ハイムダール国物語  第三十三章
 
 
「で、どこに隠れるつもりなんだ?」
ファルマンの後について歩きながらロイが聞けばファルマンが肩を竦める。
「さあてね、どこに隠れましょうか。」
「おい、そういう冗談は笑えないぞ。」
ファルマンの答えに思わず足を止めてロイが言えばファルマンも立ち止まって振り向いた。
「ですが、ここはただの個人の館ですからね。城のように万一のことを考えて逃げ道やら隠れ場所やら作っちゃいません
 から。」
どこが見つからないですかねぇ、などとのんびりと言いながら歩き出すファルマンにロイは不安になってくる。結局は
どこかの部屋の箪笥にでも隠れるしかないのではと考えた時、ファルマンが言った。
「上と下とどっちがいいですか?」
「え?」
「隠れ場所ですよ。上と下。どちらにします?」
突然それだけを言われても判断のしようがない。ロイがそう言えばファルマンが「おや」と言う顔をした。
「言いませんでしたかな?」
「言ってないな。」
「ずっと考えていたので口に出したとばかり思っていました。」
ファルマンはそう言って苦笑すると改めて言う。
「この家の地下にはパントリーがあるんです。キッチンからではなくて洗濯場の奥に入口があるのですが、意外と判り
 にくいのですぐには見つからないのではと思います。」
「上というのは?」
「文字通り、上ですよ。」
そう言われて首を傾げるロイにファルマンは笑うと元いた部屋の方へと引き返した。

川を渡りきったハボックは馬から下りるとそのしなやかな首を撫でる。
「お疲れ様、よく頑張ってくれたな、グルトップ。」
そう言ってギュッと馬の顔を抱き締めれば馬が低く鼻を鳴らした。その時、同じく川を渡りきったティワズが馬から飛び
下りるとハボックの方へと歩いてくる。その怒りに燃える紅い瞳を見たハボックはティワズが口を開く前に言った。
「説教なら後でいくらでも聞くから。」
そう言えばティワズの足が止まる。ハボックは馬の首に手を置いたままティワズをまっすぐに見るともう一度言った。
「後でいくらでも聞くから、だから今は何も言わないでくれ、ティ。」
そう言う蒼い瞳をティワズはじっと見つめる。黙ったまま背を向けると馬のところへ戻りその背に跨った。
「ありがとう、ティ。」
ハボックは笑ってそう言うと自らも馬に跨る。
「ハボっ、ティワズっ!」
その時、ブレダとマニがゼイゼイ息を切らしながら川から上がってきた。
「し、死ぬかと思った…。」
「なんて無茶するんです、二人とも…。俺達を殺す気ですか?」
びしょ濡れになりながら文句を言う二人にハボックが苦笑する。
「ごめん。でもこの方が早いと思って。」
「そう思うのならグズグズせずに行ったらどうです?」
背後からかかるティワズの声にハボックは振り向いた。自分を見つめる紅い視線に頷くと手綱を握りなおす。
「うん、行こう!」
そう言って馬の腹に蹴りを入れて走り出すハボックに続いてティワズ達も一斉に走り出したのだった。

「上って、本当に上じゃないか。」
「そうですよ。文字通り上だって言ったでしょう?」
呆れたように言うロイに答えながらファルマンは先に窓から身を乗り出す。そこから屋根の上の飾りに手を伸ばすと
グイと己の体を引き上げた。屋根の上に寝そべるようにして窓の中を見ればロイが続いて出てきたところだった。
「ロイ様。」
ファルマンは手を伸ばしてロイが出てくるのに手を貸す。思いがけず力強いファルマンの腕に助けられて、ロイは
屋根の上に上がると吹き抜けた風にぶるりと身を震わせた。
「まさか屋根の上に上がるとは思わなかった。」
「別に屋根の上でなくてパントリーの方でもよかったんですよ?でも、屋根の上にするって決めたのは貴方じゃない
 ですか。」
元いた部屋に戻ったファルマンが窓の外を指差してもうひとつの隠れ場所はそこだと言った時、どちらに隠れるかを
決めるのはロイに任された。ロイはどちらにするか、迷いもせずに屋根の上を選んだのだ。
「パントリーなんて一番最初に探すに決まってるだろう?ここの方がまだ見つからない可能性が高い。」
「確かに王子の奥方が屋根に上るだなんて普通は考えませんでしょうからな。」
妙に納得したように頷くファルマンをロイは睨む。だが、口に出しては他の事を言った。
「おい、こんな端っこにいたら落ちそうだ。」
「そうですね、もう少し真ん中の方へ行きましょう。」
ロイの言葉にファルマンが頷く。二人は暗がりの中をそろそろと移動していった。

黒馬に乗った黒ずくめの集団は館のすぐ近くまで来ると馬を止める。リーダーと思しき男が合図すると一斉に馬を下りた。
「ここからは歩いていく。」
低い声でそう告げれば頷いた男たちは乗ってきた馬を手近の木へと繋ぎとめる。リーダーの男はぐるりと見回して
皆の用意が出来たのを確認すると言った。
「ターゲットは二人。先日カウィルから嫁いできたロイ王子と王子の監視役をしていたファルマン卿だ。遠慮はいらん。
 見つけ次第切り捨てろ。」
リーダーの男はそう言うと「行くぞ」というように腕を振る。黒ずくめの服を着た男たちは無言のまま館へと進んでいった
のだった。

「なあ、間に合うと思うか?」
馬を走らせながらブレダが聞く。並んで走っていたマニが答えた。
「正直間に合わなかった時のことなんて考えたくもありませんね。そんなことになったら係わった連中全員切り殺しかね
 ませんよ、今の若様は。」
「だよなぁ…。」
ハボックがロイにベタ惚れなのは判っていた。だが、正直な話ここまでとは思っていなかった。それは恐らくティワズも
マニも一緒だろう。
「恋は盲目。一体これからどうなるんだか…。」
ブレダは幼い時からずっと一緒だった大切な従弟の行く末を案じて、そっとため息を洩らしたのだった。

ハボックは前へ前へと馬を走らせる。グルトップはいい馬だったしどの馬よりも速く走れたが、それでもはやる心の前
では酷く遅いように感じられた。
(もし間に合わなかったら…)
そんな思いが一瞬掠めて、ハボックは慌てて頭を振る。
(絶対に助け出すんだっ)
まだハイムダールのことも自分のこともちゃんと知ってもらってない。色んなものを見て、色んな話をして、そうしてどこ
までも一緒に歩いて行きたい。このハイムダールの為に二人で力を合わせていきたい。そしてなにより。
自分の事を好きになってもらいたい。
(これから色んなことが始まるんだ。だから絶対助け出す…っ)
ハボックはグッと唇を噛み締めると全速力で館へと向かっていった。

「ロイ様。」
「ああ、来たな。」
屋根の上に這いつくばって身を潜めていた二人は館へと音を立てずに近づいてくる人影に気付く。闇に溶け込む影
のような姿に禍々しい気配を感じてロイは唾を飲み込んだ。
「4人…いや、5人でしょうか。」
ファルマンの声にロイは小さく頷く。
「見つからないと思った時点でとっとと他に探しに行ってくれればいいんですが。」
「私とお前を確実に殺したいんだ。そう簡単には諦めないだろう。」
「ですね…。」
二人は冷たい風に身を晒しながら、己の命を狙う者たちが館の中へと消えていくのをじっと見つめていたのだった。
 
 
→ 第三十四章
第三十二章 ←