| ハイムダール国物語 第五章 |
| 「はあ…」 ハボックは城の窓から外を覗くとため息をつく。へたりと窓枠に懐く背の高い姿にブレダは苦笑して言った。 「どうした、やっぱり男との結婚なんて気乗りしないってか?」 「あー?」 「まあ、第一王位継承者としての運命だと諦めるんだな。後は同性での婚姻を認めたハイムダールの憲法を恨んだら、かわいい側室でも娶って楽しくやれや」 わざと茶化すようにそう言えばハボックが眉を顰める。 「オレ、側室はいらないから」 「へ?」 「側室なんていらないよ、正妻一人で十分」 そう言って外を見るハボックにブレダはあんぐりと口をあけていたがハッとして大声を上げた。 「正妻一人で十分って、男だぜっ、正妻!世継ぎはどうすんだよっ?!」 「んー、お前が治めといて。お前がイヤならお前の息子でもいいや」 「息子、って俺はまだ結婚してねぇ…じゃなくてっ、叔父上だって側室取れって言ったんじゃないのかっ?」 「うん、リスト作ってた」 「だったら――」 「暖炉で燃やしちゃったもん」 サラリと言ってのけるハボックにブレダは呆然とする。そんなブレダの様子には全く気付かず、ハボックは空を見上げてもう一度ため息をついた。 「やっぱティに任せないでオレが迎えに行けばよかった…」 オレのバカバカ、と窓にゴツゴツと頭をぶつけるハボックを見ていたブレダはもしやと思って恐る恐る聞く。 「なあ、ハボ。お前、もしかしてこの結婚、乗り気?」 そう聞かれてハボックはブレダを振り向いた。僅かに目尻を染めると嬉しそうに笑う。 「うん。今日までがすげぇ長かった」 「な、んで?だって最初は嫌がってたんじゃないのか?」 ハイムダールは同性との婚姻を認めてはいるが、やはり同性で結婚するのは稀だ。ハボックだってこれまでの20数年、男になど興味はなかったはず。その気さくで明るい人柄から筋骨逞しい兵士共のアイドルになっているらしいことは知っていたが、それでもハボック自身は可愛くて胸の大きい女性が好きだと公言していた。だから嫁いでくるのが王女ではなく第二王位継承者とはいえ男である事にがっかりすることはあれど、喜んだことなど一度もなかったと思っていたのだ。それなのに。 「なんで、って。そりゃ好きな相手と結婚するんだもん。乗り気に決まってんだろ」 「好きな相手って、ちょっと待てよ、逢ったことないだろ?」 「あるよ」 「どこでっ?!」 「ナイショ」 「ええっ、ちょっとハボっ、そりゃないだろっ!」 教えろだの、人違いじゃないのかだのと喚きたてるブレダを放ってハボックは空を見上げる。 (ああ、早く逢いたいなぁ…) そ う思えばロイの綺麗な瞳が心に浮んで、ハボックはうっとりと笑った。 草原を抜け街道を通ってロイ達は馬を進める。時折見えるカウィルにはない草花や鳥の姿にその名を知りたいと隣で馬を進める紅い髪の男をチラリと見たが、無表情に前を見つめるその姿にロイはため息をついて手綱を握りなおした。 (自国の大切な王子のところに嫁いでくる男など、好意を持って迎えられる筈などない、か) ロイはそう思って唇を噛み締める。この先自分は何があってもたった一人で耐えて行かねばならないのだと、ロイは馬が進む道の先を睨みつけた。 いくつもの小さな村を通り抜け、何回かの休憩以外は馬を下りずに走り続け、辺りが綺麗なオレンジ色に染まり始めた頃になって、ロイ達はようやく目的地に辿り着いた。夕日を背に黒々とそびえる巨大な城にロイは息を飲む。 「ここがハイムダール城です」 そういう声にハッとして振り向けば夕日に髪を紅く燃え上がらせた男がじっと見つめていた事に気付いて、ロイはムッとして城から視線を逸らした。そんなロイにティワズはくすりと笑って促す。 「さあ、王達がお待ちです」 そう言われてロイはごくりと唾を飲み込むとティワズと共に馬を城壁の中へと進めていった。 「あ…」 門をくぐった途端、城への上がり口までの間を埋め尽くす兵士たちの姿が目に飛び込んできてロイはほんの少し怯む。それでもキッと正面を見据えると先を進むティワズに続いて馬をゆっくりと進めた。階段の手前で馬を下り、ロイは導かれるまま階段を上っていく。途中チラリと後ろを振り向けば居並ぶ兵士達の剣や鎧が松明の灯りをを弾いてオレンジ色に輝いていた。 「こちらへ」 そう言われて敷き詰められた絨毯の上を歩き、更に上の階へと上がる。いくつもの扉の前を通り過ぎ、ロイはついに天井まで伸びる綺麗な装飾が施された扉の前に立った。その扉を守る兵士達にティワズが頷き、兵士達はそれに答えて扉を押し開ける。ゆっくりと開く扉の向こうに数え切れない松明が灯された広間が現れた。扉から祭壇までを白い布が1本の道のように敷かれている。その両脇におそらくは王族や重臣たちなのであろう、居並ぶ人々が扉のところに立つロイをじっと見つめていた。 「どうぞ」 息を飲んで立ち竦んでいたロイはティワズの声にハッとすると布の上に一歩を踏み出す。半歩先を進むティワズの後に続いて祭壇までたどり着いたロイは王の印を頂いた頑健な男を見上げた。 「王、ロイ様をお連れ致しました」 跪いてそう言うティワズに頷いて労をねぎらうとハイムダール王はロイを見つめる。その強く誠実な眼差しにロイはハイムダールが力をつけてきた理由を見た気がして王の目をじっと見返した。 「よくぞ来られた、ロイ殿。カウィルとこのような形で結び付きを持つことを王として大変嬉しく、また誇らしく思いますぞ」 「初めまして、ハイムダール王。カウィルも貴国と深い結びつきを持つことを心より喜んでおります」 そう言って優雅に一礼するロイを王は満足気にみつめて微笑む。そうして背後を振り向くと声をかけた。 「ハボック。前へ」 ロイの声に答えて王の背後に控えていた長身の男がロイの前に姿を現す。いよいよ夫となる男とのご対面かと、視線を王から男へと移したロイは、その顔を見て目を見開いた。 「おまえは…っ?!」 「ようこそ、ハイムダールへ。逢えるのを楽しみにしてました」 そう言ってにっこりと笑ったのは、あの日マカイロドゥスの恐ろしい牙からロイを救った金髪の男だった。 漆黒に銀糸で刺繍を施した衣装を身にまとい、ロイと同じように宝剣を腰にさし長いマントを羽織ってロイの前に立っていたのは、間違いなくあの時の男だった。ロイはことごとく自分の思いに反するようなことばかり口にしていた腹の立つ男が自分の結婚相手だと知って、俄かにはそれが現実だと受け入れられずにいた。男の顔を穴の開くほど見つめているロイの手を男がそっと取る。王は男の肩を叩くとロイに向かって言った。 「わが息子、ハボックです。この国の第一王位継承者であなたの夫となる者だ」 (コイツが私の結婚相手…?そんな…) 王は呆然とするロイの様子には気付かずそう男を紹介すると、居並ぶ臣下たちへと声を張り上げた。 「これより婚姻の儀を執り行う!」 そう告げれば臣下たちが一斉に剣を掲げる。祭壇の奥に立っていた神官が前に進み出て、一歩下がった王と入れ替わりにハボックはロイの背を押すようにして神官の前に立った。 「まず皆に問う。この婚姻が道にかなわぬものか否か、かなわぬものだと思う者がいれば進み出よ」 神官がよく通る声で儀式にのっとってそう言ったが進み出るものはおらず、神官は頷くとハボックとロイを見つめる。そうして2人の顔を順繰りに見つめると祈祷を唱え始めた。低く高く歌うように流れる声は広い儀式の間に響き渡り臣下たちが掲げる剣の間を通りすぎていく。そうして長い詠誦を終えると神官はハボックとロイを見た。喜びと興奮に空色の瞳を輝かせるハボックに向き合うと神官は口を開く。 「そなたは神の定めに従ってこの者と夫婦になる道を選び取った。いついかなる場所、時においてもそなたはこの者を愛し、守り、その命の続く限り共に生きていくことを誓うか?」 「はい、誓います…っ」 力強く答えるハボックに頷くと神官はロイを見た。そうしてロイに向かって同じように問いかける。 「そなたは神の定めに従ってこの者と夫婦になる道を選び取った。いついかなる場所、時においてもそなたはこの者を愛し、守り、その命の続く限り共に生きていくことを誓うか?」 だが、そう聞かれても呆然としたまま答えないロイに神官は眉を顰めると小声でその名を呼んだ。 「ロイ殿っ」 「えっ、あっ、はいっ、ちっ、誓いますっ」 その答えに神官はホッと息を吐き、心配そうにロイの様子を伺っていたハボックも安堵の吐息を洩らす。神官は盆に置かれた指輪を取り上げるとハボックに差し出した。ハボックはそれを受け取るとロイの左手を取り囁くように言う。 「この婚姻の指輪をもってあなたをハイムダール王家の一員として迎え入れます」 感極まった声でそう告げるとハボックはロイの薬指にハイムダール王家の紋が刻まれた指輪を嵌めた。自分の指に嵌められた美しい指輪をまじまじと見つめるロイの手とハボックの手を取ると神官は二人の手を重ね合わせる。その上に自分の手を載せると神の祝福を祈った。そうして2人の手を解くと側で見つめていたハイムダール王に頷き、それから参列していた臣下にむけて声を張り上げる。 「たった今、神の御前でこの2人は夫婦となった。この結婚は神の認めたものであり最早何人であろうともこの2人を引き離すことはかなわぬ」 そうして2人を押し出すと言った。 「祝福を!」 神官の声に答えて臣下たちが一斉に剣を突き上げ声を上げる。城を揺るがす大歓声は城の外へも伝わって、城を取り囲んでいた兵士達も王子が妻を娶ったことを知り歓迎の声を上げた。 「ハイムダール、万歳!!」 「ハボックさま、万歳!!」 (ちょっと待て、結婚したというのか?この小憎らしい男と?) 城の内外に響き渡る歓声にロイはまだ事態が飲み込めないとでも言うように呆然と立ち尽くしていたのだった。 |
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