ハイムダール国物語  第三十四章
 
 
館へと忍び込んだ男たちはまず、外から灯りが見えた部屋を目指して進んでいく。音もなく階段を登り僅かに光の漏れる
部屋の前に立つと、中の様子を伺うように扉に身を寄せた。頷きあうとガンッと扉を蹴破り一斉に中へと飛び込む。
ベッドサイドの椅子に腰掛ける人影が動くより速く袈裟斬りに切り捨てるのと同時に、他の男がベッドに横たわる体に
向かって剣を突き立てる。だが、本来なら聞こえてくる筈の呻き声も飛び散る筈の血しぶきも上がらぬ事を訝しむと
部屋の中をぼんやりと照らしていたランプを取って切り捨てたものを照らし出した。
「…っ?!」
そこに飛び散っていたのが血肉ではなく枕やクッションに詰め込まれていた羽毛だと気付くや否や、男たちはギリと歯を
鳴らす。
「隠れている筈だっ、探せっっ」
リーダーの男が低くそう言うと、男たちは四方に分かれて館の中を探し始めた。

「騙されたみたいですねぇ。」
フワフワと窓から零れてきた数枚の羽にファルマンが意外そうに言う。
「あんなお間抜けな人形に騙されるなんて大したヤツらじゃないかもしれませんね。」
のんびりとそう言うファルマンにロイは僅かに顔を顰めると耳をそばだてた。バンッと扉を開け放つ音がいくつも響き、
ドタバタと館を駆け回る靴音がする。その凶暴な音に唇を噛み締めるとロイは自分を見つめる蒼い瞳を思い描いたの
だった。

「ほれ、これでも飲んで少しは落ち着いたらどうじゃ。」
クヴァジールは茶の入ったカップをヒギンの前に差し出すと言う。揺り椅子にドサリと腰を下ろすと本を広げた。
「まさかロイ様だったなんて…っ」
ヒギンは呻くように言うと両手に顔を埋める。己のしでかしたことの重大性に今更ながら気付いてヒギンは髪をかき
むしった。
「なあ、俺はやっぱり死刑になるのかっ?」
ヒギンは震える声でクヴァジールに聞く。だが老人は本に視線を落としたまま答えなかった。
「なあっ、クヴァジールっっ!!」
何も言ってくれない老人に苛ついてヒギンは声を荒げる。クヴァジールは嫌そうに顔を顰めると答えた。
「そんなこと、儂は王子じゃないんだから判る筈がなかろう。」
なるようにしかならんわい、と言うクヴァジールにヒギンは顔を歪める。喚きだしそうな男の様子にクヴァジールはひとつ
ため息をつくと言った。
「儂は王子のことはよく知らん。だが、さっき話した印象では愚か者ではないように思えた。たとえお前に罪があろうと
 即座に死刑ということにはならんだろうよ。」
そう言われてホッと息を吐くヒギンに、老人は意地悪く付け足す。
「まあ、もっともそれも王子が無事奥方を助け出したらの話じゃろうがね。奥方に万一のことあればその時は別じゃろう。」
「そ、そんなっ」
その言葉に顔を蒼褪めてうろたえる男の姿に、本を読むのを何度も邪魔されたことへの鬱憤が晴らされた気がして、
クヴァジールはフフンと笑うと再び本を読み始めたのだった。

土煙を上げて馬を走らせていたハボックはティワズの声に速度を落とす。
「若っ、あそこ!」
そう言ってティワズが指差した方向には漆黒の馬が闇に紛れるようにして木々に繋がれていた。
「ここで馬を下りて館に向かったようですね。」
そう言われてハボックは僅かに顔を歪めるとグッと手綱を握りなおす。
「急ぐぞっ!」
ハボックは短くそう叫ぶと再び馬を走らせたのだった。

「くそっ!どこへ隠れやがったんだっ?!」
館の棚やベッドの下を調べ、クローゼットの服の一枚一枚まで剣を突き刺して調べていったものの杳として行方が判ら
ない二人に、苛々して男が唸る。
「もしかして外へ逃げたんじゃないのか?」
一人がそう言うのに答えて別の男が言った。
「いや、逃げると言ってもこんな夜道、この辺に詳しくないものがそうそう逃げ出せるはずもない。必ずこの中にいる筈だ。」
そう言われれば反論する根拠もない身としては探すしかない。再び手分けして館内を探していると階下から声が仲間の
一人が声をかけた。
「おい、こんなところにパントリーがあるぞ。」
洗濯場の奥の更に奥の隙間のような場所にあった扉を見つけてそう言う男の声に他の連中も集まってくる。最初に
扉を見つけた男は慎重に扉を開けると中へと体を滑り込ませた。いくつも並んだ棚の間を進みながら薄暗いパントリー
の中を調べて回る。壺や樽の中まで調べた挙句何も見つけられないまま、男たちは入って来た方とは反対にある扉
から庭へと出てきた。
「やっぱりどこかへ逃げたに違いない!こんなところを探すだけムダだっ!!」
そう言う声に残りの男たちが頷く。焦りと苛々に神経を昂らせた男たちは決断を促すようにリーダーの男を見たのだった。

「おい、あそこは…。」
「パントリーの出入り口です、あそこに隠れていたら死んでましたね。」
平然とそう言うファルマンに顔を顰めながらロイは男たちを見下ろす。必死に耳をそばだてれば切れ切れと聞こえる声
は後を追うかどうかもめているようだった。だが、暫くして男たちが立ち去るような素振りを見せ始めて、二人はホッと
肩の力を抜く。その時吹き抜けた冷たい風に、ロイはぶるりと体を震わせた次の瞬間、思い切りクシャミをしていた。
「…っっ」
慌てて両手で口元を覆うが、視線を下に向ければ男たちがきょろきょろとあたりを見回しているのが見える。そっと
ファルマンの方を伺うと呆れたような顔をしたファルマンと目が合った。
「意外と抜けてますな、ロイ様。」
ウンザリとしたように言うファルマンに返す言葉もなくロイは頬を染める。もう一度下を見れば3人の男たちが館へと
戻るのが見えた。ドタドタと走り回る靴音を聞きながらファルマンが言う。
「覚悟を決めておいたほうがいいかもしれませんね。」
ファルマンがそう言った時。
「おいっ、上だっ!屋根の上に誰かいるぞっ!!」
庭に残った二人のうち片方が声を上げる。家の中から答える声を聞きながらロイとファルマンは顔を見合わせたのだった。

「あそこだっ!!」
黒々と茂った木々の間から覗く館の影にハボックが叫ぶ。館に続く階段の前に辿り着くと飛び降りるようにして馬から
下りた。一気に階段を駆け上がり門をくぐると大きな扉を開け放つ。
「マニっ、裏から回ってくれっ!」
ティワズが叫ぶ声に答えてマニがブレダとともに裏へと駆けていくのを目の端に捕らえながらハボックはティワズと供に
館の中へと飛び込んだ。
「ロイッ!!」
ハボックはそう叫ぶと薄暗い館の中を見回す。階段の上からドタドタと駆け回る足音が聞こえて、ハボックは迷わず階段
へと走り寄った。
「若っ、気をつけてっ!」
「判ってるっ!!」
何も考えずに音のする方へと走っていくハボックにティワズが叫ぶ。ハボックは怒鳴るようにそれに答えると階段を駆け
上がっていった。

「どうするんだ?下りるのか?」
「今更ムリでしょう、戦うしかありませんよ。」
「こんな屋根の上でっ?!」
窓から男たちが顔を出すのを見ながらロイは叫ぶ。正直立つのも必死な屋根の上でとても剣が振るえるとは思えな
かった。
「大体私はこれしか持ってないぞ。」
ロイはそう言うとハボックから貰った短剣を手にする。
「私は剣は不得手なのであまり期待しないでください。」
ファルマンはそう言いながら渋々と剣を構えた。その時、伸びてきた手が屋根の淵を掴むのを見て二人は息を飲む。
「上がってくるところを攻撃した方がよかったんじゃないですか?」
「今更言うなっ、今更っ!」
二人は薄闇の中、それぞれの武器を構えて立ち尽くしていたのだった。
 
 
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