ハイムダール国物語  第四十章
 
 
ハボックは剣の柄の部分で少年を殴ると気を失ったその体を受け止める。そっと地面に横たえるとロイを振り返った。
「大丈夫っスか?」
「平気だ。」
さっきからハボックとティワズに庇われるばかりでちっとも自身で剣を振るえず、ロイはムゥと頬を膨らませる。ジロリと
ハボックを見ると言った。
「私だって相手を殺さずに自分の身くらい守れるぞ。」
「判ってますよ。でも、オレがアンタを守りたいんです。」
にっこりと微笑んで言うハボックにロイは返す言葉がなくて、僅かに頬を染めると目を逸らす。そんな二人の様子に
ティワズがげっそりとため息をつくと言った。
「イチャイチャしてないで、まだ終わってないんですから。」
「べっ、別にイチャイチャなんてしてないだろうっ!」
真っ赤になって言うロイを無視してティワズはさっさと塔の入口へと行ってしまう。ブツブツと文句を言うロイにハボックが
手を差し出した。
「行きましょう、ロイ。」
そう言って差し出された手を忌々しげに見ていたロイはペシッとその手を叩く。
「お前がそういう恥ずかしいことばかりするからいけないんだ。」
「はあ?なんスか、それ。」
ハボックを置いて塔へと走っていってしまうロイをハボックは慌てて追いかけた。先に入口に辿り着いていたティワズと
合流すると階段を登り始めたのだった。

「くそ…たった一突きでいいものを。」
塔の最上階で下の様子を伺っていたフェンリルがそう呻くように言えば、まだその場に残っていた少年の一人が窓から
下を見下ろす。もう仲間達の殆んどが捕らえられてしまったのを見て言った。
「もう、殆んど捕まっちゃったみたいです。」
そう言う少年の傍らから他の少年が下を覗いて言う。
「捕まった?殺されたんじゃなくて?」
「殺してはないみたいだよ、よく判らないけど。」
少年達の言葉にフェンリルが低く言った。
「あとで見せしめにまとめて処刑するつもりなのだ。とにかくこのままでは殺されるのを待つばかりだ。」
フェンリルはそう言うとギリと歯を食いしばる。赤く血走った目で少年達を見回すと言った。
「お前達、ハイムダールの為にその命捧げる気はあるか?」
「勿論ですっ!」
フェンリルの問いに対して口々に答える少年達にフェンリルが頷く。
「あと少ししたらハボック王子達があがってくるだろう。この私を殺しにな。」
「フェンリル様を殺しに…?」
「そうだ。ロイ王子がハボック様を操ってこのハイムダールを思うままにする為には私のような存在は邪魔だからだ。」
フェンリルがそう言えば少年達がざわめいた。中の一人が一歩前に進み出ると尋ねる。
「そんな事はさせません。僕達が絶対にフェンリル様をお守りしますっ」
その言葉にフェンリルは頷くと言った。
「よくぞ言ってくれた。お前達がハボック様を止めていてくれればその間に私がロイ王子を始末しよう。ロイ王子の心臓
 を一突きする時間さえ稼いでくれればよいのだ。そうすれば後は何もかも上手く行く。」
狂信者の瞳でそう呟くフェンリルに少年達が頷く。その時、階段を駆け上がってくる荒い足音が聞こえたのだった。

「ドオッ」
ブレダは城の門をくぐると手綱を引いて馬を止める。前脚をあげて立ち上がった馬の背で、落ちそうになったファルマン
は慌ててブレダの腰にしがみついた。ちょっと太めな体格に腕が上手く回せず、ファルマンは眉を跳ね上げると言う。
「もう少しダイエットすべきですな。これでは女性の腕では到底抱きつけません。」
ボソリとそう言われてブレダは肩越しにファルマンを睨んだ。
「文句があるならしがみ付かないでとっとと落ちろ。」
「私が言っているのは文句ではなくて事実です。」
「い、い、か、ら、は、な、せ。」
ブレダが一文字ずつ区切って言えばファルマンがパッと手を離す。ブレダは忌々しげに舌を鳴らすと馬から下りた。駆け
寄ってくる兵士に向かって聞く。
「ハボック達はどうした?」
「ファルマン卿を拘束すべく西の塔に向かわれました。」
「ロイも一緒か?」
「はい。」
頷く兵士にブレダが眉を顰めた。ファルマンが呆れたように言う。
「向こう見ずなお姫様ですなぁ。一番危ない立場だというのに。」
「まあ、ロイが黙って待ってるとは思えないけどな。」
ブレダはそう言って西の塔へと向かおうとすると背後から男の声がした。
「俺も連れて行ってください。」
兵士の手を借りながら馬から下りる男をブレダは見つめる。包帯に滲む血を見ると言った。
「先に手当をした方がいいだろう?」
「大丈夫です。連れて行ってください。何かすると疑うなら縛ったままでいい。」
そう告げる男の瞳をじっと見ていたブレダは軽く肩を竦める。剣を抜いて男のロープを切れば兵士が慌てたようにブレダ
を見た。
「コイツなら大丈夫だろう。わかった、一緒に来い。」
そう言えば男がホッとしたように笑う。
「その代わり妙な事したら即切り捨てるからな。」
「判っております。」
答える男に頷くと、ブレダはファルマンと共に西の塔へと向かったのだった。

「さて、行くかの。」
そう言うとクヴァジールはよっこらしょと立ち上がる。椅子に座っていたヒギンは扉へと向かう老人を目で追いながら言った。
「行くってどこへいくんだ?」
そう尋ねれば老人が呆れたような顔をする。
「決まっておるだろう、城じゃよ。」
「えっ、だってアンタ、もう城の連中とかかわるのはこりごりだって…。」
驚きに声を上げるヒギンにクヴァジールは肩を竦めた。
「世の中が変わるのと共に人も変わるもんだ。傍でそれを見届けるのもいいかもしれんて。」
そう言って家の外へと出て行く老人の後を、ヒギンは慌てて追う。外へ出ればクヴァジールが家の裏手から小さな荷馬車
を引っ張り出してきたところだった。
「お前さんも行くかね?」
そう聞かれてヒギンは一瞬迷ったがしっかりと頷く。老人はニッと笑うと言った。
「それは助かる。では手綱を頼むよ。」
クヴァジールはそう言うと手綱をヒギンに任せ、自分はのんびりと腰掛けたのだった。

バンッと荒々しく扉を開けるハボックにティワズは眉をひそめる。とりあえず何やら怪しげなものなど飛んでこなかった事
に内心胸を撫で下ろすとハボックと共に部屋の中へと踏み込んだ。
「フェンリル。」
数人の少年に囲まれた銀髪の男を睨んでハボックが言う。フェンリルはそれには答えずハボックの背後に立つロイを
見ると言った。
「あの時殺してしまうべきでしたね、なまじ情けをかけたばかりに。」
苦々しげに言うフェンリルにハボックが言う。
「ロイを殺したところで何の解決にもならない。お前は間違っている。」
そう言えばフェンリルが顔を歪めた。
「間違っているのはハボック様の方ですっ!貴方は惑わされているんだっ!」
フェンリルはそう怒鳴ると少年達に向かって言う。
「さあ、ハボック様の目を醒まさせて差し上げるんだっ!」
その言葉と共に一斉に剣を引き抜く少年達に、ハボックは唇を噛み締めたのだった。
 
 
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