ハイムダール国物語  第二十五章


「そうか、判った。ご苦労だったな」
城の中の捜索に当たっていた兵士からの報告を受けたティワズは、労いの言葉をかけると兵士を下がらせる。その紅い瞳を見てハボックが言った。
「やっぱり連れ出された後か」
「そのようですね。とにかくフュリーがリストを作り次第マニのところへ行ってきます」
「オレも行っちゃダメ?」
 咄嗟にそう言ったハボックはティワズの顔を見て唇を噛む。ギュッと拳を握り締めると言った。
「判ってるよ、ティ」
 そう言って見返してくる空色の瞳の強さにティワズは薄っすらと笑う。その時、ノックの音がしてフュリーがリストを手に戻ってきた。
「お待たせして申し訳ありません、ハボック様」
「そんなことない。それで、出来たのか、リスト」
「はい、こちらになります」
 そう言ってフュリーが差し出した紙をハボックは受け取る。サッと目を通したそれには6人ほどの名前が記されていた。
「これで全部?」
「はい、今日は少ない方だそうです。でも、誰も皆馴染みの者ばかりで特におかしな素振りを見せる者はいなかったという話でしたけど」
「おかしいかどうかはこれから調べるよ。ありがとう、フュリー」
「いいえ。僕でお手伝いできることがありましたら何なりと申し付けてください」
 フュリーはそう言うと部屋を出て行く。ハボックはそれを見送ると手にしたリストを見た。
「みんな知ってる連中だよ、ティ」
 厨房やら貯蔵庫やら、そういった場所に暇を見つけては顔を出していたハボックはさほど言葉を交わしたことがなくても大概の連中の顔は知っている。もしかしたらこの中にロイを誘拐した人間がいるのかと思うと、正直ハボックは腸が煮えくり返る思いだった。
「まだこの中にいるとは限りませんし、知らずに手伝わされた可能性もありますから」
 ハボックの表情を見ていたティワズがそう言うのを、ハボックはムッとして睨むとリストを手渡す。ティワズはハボックの金色の髪をくしゃりとかき回すと言った。
「何か判ったらすぐ連絡します。ブレダ様、若を頼みます」
「おう」
 頷くブレダに笑みで返すとティワズは足早に出て行く。ハボックはムスッとした顔のままブレダを見ると言った。
「ブレダは城の中で今回の婚姻話に反対してる者の話とか、聞いたことあるか?」
「反対、ね。まあ、相手が男だってことで困惑してる連中っていうのは随分いたみたいだけどな」
「後は狂信的な国家信奉者か…」
『この国を思うばかりに暴走する輩がいるということですよ』
 以前、ティワズが言っていた言葉がハボックの脳裏に蘇える。ハボックは一度瞳を閉じてもう一度開くとブレダに言った。
「父上のところに行って来る」
 ハボックはそう言うとブレダの返事も待たずに部屋を出て行ってしまった。


 食事が済むとまた一人取り残されたロイは手持ち無沙汰でベッドの上にごろりと転がる。その拍子に腰に当たった硬い物に眉を顰めると体を起こした。腰に手を回したロイは驚きのあまり目を瞠る。体に当たった硬い物とは、ハボックがロイに渡したあの短剣だった。
「うそだろう。普通さらった相手に武器を持たせたままにしておくか?」
 普通なら武器どころか逃げ出さないようにする為に、靴や服だって奪ってしまうことだってあり得るのに。
「何考えてるんだ、あの男」
 見張り役らしいあのファルマンという男がますます判らなくて、ロイは呆然として剣を見つめる。その時、軽いノックと共にファルマンが部屋に入ってきた。咄嗟に短剣を構えるロイにファルマンは片方の眉を跳ね上げる。ほんの数瞬何も言わずに向かい合っていたが、やがてファルマンが口を開いた。
「私を殺して逃げるのでしたらどうぞ」
 ファルマンはそう言うと両手を広げる。
「私は武器を持っていませんから、王子様のお遊びの剣術でも十分殺せますよ」
 ファルマンの言葉にロイは思い切り顔を顰めると言った。
「ハイムダールの男というのは大概失礼なヤツらばかりだな。ティワズといい、お前といい」
「ティワズ!」
 ファルマンはロイが出した名に目を輝かせる。
「彼は王宮でも名だたる剣の使い手ですよ。彼から見たら貴方などまだまだヒヨッコでしょう。彼から直接手ほどきを受けているハボック王子もなかなかだと聞きましたが、手合わせはなさったので?」
「直接手合わせしたことはないが…」
 ロイはそう言いながら以前、森の中でハボックに助けられたことを思い出していた。あの猛獣と恐れられているマカイロドゥスを、まったく怯むことなく退けたハボック。冷静な判断力と統率力。あそこでハボックがディアスに見せたのはロイを守って死んでいったディアスに対する精一杯の憐情と敬意だ。ディアスの死に冷静さを欠いていた自分に代わって、ハボックは最良の決断をしたのだということを今更ながらに思ってロイは唇を噛み締めた。
「どうかなさいましたか?」
 ファルマンの声に物思いに沈んでいたロイはハッとして顔を上げる。ロイを見つめる視線が何を意味しているのか判らず、ロイは軽く首を振ると言った。
「直接手合わせしたことはないが、以前マカイロドゥスを一撃で退けるのを見たことがある」
「ほう、あのマカイロドゥスを!それは凄い!」
 楽しそうに言うファルマンを尻目にロイは手にしていた剣を鞘に収める。それを見ていたファルマンがロイに言った。
「私を殺さないのですか?」
「…無抵抗の人間を相手に剣を振るうつもりはない」
 そう言うロイを面白そうに見つめるファルマンにロイは続ける。
「私もお前の話を聞いてみたい」
 ロイはそう言ってベッドに腰掛け足を組むと、にっこりと笑った。


「父上」
 ノックと共に扉を開けると窓辺で外を見ていた父王が振り向く。苦渋の表情を浮かべて王はハボックに言った。
「話はティワズから聞いた。その後はどうなっている?」
「城の中に閉じ込められている形跡はなかったっス。今ティがロイがいなくなった時間に城に出入りしていた者の身辺を調べているところです」
「この城に出入りするものは皆、信用の置ける者達ばかりのはずだが…」
 王はそう言うと深いため息をつく。ハボックはそんな父王を見つめると言った。
「父上。この城の中でロイとの婚姻を…オレが…その、側室を取らないと言った事で反発してる連中っているんスか?」
「ハボック」
「今度のことはオレの軽率な行為が招いたことっス。だからオレは自分で決着をつけたい」
 そう言ってまっすぐに見つめてくる空色の瞳を王は見返す。それからゆっくりと口を開いた。
「私の臣下は皆この国を深く思っている者ばかりだ。多少行き過ぎた言動を見せる者もいるだろうが、確たる証拠もないのに疑うことはできん」
 そう言えば不服そうに睨んでくるハボックを見て王は苦笑する。
「だが、カウィルとの同盟を脅かそうとする者は赦さん。誰彼構わず捕らえることは出来んが、お前が確かめた上で疑わしいと思う者を調べることは出来る」
 父王はそう言うと笑った。
「思うようにやってみるといい。お前の手腕に期待している。そうして必ずロイ殿を無事取り戻してみせよ」
 そう言われてハボックは空色の瞳を煌めかせる。
「言われなくても、父上。必ず取り戻して見せますよ」
 ハボックはそう言って部屋を飛び出していった。その背を見送って父王は目を細める。
「いつもティワズの後にくっついて歩いていたのが言うようになった」
 母を亡くしてから一層ティワズと共にいるようになった息子を多少の寂しさをもって見守ってきた。いずれ自分の後を継いでこの国を治め守っていって欲しいと願う息子の成長振りを素直に嬉しいと思うし、その足場固めのための婚姻であった。
「しかし、側室を取らんと言うのは計算外だったぞ」
 父王は王子がこの難局をうまく乗り切ってくれることを確信しながらも、更にその先のことを思うとほんの少し悩むのだった。


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