた。
「そうまで言うなら…」
 確かに今の自分は右も左も判らぬ状態だ。ロイがそう答えればフュリーはホッとしたように笑った。
「じゃあ、また明日」
 ハボックはそう言うとロイを抱き寄せその髪にキスを落とす。
「おいっ!」
 馴れ馴れしいその態度にジロリとロイが睨めばハボックが笑った。おやすみなさいと言って2人の部屋の間の扉を開けるという。
「淋しかったらいつでも来ていいっスからね」
「誰が行くかっ、バカっ!」
 拳を握り締めればハボックが苦笑しながら扉を閉めた。はあっと息を吐いたロイは背後から遠慮がちにかかった声に振り向く。
「あの…」
「ああ、今日はもう下がってくれていいよ」
「でも」
「大丈夫、一人で出来るから」
 ロイがそう言えばフュリーは頭を下げて出て行く。ロイは扉が閉まったのを確認すると窓へと歩み寄った。見下ろせばあちこちで赤々と燃え上がる松明の焔が見える。
(今日からここで暮らしていくのか…)
 ようやく対面を果たした夫がハボックであったことのショックと初めて訪れた場所への興奮と、カウィルへの懐郷の念と。
 様々な感情に押しつぶされそうになって、ロイはコツンと額を窓に押し付けたのだった。


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