| ハイムダール国物語 第三十章 |
| 「クヴァジールってどういうヤツなんだ?」 ハボックは馬を走らせながらマニに聞く。マニは眉を顰めると答えた。 「何でも今の国王の前の国王の時に王家と揉めて神官を辞めたとか……。詳しいことは判りませんがそれ以来大の王家嫌いだと聞きました」 「だったらハボが行ったらむしろ拙いんじゃないのか?」 ブレダがそう言えばハボックがムッと唇を突き出す。 「そんなの、オレじゃなくったって王家に繋がりがある者なら誰が行ったって同じだろ」 「マニなら街の者で通るじゃないか」 「用件を出した時点で変わらないよ」 そう言うハボックにティワズも頷いた。 「そうでしょうね。とにかく急ぎましょう、もう日が暮れる」 ティワズの言葉にハボックは何も言わずに馬に鞭を入れる。ハボックの後を追って速度を上げた一団は一路王家の丘を目指したのだった。 「一体何があったんじゃ」 クヴァジールはがっくりと椅子に座り込むヒギンに言う。ヒギンは頭を抱え込んで唸りを上げたきり答えなかった。クヴァジールは顔を顰めたがそれ以上は何も聞かずにヒギンの前に茶の入ったカップを出す。そうして自分は揺り椅子に腰掛けると分厚い本を広げた。クヴァジールが時折本を捲る音だけが聞こえる部屋の中で、ヒギンは頭をガシガシとかきむしる。最後に見た小麦の袋から零れでた腕が頭に浮かんでヒギンはぶるりと体を震わせた。見開いた目でクヴァジールを見ると言う。 「クヴァジール、俺はどうしたらいいんだっ?!」 必死の思いで言った言葉にだがクヴァジールは答えなかった。まるで聞こえていなかったように本を読み続ける老人の名をヒギンは呼ぶ。 「クヴァジールっっ!!なあ、クヴァジールっっ!!」」 老人は自分の名を喚きたてる男を顔を顰めて見ると言った。 「何があったかも判らんのにどうしたらいいかなんて答えられるわけがなかろう」 そう言われてヒギンは目を瞬かせる。自分がやったことを話すべきか否か悩んで浅い呼吸を繰り返した。 「俺は……俺は……っ」 ヒギンは頭を抱えるとギュッと目を瞑る。その途端同じ光景が頭に浮かんで慌てて目を開けた。 「俺は大変なことをしてしまった……っ」 ヒギンは膝の上で両手を握り締めると言う。 「金をやると言われて、城から荷物を運び出した。金がどうしても必要だったんだ。金がないと店もなにもかも失っちまう。そ、それにっ、王家の為だって…だからっ…袋に詰めて運び出したんだ、ただそれだけのつもりだったのに…っ」 ヒギンはそこまで言うと頭を抱え込んだ。 「もしかしたら死なせてしまったかもしれない…っ、でも、俺は死なせるつもりなんてなかったんだっ、俺は…っ」 「落ち着かんか」 話すうちに興奮してきたヒギンにクヴァジールが言う。ヒギンは椅子から立ち上がると転びそうになりながらクヴァジールに近づいた。揺り椅子に座る老人の傍らに跪くとその手を掴んで言う。 「俺はどうしたらいいんだっ、どうしたらっ?!」 「落ち着けと言っておるのが判らんのか」 クヴァジールはそう言うと読んでいた本を閉じた。ヒギンを見下ろすと言う。 「死んだとは限らんだろうが」 「だが、袋からぐったりとした腕が…っ」 「薬を飲まされていればそんなのは不思議でもなんでもないじゃろう」 クヴァジールはそう言うと立ち上がった。新しく茶を淹れなおすとテーブルに置く。 「これでも飲んで少し落ち着くんじゃ。それから話をするとしよう」 老人にそう言われてヒギンはのろのろと立ち上がった。ドサリと椅子に腰を下ろすと茶を啜る。何度か口に運ぶうち体の震えが収まってきた。 「気持ちを静める効果のある茶葉じゃよ」 クヴァジールはそう言うとヒギンを見つめる。 「荷物が何かは知らんのか?お前にその荷物を運ぶよう依頼したのが誰かは判っとるのか?」 そう聞けばヒギンが首を振った。 「袋の中身が何かは知らされなかった。知る必要がないと言っていた。ただ、その荷物を置いておけば王家に災いをもたらすって。依頼したのが誰かなんて全く判らん」 「いいように使われおったな」 クヴァジールは苦々しげに言う。 「王家に係わる人間などろくなもんがおらん」 そう吐き捨てるように言って続けた。 「ヒギン。お前が取るべきはふたつに一つ。正直にお前がしたことを話すか、もしくは――」 「話せるはずがないだろうっ!そんな事を言ったら俺はきっと殺されるっ!」 「…だったら全部忘れるんじゃな」 「それが出来るなら苦労しないっ!忘れたくてもすぐあの光景が目に浮かんで…っ!」 そう言って頭を抱え込むヒギンにクヴァジールは呆れたため息をつく。 「話せないし忘れることもできん。それならもう、どうしようもなかろう」 「そっ、そんなっ!」 素っ気ないクヴァジールの言葉にヒギンは悲鳴のような声を上げた。 「頼むっ、そんなことを言わずに何とかしてくれっ!」 ヒギンが縋るようにそう言った時。 ドンドンッ! 荒々しく扉を叩く音がして二人は顔を見合わせたのだった。 「若君、あそこです」 マニがそう言って指差す先に小さな家が見える。窓から灯りの零れるその家の近くで馬を止めたハボック達は乗り捨てられた荷馬車を見て頷きあった。 「確かにここに来ているようですね」 マニの言葉にハボックは何も言わずに馬を下りる。荒い足取りで小屋に近づいていくハボックの背に向かってティワズが言った。 「若。相手はご老人ですから」 その声にパッと振り向いたハボックの唇が思い切りへの字になる。それを見たブレダが思わずプッと噴き出せばハボックがジロリと睨んだ。 「判ってるっ」 ハボックはそう言うと扉の前に立ち数度深呼吸をする。それからおもむろに手を上げると乱暴に扉を叩いた。 ロイが見つめる先で、夕陽は瞬く間に地平線に沈んで空には星が輝き始める。ロイから受け取った短剣を表にし、裏にして散々に調べていたファルマンは薄暗くなっていく室内にひとつ息を吐くと短剣を持ったまま部屋の隅に置いてあるランプへと近づいた。火を灯せば暖かい光が零れでて、ファルマンは再び短剣に視線を落とす。その美しい紋様をじっと見つめながら言った。 「この短剣には言い伝えがあるそうですが、ロイ様はお聞きになったことはおありですか?」 そう聞かれてロイは窓の外へ向けていた視線を部屋の中へ戻す。それから緩く首を振ると言った。 「いや、代々世継ぎに引き継がれるものだということしか知らないな」 ロイがそう答えればファルマンが言う。 「そう、この短剣は代々この国を守るべき世継ぎに引き継がれるもの。この短剣はあらゆる厄災からその持ち主を守る為のものです。だからこれは持ち主に害をなそうとするもの全てを引き裂く力を持つと同時に持ち主を傷つける事は決してない」 ファルマンはそう言いながら短剣に施された紋様を撫でた。 「この紋様はそのために刻まれたと聞きます。たとえば賊がこの短剣を奪って持ち主を傷つけようとしても出来ない。この短剣で刺したとしても傷ひとつ負わせることは出来ないそうですよ」 ファルマンの話を黙ってロイは聞いていたが苦笑すると言う。 「そんなのただの言い伝えだろう?いくらなんでも短剣で刺して傷ひとつつかない訳がない」 「私もそう思います」 ファルマンはそう答えた。それから再び紋様を撫でると言う。 「でも、本当かどうか、試してみたいとも思いませんか?」 「試す?」 キョトンとして問い返すロイにファルマンが答えた。 「ハボック王子はこれを貴方に渡した。つまりは今、この短剣の持ち主は貴方だ」 そう言われてロイが目を瞠る。ファルマンが言わんとしていることを察してガタンと立ち上がった。 「もしこれを身につけているのがハボック王子だったら、いくら私でも言い伝えの真偽を確かめようとは思わなかったでしょうな。たった一人の世継ぎの君に万が一のことがあっては困りますからね。だが貴方は違う」 ファルマンはそう言ってスッと目を細める。 「たとえ貴方が死んでもハイムダールにさして影響はない。精々王子がちょっと悲しむだけだ」 「……」 「望みが叶うといいと仰ってくださったでしょう?」 ファルマンはそう言ってにっこりと笑うと短剣の切っ先をロイに向けた。 |
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