| ハイムダール国物語 第三十一章 |
| ドンドンと扉を叩く音に、ヒギンは顔を引きつらせて老人の腕を掴む。クヴァジールはヒギンの手を安心させるように 数度叩くと奥の部屋を指差した。 「隠れているんじゃ。いいというまで出てくるんじゃないぞ。」 言われてヒギンは転びそうになりながら奥の部屋へと入っていく。その姿が完全に見えなくなったのを確かめると クヴァジールはゆっくりと揺り椅子から立ち上がった。扉の近くへ行くと外に向かって言う。 「誰じゃ。」 「クヴァジールに会いに来た。開けてもらえないか?」 若い声がそう応えるのにクヴァジールは言葉を返した。 「質問に答えておらんぞ。開けるわけにはいかん。」 そう言えば迷ったような間があいたが、それでも若い声ははっきりと答える。 「オレはハボック。ハイムダールの王子だ。ここをあけて欲しい、クヴァジール。」 力ずくであけようと思えば開けられぬ筈はないのに、クヴァジールの問いに答えてそう返してくる声に、老人は僅かに 目を見開く。それでもゆっくりと扉を開くと扉の前に立つ長身の若者を見上げた。若者は蒼い瞳でクヴァジールを見下ろ していたが軽く頭を下げると口を開く。 「はじめまして、クヴァジール。突然押しかけてすまない。人を探しているんだ。」 そう言う若者の背後にクヴァジールは視線を投げた。王子より僅かに年かさと思われる青年達が3名と後はほんの 一握りの兵士だけ。一国の王子が連れて歩くにはあまりに少ないそれにクヴァジールは驚きつつも、それを顔には出さ ずにハボックに言った。 「悪いが儂は王家の人間は好かん。帰ってくれ。」 そう言って扉を閉めようとすればハボックが咄嗟に足を挟む。扉を押し開くようにして老人を見下ろすと言った。 「ヒギンという男がここに来ているだろう?会わせてくれ。」 「来ていないと言ったら?」 「頼む。時間がないんだ。」 「だったら力ずくで探せばよかろう。」 そう言われてハボックは目を見開く。それを聞いていたマニがハボックの肩を叩くと言った。 「若様、俺が。」 「ダメだ、マニ。」 ハボックを押しのけて中に入ろうとするマニをハボックは制する。クヴァジールを見下ろすともう一度言った。 「ヒギンに会いたい。会わせてくれ。」 「何故力ずくで探さん?そうして構わないと言っておるのじゃぞ?」 そう聞かれてハボックはほんの少し目を見開く。困ったように首を傾げると答えた。 「さあ。でもそうするべきではないと思う。」 その答えにハボックの背後から落胆のため息が聞こえる。クヴァジールは面白そうに笑うと言った。 「中に入りなさい。お茶でも出そう。」 老人の言葉にマニが不服そうに呻く。それに苦笑するとハボックは兵士達に外で待つように伝えてティワズ達と共に 家の中へと入ったのだった。 ハボック達は言われるまま椅子に腰を下ろす。クヴァジールはキッチンから茶の入ったカップを持ってくるとハボック達 の前に置いた。ハボックがそれを手に取るより早く、ティワズの手が伸びて注がれたお茶を確かめる。毒見をしたカップ を戻せばハボックが不満そうにティワズを見た。 「供をする者としては当然の配慮だと思いますぞ、王子。」 ハボックの様子を見ていたクヴァジールが言う。ハボックが自分に視線を向けてくるのを受け止めて老人は聞いた。 「ヒギンは何をしたのです?」 そう聞かれてハボックは暫くクヴァジールの顔を見つめていたがやがて口を開く。 「オレの命より大切なものを盗み出した。」 そう言うハボックをじっと見てクヴァジールが言った。 「それで、貴方はどうなさりたいのかな、王子。大切なものを盗んだ咎で殺すのかね?」 そう聞かれてハボックは目を見開く。じっと見つめてくる老人を見返すと答えた。 「殺すつもりならとっくにそうしてる。貴方を切り捨てて奥に身を潜めているであろうヒギンを引きずり出せばいい。」 「ではどうしてそうしないんじゃ?その方が手っ取り早いじゃろう。」 老人の言葉にハボックは困ったような顔をする。 「だってそれじゃ自分勝手な人殺しの暴君だろ?殺す理由がないのに簡単に命は奪えない。勿論必要があれば躊躇 はしないけど。」 「一介の商人の命など大して重いものでもなかろう。」 「人の命に思いも軽いもないだろう?」 即座にそう返してくるハボックを老人は驚いたように見つめた。それからクツクツと笑うと言う。 「面白い王子さまじゃな。まさか王家の人間の口からそんな言葉を聞く日がくるとは思わなんだ。」 クヴァジールは笑いながら立ち上がると奥の部屋へと声をかけた。 「ヒギン、出て来い。出てきて洗いざらい話してしまえ。」 そう言えば暫くして奥から一人の男が出てくる。ハボックの顔を見るとひれ伏して床に額をこすりつけた。 「もっ、申し訳ありませんっっ!!俺はただ荷物を運んでくれと言われてっっ!!金がどうしても必要だったんですっ、 だから、だから――っっ」 必死にいい訳を並べて赦しを乞おうとするヒギンに顔を顰めるとハボックは言う。 「そんなことはいいから荷物をどこに運んだか教えてくれ。」 「そ、そんなこと…」 「早く!どこに運んだ?!」 そう聞かれてヒギンは飛び上がると、つかえながらも場所を説明した。それを聞いたハボック達は頷きあうと席を立つ。 「邪魔をした、クヴァジール。」 そう言って家を飛び出していくハボック達を追ってクヴァジールも家の外へと出た。飛び乗るように馬に跨るハボックを 見上げると言う。 「奥方を助け出したらまた来るといい。」 クヴァジールの言葉にハボックは驚いたように目を見開いたがすぐに笑って頷いた。 「今度はロイと一緒に来る。」 「待っておるよ。」 そう言う老人にもう一度笑みを返すと、ハボックは馬の腹に蹴りを入れる。土煙を上げて走り去っていく一団をクヴァ ジールは笑って見送ったのだった。 自分に向けられた切っ先をロイは息を飲んで見つめる。ゆっくりと持ち上げられるそれをなす術もなく目で追えば、心臓 がキュッと縮み上がった。振り下ろされる短剣を見ていられずにギュッと目を閉じて身を竦ませる。風を切る音にロイの 唇から悲鳴のような声が零れた。 「ハボックっっ!!」 そう叫んだロイはいつまでたっても襲ってこない痛みに恐る恐る目を開ける。目の前で短剣を手に楽しそうに笑っている ファルマンを見て驚きに目を瞠った。 「…なんてね、本気で刺すと思ったんですか?」 ファルマンはそう言うと短剣を鞘に戻しロイの手に握らせる。短剣の重みを手に感じた途端、ロイはヘナヘナと座り込んだ。 「いくら私が知りたがりだと言っても、人殺しはごめんです。」 ファルマンはそう言うと先ほど点けたランプに近づいてそれを手に取る。天井から吊るされたもう少し大きなランプのフード をあけるとその火を移した。ずっと明るさを増した部屋の中でファルマンはロイを見て言う。 「あの言い伝えは嘘ではないでしょう。傷つけることが出来るかできないかの真偽は別としてね。彼らが私にその話を して聞かせたのは私が真偽を確かめる為に貴方を殺すことを期待してのことでしょう。」 ファルマンはそう言ってくったりと座り込んだロイを見た。手を差し出してロイの手を掴むとグイと引き上げる。 「ホントに刺されるかと思った…。」 倒れるように椅子に座り込んでそう呟くロイにファルマンは眉を跳ね上げた。 「私は変わり者ですが愚か者ではないつもりですが。」 「剣を突きつけられてみろ、誰だって本気にする。」 ムスッとしてそう言うロイにファルマンはくすりと笑う。それから真剣な顔をすると言った。 「それで、どうするなさるおつもりですか?」 「え?」 「私が貴方を殺さなかったことはすぐに彼らの耳に入るでしょう。そうなれば本気で刺客を送ってきますよ。」 そう言われてロイは目を瞠る。そんなロイにファルマンは言った。 「逃げますか?」 「そんなことをしたらお前が困るんじゃないのか?」 「私は別に貴方を閉じ込めておけと言われたわけじゃありませんから。それにむしろ私自身も殺されかねませんからねぇ。」 首謀者を知ってるわけですし、とのんびりと言うファルマンをロイはまじまじと見つめる。 「お前、やっぱり変わってる。」 呆れたように言うロイにファルマンはもう一度聞いた。 「それで、どうされるおつもりです?逃げるのでしたらご一緒しますが。」 ファルマンの言葉にロイは首を傾げる。少し考えると言った。 「いや、ここで待つ事にする。」 「刺客を?」 そう言われてロイはクスクスと笑い出す。 「そうだな、どっちが早く来るかな。」 「…貴方も結構変わっていると思いますが。」 よく判らないと言う顔をして見つめてくるファルマンに、ロイはますます声を上げて笑いながら、胸の内に蒼い瞳を思い 描いていたのだった。 |
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