| ハイムダール国物語 第十八章 |
| 城を出るとゆっくりとした歩調で歩いていくティワズに並んで歩きながらロイが言う。 「護衛は連れて行かなくていいのか?」 あれだけ散々口うるさく言った上、ハボックをお仕置きの謹慎処分にまでしておきながら二人きりで城を出るなんて、と何となく納得がいかなくてそう聞けばティワズがチラリとロイを見た。 「私の護衛では心もとないですか?」 そう言われて目を見開くロイにティワズがくすりと笑う。 「私自身は護衛対象にはなりませんよ」 「どうして?ハボックの教育係だろう?」 「普通、教育係に護衛はつけません。私を誘拐したり殺したりしたところで何のメリットもない」 ハボックが聞いたら怒りそうなことをサラリと言ってティワズは続けた。 「別にぞろぞろ護衛を連れて歩けと言っているわけじゃない。腕の立つものを二人でいい、連れて行ってくれたらいいんです。何かあった時、若の盾になる者が一人いるだけで若が助かる確率はグッと上がる」 「おい」 ティワズの言葉にロイがムッとして口を挟む。睨んでくる黒い瞳を見返してティワズは言った。 「貴方の方が若より大人だ。私の言ってることはお判りになるでしょう?」 その言葉に口を噤むロイにティワズが苦笑する。 「まあ、若としては貴方と二人でデートしたかったんでしょうけどね」 「べっ、別にデートというわけでは…っ」 「そのピアス、お似合いですよ」 「…っっ!!」 真っ赤になって耳元を押さえるロイにティワズがくすくすと笑った。そんな風に笑うティワズにロイは思わず目を瞠る。 「なにか?」 「えっ、あ、いや、なんでもない…」 綺麗な紅い瞳に見つめられて、ロイはドギマギしながら目を逸らしたのだった。 「おや、今日はティワズとご一緒ですか」 店に入るなりそう声をかけられてロイは思わずティワズを見上げる。ティワズは構わず椅子に腰掛けると言った。 「お前がお茶を飲みに来いと言ったんだろう?」 「そんなこと言ったっけか?」 「おい」 眉を顰めるティワズにマニは答えずロイに椅子を勧めると言う。 「新しい茶葉を仕入れたんですよ。飲みませんか?」 ニコニコと笑うマニとますます眉間の皺を深くするティワズを交互に見やってロイは曖昧に頷いた。それに笑って頷くとお茶の支度を始めるマニをティワズが睨む。 「ヤなヤツだな」 「どうせまた、若様を苛めたんだろうが」 「別に苛めてなどいない」 「お前に色々言われると若様が凹むんだよ。その上、若様の大事な姫君をデートに連れ出すなんて、若様が知ったらいじけるだろうが」 ねぇ、と同意を求めてくるマニに、きょとんとしていたロイが思わずくすくすと笑い出した。そんなロイを苦々しげに見るティワズの表情を新鮮に感じながらロイが聞く。 「マニはティワズとはどういう関係なんだ?」 「俺とティワズ?そりゃあもうっ、切っても切れない関係っつうかぁ」 「気色の悪い言い方をするな」 ティワズが思い切り顔を顰めてそう言えばマニが言った。 「ま、昔からの友人ですよ」 「友人?」 「ええ」 「お前みたいのを友人にした覚えはない」 むすぅとした顔で言うティワズにマニが苦笑する。 「冷たいこと言うなよ、ほらお茶」 マニはそう言うとロイとティワズの前にお茶の入ったカップを置いた。ジロリと睨んでカップを口に運ぶティワズの顔を覗き込むようにして聞く。 「どうよ?」 「…悪くない」 ティワズの答えにホッと息を吐くとマニはロイにも聞いた。 「いかがです、姫君」 初めて飲むお茶を楽しんでいたロイはそう聞かれて慌てて顔を上げる。見つめてくる2対の瞳にパチパチと瞬きすると答えた。 「ああ、ちょっと香ばしいんだな。凄くさっぱりする」 そう言ってから初めて気付いたように付け加える。 「姫じゃない」 それでも美味しそうにお茶を口に運ぶロイにマニは嬉しそうに笑った。 「お茶はお好きですか?」 「ああ。この間買って帰ったのも、もう殆んど飲んでしまったんだ」 残念そうにそう言えばマニが席を立って言う。 「だったら買いに行かせましょう。この間買ったのと同じでいいですか?」 「あ、ああ。ありがとう、マニ」 少し驚きながらも礼を言うロイにマニは頷くと店の外へと顔を出した。外で遊んでいた子供を捉まえると二言三言話をし、金を渡す。頼まれた子供はにっこり笑うと道を駆けていった。 「もう一杯いかがです?」 マニは店の中に戻ってくるとロイにそう聞く。ロイが頷いて差し出したカップにお代わりのお茶を注いだ。 「ねぇ、マニ。ハボックから聞いたんだけど、短剣を扱わせたらマニの方がティワズより上だって本当なのか?」 そう言われてマニとティワズが顔を見合わせる。マニは顔を顰めると言った。 「まぁたそんな昔のことをよく覚えて…」 「それだけ強烈な体験だったんだろう」 嫌そうに顔を顰めているマニにそう言うとティワズはロイに視線を向ける。 「どうしてそんな話になったんです?」 そう聞かれてロイはお茶を口に運びながら答えた。 「マニとティワズはどういう関係なのかっていう話から。それと、ハボックが私に短剣をくれたんだが、一度マニに扱い方を聞くといいって」 「短剣?」 その言葉にティワズはマニと顔を見合わせる。それからロイを見ると言った。 「その短剣、今持ってらっしゃいますか?」 「え?ああ」 ロイは頷くとカップを置いて腰につけた短剣を外す。見事な装飾の成されたそれをテーブルに置けばティワズの目が僅かに見開かれた。 「これは…」 そう呟いてマニを見ればマニが肩を竦める。 「どうやら若様は本気らしい」 そう言うマニの言葉にティワズは「はああ」と大きくため息をついた。思いがけないティワズの様子に目を見開いているロイにマニが言う。 「その短剣はね、姫君。代々世継ぎの王子に引き継がれているものなんです。現在の王から若様へ、そして若様からその王子へと引き継がれる筈の」 マニはロイを見つめながら続けた。 「若様が貴方にそれを渡したということは、貴方の子供を自分の世継ぎにするということ。貴方は男で子供を産めませんから、実質的には側室をとる気はないという意思表示でしょうね」 そう言われてロイは驚いて短剣に目を戻す。食い入るように短剣を見つめるロイの耳にマニの声が聞こえた。 「つまりはそれだけ姫君に本気だということだ」 「まったく、形だけでも側室をとれと言ったのに」 「若様が不器用なのはよく判ってるだろう。大体そう言う風に若様を育てたのはお前じゃないか」 ぼやくティワズにマニが言う。むぅと唇を突き出すティワズの頭をぽふぽふと叩いてマニはロイに言った。 「若様は本気ですよ。貴方がこの国に嫁いできたのは確かに政略結婚かもしれない。ですが、それでもそこに人の気持ちは存在するんです。貴方が少しでも若様を好きになってくれたら、とても嬉しいですよ」 そう言って笑うマニの言葉を聞きながら、ロイは美しい短剣をじっと見つめていたのだった。 |
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