ハイムダール国物語  第四十三章
 
 
「おはよう、ティ」
ハボックはノックに答えて出てきた相手を見ずに言う。視線を上げてそれが期待した相手ではなかった事に驚いて目を
見開いた。
「マニ」
「おはようございます、若様」
にっこりと笑う背の高い男を見上げてハボックは目を見開いていたが、不機嫌そうに顔を歪めると言う。
「夕べ泊まったの?マニ」
「ええ、帰るのがめんどうだったもんで」
マニがそう答えたとき、ティワズが眠そうに欠伸をしながら出てきた。
「ああ、若。おはようございます」
そう言うティワズをハボックは睨む。
「ずるい」
「…は?」
「ティ、最近オレの事だって部屋に泊めてくれないのに、何でマニは泊まってんのさ」
「何怒ってるんです?若」
「オレだってティの部屋に泊まりたいっ」
子供のようなことを言い出すハボックにティワズは呆れてため息をついた。
「何を言ってるんです?大体若は結婚されたんでしょうが」
「結婚してても泊まりたいもんは泊まりたいんだっ」
「何、バカなことを…。それより何か用事があったんじゃないんですか?」
「も、いい。ティのバカ」
「ちょ…若?」
くるりと背を向けて走り去ってしまうハボックを呆然と見送るティワズの後ろからくすくすと笑う声がする。その声に振り
向けば二人のやり取りと見ていたマニが壁に背を預けて笑っていた。
「変わんないねぇ、あの独占欲」
「マニ」
「ヤキモチ妬いてんだぜ、可愛いじゃないか」
マニがそう言えばティワズがため息をつく。
「若は結婚したんだぞ。独占欲はロイ様に向けられるものだろう?」
「若様にとっては姫君もお前も特別なんだろう」
マニはそう言うとニヤニヤと笑った。
「嬉しいんだろう?よかったな、結婚した途端見向きもされないようなことにならなくて」
そう言えばティワズはマニの脚を思い切り蹴る。怒って部屋の中へ入っていくティワズの耳が紅く染まっているのを見て
マニはくすりと笑うと後を追うように部屋の中へと戻り扉を閉めたのだった。

「父上に話す前に色々聞きたいことがあったのに…」
走ってきた足を弛めるとハボックはそう呟く。廊下に沿った窓に歩み寄ると空を見上げた。空は綺麗に晴れ渡り、何の
悩みもないように見える。ハボックはそっと視線を落とすと言った。
「いい加減ティに頼ってばっかりってわけにも行かないんだよな」
自分は結婚して妃を迎えた。「自分達がすることを見ていろ」と言ったからにはもう、これまでの様な中途半端な気持ち
で臨んでいてはいけないのだと思う。
「しっかりしろ、オレ!」
国民には勿論、父にもティワズにも情けないところは見せたくなかった。そして誰よりあの黒い瞳に格好の悪い姿は
晒せない。
「よしっ」
ハボックはそう言って両手で頬をパチンと叩くと足早に自室へと戻ったのだった。

「ハボック?」
朝食を済ませたロイは隣の部屋とを繋ぐ扉を軽く叩く。少し待つとハボックが顔を出した。
「ロイ。もう食事は済んだんスか?」
「ああ」
ロイは答えるとハボックに促されるままに部屋へと入る。椅子に腰を下ろすとハボックを見上げて言った。
「お前は?もう食事はしたのか?」
「ああ、いや、まだっスけど」
後で食いますよ、と答えてハボックはロイを見つめる。
「傷は?痛まないっスか?」
「ああ、心配ないって言っただろう?」
そう言ってからロイは夕べ傷からきた発熱にうかされていたようだったことを思い出した。ハボックの顔を見つめると聞く。
「お前、夕べ部屋に来たか?」
「え?何でです?」
「あ、いや…。」
逆に聞き返されてロイは思わず口ごもった。乾ききった喉に口移しで水を飲まされたような気がしたが、そんな事を聞け
ばまるで期待しているととられそうに思えてロイは慌てて首を振る。
「なんでもない。」
そう答えて視線を彷徨わせるロイをハボックは不思議そうに見つめた。じっと向けられる視線が恥ずかしくてロイはガタリ
と乱暴に立ち上がると扉へと向かう。
「ロイ?」
「行く時になったら声をかけてくれ」
「ここで待ってたらいいじゃないっスか」
「自分の部屋のほうが落ち着くっ」
ロイはそう言い捨てると逃げるように自分の部屋に飛び込むと扉を閉めた。まっすぐに見つめてくる視線を遮って、ロイは
ホッと安堵のため息をついたのだった。

「ハボック様、ロイ様。お時間です。」
呼びに来たフュリーに頷いてハボックとロイは部屋を出る。王の居室に繋がる広間には今回の事件の関係者が集まって
きていた。
「ロイ様、怪我の具合はいかがですか?」
ティワズにそう聞かれてロイは微笑んで答える。
「ありがとう、もう大分落ち着いたよ、ティワズ」
にっこりと笑って答えるロイにティワズも安心したように微笑み返した。ロイはティワズとその背後に立つマニとに頷くと
広間をぐるりと見渡す。部屋の片隅に兵士達に取り囲まれるようにして立っているファルマンの姿を見つけると、パッと
顔を輝かせて近づこうとした。だがその途端、引き止めるように肩を掴まれてロイは慌てて振り向く。自分を見下ろす
ハボックの顔を見ると言った。
「ちょっと話をしてくるだけだ」
「今はダメっス」
そう言われて問いかけるように見つめればハボックが答える。
「彼はこの事件の片棒を担いだ、いわば国を乱そうとした反逆者なんスから」
「反逆者? ファルマンはそんなんじゃ――」
「ロイ」
普段とはうって変わった厳しい声にロイは思わず口を噤んだ。
「アンタがどう思っていようと、今のファルマンの立場はそういう立場っス」
そう言えば見開くロイの黒い瞳にハボックは続ける。
「これからどうなるかはまだ判らないっスけどね」
「なら私がファルマンが反逆者なんかじゃないことをハッキリさせてやる」
そう言い切るロイにハボックはほんの少し胸が痛んだのだった。
 
 
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