ハイムダール国物語  第二十四章


 それからしばらくしてノックの音がすると、再びあのファルマンという男が顔を出した。
「食事をお持ちしましたよ」
 ファルマンはそう言うと扉を大きく開ける。ガラガラと音をたてて運び込んできたキャスターつきの台には幾つかの皿が載っていた。ファルマンはもう一度部屋の外に出ると椅子を2脚運び入れる。台を挟んで椅子を置くファルマンにロイは聞いた。
「お前も一緒に食べるのか?」
「ええ、そうですが」
 どうしてそんな事を聞くのかと言いたげなキョトンとした顔をするファルマンに、ロイは僅かに眉を寄せる。普通さらって来た相手と向かい合って食事など取らないのではないかと思ったが、誘拐犯が名乗るのも、一緒に食事を取るのもここでは普通のことなのだろうかと思い直してロイはとりあえず疑問は胸の内にしまっておく事にした。
「城で出されるものとは比べものにならないでしょうが、勘弁して下さい」
 ファルマンは席につくとそう言う。台の上の皿には野菜がゴロゴロと入ったシチューとソーセージ、それに温めたパンが並んでいた。
「温かいうちにどうぞ」
 ロイは勧められるままにスプーンを取るとシチューをすくって口に運ぶ。思ったより悪くないそれに、更に二口三口と食べると言った。
「これはお前が作ったのか?」
「ええまあ。口に合いませんでしたか」
 恐縮してそう答えるファルマンにロイが首を振る。
「いや、なかなか美味いよ。悪くない」
 そう言うロイにファルマンはホッとしたように笑った。
 二人は暫くの間何も言わずに黙々と食事を続けていたが、やがてロイが口を開いた。
「私と話をしてみたかったと言っていたな。何を話したいんだ?」
「そうですねぇ、何をと言われるとあれなんですが。まあ、まずはどうしてハイムダールへ嫁いで来たか、ですかね」
「どうしてって…。決まっているだろう、無駄な戦いを回避する為だ」
「だったら貴方でなくてもよかったでしょう。そもそもこの婚姻の話は貴方の妹君に持ち込まれた話だったはずです」
 そう言われてロイは一瞬押し黙る。それから口を開くと言った。
「リザには…妹には好きな相手がいた。それを国の為とはいえ引き離すのは可哀想だと思ったからだ」
「王族が政略結婚の為に意に沿わぬ相手に嫁ぐことなど珍しいことではないでしょう」
「リザには好きな相手がいたが私にはいなかった。ハイムダールは同性間の婚姻が認められていたから私が来る事にしただけだ」
「それは何とも献身的な、心を打つ話ですな」
 肩を竦めてそう言うファルマンをロイは睨みつける。そんなロイにファルマンは苦笑すると言った。
「別にバカにしたわけではありませんよ。そういう考え方をする王族もいるのだなと思っただけです」
 ファルマンはそう言うと聞く。
「恐ろしいとは思わなかったのですか?男の身で嫁いでくることを。酷い目に会わされるとは思わなかった?」
「酷い目?少なくとも最低限の礼儀は払われるだろう?」
「そうでしょうか。たとえばハボック王子が男との婚姻など本気で嫌がっていて、自分は側室を娶り、貴方は他の男にくれてやる、なんてこともあったかもしれませんよ?」
「他の男?」
「兵士どもの慰み者にされるとか」
「っ?!」
 何でもないことのようにそう言われてロイは思わず椅子を蹴立てて立ち上がっていた。ロイの反応を意外そうに見上げたファルマンは、まあまあとロイを宥める。
「そういう可能性も考えられたってことですよ。だって、ここで何が起きているかなんてカウィルには判らないでしょう?まあ、今回はハボック王子が貴方にぞっこんなようなのでそういう事にならず済んでよかったですね」
 ニコニコとそう告げるファルマンをロイはゆっくりと腰を下ろして見つめた。
「ハボックはそういう男なのか?」
「貴方にはどう見えましたか?」
 問いに問いで返されてロイは黙り込む。ハボックのことを考えて思い浮かぶのは優しく見つめてくる空色の瞳だけだ。
「とてもそうは見えない」
「だったらそうなのでしょう」
 そう答えるファルマンをロイは疑わしげに見た。
「お前はどう思っているんだ?」
「私は残念ながらハボック王子という方をよく存じ上げません。何せ話をする機会がありませんから」
「噂くらい聞くだろう?」
「人の噂ほど当てにならないものはありませんよ」
 ファルマンはピシャリとそう言い切る。そう言うファルマンにロイは尋ねた。
「ではお前の目から見た私はどうなのだ?」
「さあ、まだ5分ほどしか知りませんからねぇ。もっと色々聞かせて頂かないと」
 そう言って楽しそうに笑うファルマンを、ロイは興味を覚えて見つめなおしたのだった。


「怪しい者の出入りはなかった?」
「はい。警備の兵が言うにはあの時間帯に出入りしたのは、もう10年以上も前から城に来ている者達ばかりだそうです」
 フュリーの言葉にハボック達3人は顔を見合わせる。
「やっぱり城のどこかに閉じ込められてるんじゃないのか?」
 ブレダがそう言えばハボックがティワズに聞いた。
「城の中のチェックは後どれくらいかかる?」
「そうですね、あと30分もあれば一通りは出来るでしょう」
「どこかに誰も知らない隠し部屋があるとか」
 ブレダの言葉にティワズが顔を顰める。
「王族が知らない隠し部屋なんてあるわけないですよ。有事の際、逃げ込む為に王族だけが知っている部屋があるというならともかくその逆なんて」
「まあ、そりゃそうだけど」
 可能性として言ってみただけだろう、とブレダは口を尖らせた。ハボックは考え込むように握った手を口元に当てていたがフュリーを見ると言う。
「フュリー、警備の兵にあの時間帯に出入りした者の名前を書き出させてくれ。オレがさっき言った時間より前後30分長く。急いで」
「はいっ」
 ハボックに言われてフュリーは部屋を飛び出していった。その背を見送ったハボックは今度はティワズに聞く。
「リストを作ったら調べられるか、ティ?」
「最近トラブルを抱えた者がいないかどうか、ですね。マニのところに行ってきますよ」
 ティワズの言葉に頷くハボックにブレダが驚いて言った。
「おい、昔なじみの出入りの連中を疑うのか?皆、それこそ親の代から城に出入りしているようなヤツらばかりだろう?」
 そう言われてハボックがガラスの光を湛える瞳でブレダを見る。
「疑うんじゃない、確かめるんだ。ソイツらの中に裏切り者がいないかどうか」
「確かめるったって、おい」
「別に直接本人に聞いて回らなくても何かしら漏れ聞こえてくるものですよ。マニのところはそういう噂話には事欠かないところですから」
 にっこりと笑うティワズの目がまったく笑っていないのを見て、ブレダは背中を嫌な汗が流れるのを感じた。
「ただ、本人に裏切るつもりがなくても片棒担がされていることもありますから、若、その辺はよく見極めてから行動なさってください」
「…判ってる」
 一応釘はさしているものの、見極めて問題なしと思えば止めはしないということだろうか。ブレダは別の意味でもその出入りの連中の中に、ロイの誘拐に加担した者がいないことを祈らずにはいられなかった。


→ 第二十五章
第二十三章 ←