ハイムダール国物語  第五十一章


 しがみ付いてくるロイを強く抱き返してハボックはロイに口付ける。初めてロイを見たときから少しでもいいから自分を好きになってくれればいいと願い続けていたが、今こうしてロイを抱き締め、体を繋げることで、自分がどれ程ロイを求めていたのかハボックは改めて強く感じていた。攫われたロイがもし傷つけられるような事になっていたら、今、自分は如何していたのだろう。そんな事を考えていたハボックは、いきなり頬を思い切り両手で引っ張られて我に返る。
「お前ッ、私を抱きながら他の事を考えてるなんて……っっ」
 紅い顔で睨みながらそう告げてくるロイにハボックは目を見開いた。それからふうわりと笑うと目の前の体をそっと抱き締める。
「アンタのことを考えてたんスよ」
 そう言って優しく笑うハボックにロイは眉を顰めた。
「私が目の前にいるのに私の何を考えると言うんだ。考える暇があるならその目で見ればいいだろうっ」
 そう告げる瞳の光の強さにハボックは目を瞠る。そうしてこの人に出会えたことを改めて嬉しく思いながら答えた。
「そっスね。どこに触れればアンタが感じるのか……どこがアンタの弱いとこなのか……見ないと判んないっスもんね」
 ニコニコと笑いながらハボックがそう言えばロイの顔がみるみる内に紅くなる。
「わっ、私はそういうことを言ったわけじゃ……アアッ!」
 ハボックの脚の上に跨るように座ったその身の奥に迎え入れたままのハボック自身がまるで喜んでいるかのようにロイを突き上げる。ロイは言葉を紡ぐことも出来ずにハボックにしがみ付いた。
 ロイはハボックの熱を受け入れながら考える。恋しい相手のいるリザの幸せの為に、自らがハイムダールに嫁ぐことを決めた。ハイムダールは同性間の婚姻の認められた国。同盟の為に王位継承者である自分との婚姻を拒絶することはないだろうと思っていた。だが、嫁いだ先の未来など自分には望むことは出来ないだろうと思っていたのだ。幽閉されないにしても極々限られた場所だけで一生を終えるのだと思っていた。誰に振り向かれることもなく、ただカウィルの名の為だけにその命を生きるのだろうと思っていたのだ。だが。
「愛してます、ロイ」
 その声に伏せていた目を開けば綺麗な蒼が目の前に広がる。愛することも愛されることも知らずに生きていくのだと、そう思っていたのに、そんなことはないのだと教えてくれた瞳。ロイは手を伸ばしてその瞳に触れる。くすぐったそうに目を細めて、それでもロイのなすがままにさせていたハボックはロイを引き寄せると深く口付けた。互いに抱き締めあい舌を絡めればそこから伝わる体温が二人を満たしていく。きつく突き上げてきたハボックが己の中でふるりと震えたのを感じた次の瞬間、身の内を暖かい熱が満たし、ロイは意識を失った。


 気がついたときにはハボックの腕に抱かれて眠っていた。厚い胸板に頬を寄せて安心仕切って眠っていた自分にロイは微かに笑う。その笑いの波動に気付いたのだろう、ハボックの腕がロイを優しく抱き締めた。
「目、覚めたんスか?」
 聞かれた問いには答えずにロイはハボックの胸に身を寄せる。初めて男を受け入れた体はまだ気だるくとても起き上がる気にはなれなかった。
「いいっスよ。今日は二人でゆっくりしましょう」
 そう言うハボックをロイは上目遣いに見る。ハボックはロイの髪を撫でながら答えた。
「呼ばなきゃ誰も来ませんよ。今日は父上だって判ってくれるでしょ」
 色々と立て続けに起きたことがようやく終わりを告げたのだ。ハボックとロイが結ばれるのは極自然な成り行きだったし喜ばしいそれをわざわざジャマしに来る輩がいるとも思えなかった。
「一日ダラダラと過ごすなんて随分と非生産的だ」
 ロイがハボックの胸に顔を埋めたままくぐもった声で言えばハボックが答える。
「いいんスよ。その分今まで走り回ってきたんだし、少しはゆっくりしないとね」
「お前がそう言うならいいんだろう」
 そんな事を言うロイをハボックは意外そうに見つめた。その視線を感じてロイは尋ねるようにハボックを見る。
「アンタ、そういうの好きじゃなさそうだから」
 そう言われてロイはひとつ息を吐くと答えた。
「本音を言えば体がだるくて動かない」
「えっ、うわ、す、すみませんっ」
 途端に顔を紅くするハボックにロイはくすりと笑う。夕べはあんなに積極的で自分を翻弄したくせにと思うと笑いが止まらない。いつまでもクスクスと笑っているとハボックの不機嫌な声が聞こえた。
「そんなに笑わなくたっていいでしょ」
「いいじゃないか、笑いたいんだ」
 そう言って笑い続けるロイにハボックは呆れた顔をする。
「アンタね……」
 そう言って何か言いたげに何度か口を開いたが。
「まあ、いいか」
 結局はそう言うとロイを引き寄せてその髪に鼻を埋めた。
「アンタがオレの腕の中にいてくれるなら、それでいいや」
 幸せそうに呟く声に。
 笑って瞳を閉じたロイは瞬く間に眠りの国へと引きずり込まれていった。


 そうして時折目覚めながら、うつらうつらと互いの腕の中で眠り続ける。結局二人が本格的に起きたのは、もう夕陽が森の木々の向こうに沈もうという頃合いだった。
「腹減りましたね」
 ハボックはそう言うと思い切り伸びをする。綺麗に筋肉のついた胸がランプの淡い光を受けてハボックの動きに合わせてうねるのを見たロイは、あの胸に抱かれたのだと改めて思って、思わず頬を染めた。
「どうかしたっスか?」
「別に」
 顔を覗き込んで尋ねるハボックにロイは素っ気なく答える。ベッドから下りようとして思いがけず緩慢になってしまった動きに眉を顰めた。立ち上がろうとしたものの妙に重たい下肢にロイは再びベッドに戻ってしまう。ブランケットに潜り込んでしまったロイにハボックは目を丸くした。
「まだ起きないんスか?」
「うるさいな、起きたいなら一人で起きればいいだろう」
 冷たいロイの言葉にハボックは唇を尖らせる。
「えー、一緒に起きましょうよ。オレ、もう腹へって来たし」
「私はまだ減ってない」
 素っ気ないロイの返事にハボックはムゥと頬を膨らませるとブランケットを勢いよく剥ぎ取った。
「……っ、ハボックっ!!」
「もう十分寝たじゃ――」
「十分じゃないっ!まだなんだか体が――っ」
 と、そこまで叫んで、ロイはカアッと顔を赤らめるとハボックの手からブランケットを奪い取る。再び潜り込んでしまったロイを目を丸くしてハボックは見つめていたが、やがて嬉しそうに笑う。
「ローイ」
「ウルサイッ」
「大好き」
「やかましいっ」
 ハボックは可愛くない返事ばかり返すロイをブランケットごと抱き締めた。
「ロイ、大好き」
 大切な温もりにそう囁けば。
「…私もだっ、バカっ」
 やっぱり可愛くない答えが返ってきて、ハボックは幸せそうに笑ったのだった。


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