ハイムダール国物語  第三十七章
 
 
力を合わせて何とか怪我をした男を含めて屋根から全員が下りると誰ともなくほっと安堵の息が零れる。男の応急処置
を済ませると動けないよう手足を拘束した上で、ハボック達はロイが監禁されていた部屋でそれぞれに適当な場所に
腰を下ろした。
「大体の経緯はわかりますが、一応その時の状況を話していただけますか、ロイ様。」
そうティワズに聞かれて、ロイは自分が拉致された時の様子を話す。それを聞いていたハボックはロイに聞いた。
「じゃあロイは自分を拉致したのが誰かは見てないんスね?」
「ああ、薬を嗅がされてすぐに気を失ってしまったから。気がついたときにはこの館にいてファルマンが目の前にいた。」
その言葉に皆が一斉にファルマンを見る。ファルマンは困ったように首を傾げると言った。
「私はここで小麦の袋に詰め込まれて運ばれてきたロイ様を受け取って監視するように言われたんです。」
「ファルマンは何も酷い事はしなかったぞ。むしろ料理を作ってくれたり、色々私の知らない話を聞かせてくれたり…。
 ちょっと驚かされたりはしたけどな。」
そう言って笑うロイにファルマンも笑い返す。その二人のなんだか打ち解けた様子にハボックはムッと眉を顰めると
ファルマンに聞いた。
「で、ファルマン。お前にここでロイを監禁してろと命じたのは誰なんだ?」
ハボックの言葉に室内にさっと緊張が走る。皆が注目して見つめる中、ファルマンはハボックを見返すと答えた。
「大臣のヴィーランド様とフェンリル卿ですよ。」
やっと知ることの出来た首謀者の名にハボックが聞く。
「どうしてロイを?その理由は聞いたか?」
「ハイムダールを守る為だと言ってました。ロイ様をこの国から追い出して王子の目を醒まさせなければハイムダールは
 滅びてしまうと、そう信じていたようです。」
理由を聞いてハボックは唇を噛み締める。結局は自分の浅はかな行いがロイを危険な目にあわせ、国を思う人々の心
を乱したのだと、ハボックは心の中で自身の浅慮を責めた。
「…ファルマン、お前もそう思ってこの企てに加わったのか?」
ハボックがそう聞くとファルマンは意外そうな顔をする。
「まさか。私はただ、ロイ様と話がしてみたかっただけです。」
「は?」
思いもしない答えにキョトンとするハボックにファルマンは繰り返した。
「男の身で単身ハイムダールに嫁いできたという王子がどんな人か知りたかったので。監禁の見張り役だと聞いたので
 これはうってつけだと思いましてね。」
そう言って満足そうに笑うファルマンにハボックが問いかけるようにロイを見る。ロイはハボックの視線に困ったように
頷くと言った。
「ファルマンの言うとおりだよ。彼は知りたがりなんだそうだ。」
「知ると言うことは素晴らしいことですよ、王子。」
ロイの言葉を引き継いでニコニコとそう言うファルマンにハボックはあっけに取られる。嫌そうに顔を歪めると言った。
「それだけの為に手を貸したというのか?」
「だってそうでもしなきゃ王子の奥方とゆっくり話を出来る機会もないでしょう?」
「…変わり者だとは聞いてたけどな。」
平然と答えるファルマンにブレダがボソリと呟く。まるで悪びれた様子のないファルマンにティワズが言った。
「ファルマン卿の処分は後で考えるとして、まずは首謀者の二人ですね。ロイ様たちを始末したという連絡が入らなけ
 れば襲撃が失敗したとわかるでしょう。」
ティワズの言葉にハボックは立ち上がると言う。
「すぐ城に戻ろう。ロイはブレダとファルマンと一緒に後から来てください。」
そう言って部屋を飛び出して以降とするハボックのマントをロイが慌てて掴むと言った。
「待て、ハボック。私も一緒に行く。」
「でも、疲れてるでしょう?」
「大丈夫だから、一緒に連れて行ってくれ。」
そう言うロイの真剣な瞳にハボックは少しの間考える。それからロイに向かって手を差し出すと言った。
「判ったっス。それじゃ一緒に。」
そう言われてロイがホッとしたように笑う。差し出されたハボックの手を取ればハボックも笑った。
「よし、行こう。」
その言葉に頷いて、ロイとハボックはティワズ、マニと共に館を出たのだった。

「今度はちゃんと橋を渡って下さいよ。」
「判ってるって。いくらグルトップでも二人乗せてちゃ溺れちゃうよ。」
嫌味たらたらなティワズの言葉にハボックが顔を顰めて答える。4人は今度はちゃんと橋を使って川を渡るべく落ちた橋
の上流へと馬を向けた。
「今度はちゃんと、って、さっき来るときは橋を渡らなかったのか?」
驚いてそう聞くロイにマニが答える。
「橋が落とされてたんで上流に回ろうって言う話をしてる最中に、いきなり若様が川に飛び込んだんですよ。もう、びっくり
 したのなんのって…。おかげで俺達も馬で川を渡る羽目になるし、もう死ぬかと思いましたよ。」
そう言うマニにハボックが顔を顰めた。
「そんな言い方しなくたっていいだろうっ」
「いやもう、若様が姫様にベタ惚れだってことがよっく判りましたよ。」
「なっ…」
そう言われてハボックが顔を紅くする。一緒の馬に跨ったロイが肩越しにハボックを見上げれば、ハボックの顔がます
ます紅くなった。
「バカなこと言ってないで、さっさと行くぞっ!」
ハボックは誤魔化すようにそう言うとさっさと馬を上流へと向ける。ニヤニヤと笑うマニとウンザリと眉を顰めるティワズが
その後に続いたのだった。

「フェンリル卿、どうするつもりなんだ…っ?」
いくら待ってもロイたちを始末したという知らせが入って来ないことで、フェンリルとヴィーランドは計画が失敗したことを
悟る。おろおろと歩き回っては責めるように尋ねるヴィーランドにフェンリルは苛々と答えた。
「こうなったら私達で始末するしかないでしょう。」
「始末するって、どうやって…っ?」
「恐らく王子はもう城に向かっているでしょう。多分、ロイ王子も一緒に。ファルマン卿から私達の事も聞いている筈です。」
そう言われてヴィーランドは目を剥く。ワナワナと震えると言った。
「もうおしまいだ。王子は我々を赦さないに違いない。」
そう言ってへたり込むヴィーランドを見つめてフェンリルは言った。
「赦さないというのならそれでも構いませんよ。それならむしろロイ王子を始末するに躊躇することもない。」
「フェンリル卿、本気でロイ王子をその手で殺すつもりなのか?」
怯えた目でフェンリルを見上げるヴィーランドに言う。
「そうしなければハイムダールは滅びてしまう。私は何があってもハイムダールを守りたいのです。その為にはたとえ
 この手を汚しても構わない。」
冷たい目でそう告げるフェンリルにヴィーランドは目を瞠る。尻で後ずさるようにフェンリルから離れると首を振った。
「私はごめんだ。ハイムダールは大切だが人殺しまでは出来ん…っ」
震える声でそう言うヴィーランドをフェンリルは無表情な顔で見つめる。ヴィーランドはゾクリと体を震わせると立ち上がっ
た。そのまま背を向けるとヨロヨロとした足取りで扉に向かう。フェンリルは逃げようとするヴィーランドを黙って見つめて
いたが、その腰に佩いた剣を引き抜くとゆっくりと振りかぶる。無言のまま数歩駆けると勢いよく剣を振り下ろした。
「グハッ!!」
背中を袈裟懸けに斬られてヴィーランドはドオと床に倒れ込む。信じられないとフェンリルを見上げる瞳がやがて光を
失い、ヴィーランドは動かなくなった。フェンリルは最早ただの物体と化したヴィーランドをじっと見下ろす。血を拭いて
剣を収めると言った。
「全てはハイムダールのためだ。その為には命の一つや二つ、些細なものに過ぎん。」
フェンリルはそう言ってヴィーランドに冷たい一瞥をくれると、その体を置き去りに部屋を出て行ったのだった。
 
 
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