| ハイムダール国物語 第十七章 |
| ギィと扉の軋む音がして背の高い銀髪の男が部屋の中へと入ってくる。先にその部屋で待っていた黒髪の男が髭を扱きながら言った。 「遅いですぞ、フェンリル卿」 「申し訳ない、ヴィーランド殿」 フェンリルと呼ばれた銀髪の男は謝罪の意味を込めて軽く頭を下げる。黒髪の男、ヴィーランドはそれ以上文句は言わず声を潜めて聞いた。 「それで、適当な人材は見つかりましたかな?」 「ええ。城に食材を納入している者の中に賭け事で借金を抱えている男がいましてね。ソイツを使うつもりです」 「自由に城を出入りできる者でないと、ですからな」 そう言うヴィーランドにフェンリルは頷くと聞く。 「で、決行はいつに?」 「早い方がいいでしょう。王子の情が移れば移るほど後が厄介ですからな。今のうちなら多少嘆いたところで相応しい側室を与えればすぐそちらに興味がいく。なんと言っても王子はまだ若い。抱いてしまえば男の妃がいたことなどすぐ忘れてしまうだろう」 「判りました。ではなるべく早い機会に」 そう言って二人の男は昏い笑みを湛えて頷き合うと部屋を出て行ったのだった。 「なんでそうなるんだよ、ティっ!」 「当たり前でしょう、私の言うことを聞かずに出歩いた罰です」 「だからってなんで1週間も自室で謹慎っ?しかもブレダつきでっ!」 「西の塔でもいいんですよ」 ティワズにそう言われてハボックは黙り込む。小さい頃厨房を出入りする荷馬車に潜り込んで城を抜け出した挙句、危うく命を落としかけたハボックを、ティワズは城に連れて帰ると西の塔の最上階にある狭い部屋に放り込んだことがあった。どんなに泣いても喚いても出してもらえなかった暗く狭い部屋を思い出して、ハボックはむぅと唇を突き出して黙り込む。ティワズはそんなハボックをジロリと睨むと言った。 「少し自分の立場というものにきちんと向かい合って考えなさい。いいですね」 ティワズはそう言うと部屋を出て行ってしまう。ハボックは何も言えずにその背を見送ると、部屋の隅の椅子に腰掛けてティワズとハボックのやり取りの一部始終を見ていたブレダを恨めしげに見た。 「んな顔で見るなよ。俺だって好き好んでここにいるわけじゃないんだからな」 「…判ってるけど」 ハボックはそう言うと机にぺたりと頬をつけてため息をつく。 「なあ、やっぱりお前が第一王位継承者になってくれない?」 「はあ?何言ってんだよ、お前は」 「だって、オレにはやっぱり向いてないもん」 ハボックはそう言うと深いため息を吐いた。そんなハボックをブレダはじっと見ていたが、やがて腕を組んで口を開く。 「いいぜ、じゃあ俺が第一王位継承者ってことでも」 「え?ホント?」 「ああ、俺が第一ってことでお前の権利を引き継ぐって事にすればいいんだろう?」 「あ、ああ。そういうことで――」 「勿論、第一王位継承者のところに嫁いできたお姫様も俺のものってことだ」 「…なっ、何言ってんだよっ!ロイと結婚したのはオレ…っ」 「だって嫌なんだろう、国を継ぐの」 突然の申し出に目を剥くハボックにブレダが平然と言った。 「ロイはハイムダールの第一王位継承者のところに嫁いできたわけだ。お前が第一王位継承者としての立場を俺に 譲るってんならそれに付随するものも全部俺の物ってことだろうが。」 「…それ、本気で言ってるのか、ブレダ」 「お前は冗談で継承権を放棄するって言ってるのか、ハボ」 ジッと見つめてくるブレダにハボックはくしゃりと顔を歪めると「ごめん」と呟く。ブレダは大きく息を吐いて苦笑すると言った。 「俺はさ、お前って結構王様に向いてると思うぜ。為政者としてはまだまだ学ぶ余地はあるけどな」 「なにそれ、意味判んねぇ。ティも前に同じようなこと言ってたけど」 椅子にへたり込んでぼやくハボックの金色の髪をブレダはくしゃりとかき混ぜる。 「まあ、追い追い判るさ。それまではティワズの言うこと聞いて頑張んな」 「…子供じゃあるまいし」 ムスッとそっぽを向くハボックにブレダはくすくすと笑った。 (いつになったら化けるのかね。それまで俺もティワズと一緒にお守りかよ) やれやれとため息をつきながら、それでもブレダは優しい瞳でハボックを見つめていたのだった。 「ロイ様、お茶をどうぞ」 「ありがとう、フュリー」 「よほど気に入られたんですね、このお茶。よく飲んでらっしゃるから大分残り少なくなりましたよ」 「そうなのか?」 ロイはちょっと飲むのが惜しくなったとでも言うようにカップの中のお茶を見つめる。窓の外へ目をやれば空は綺麗に晴れ渡っていた。 『すみませんね、ロイ。ハボのヤツ、ティワズに怒られて謹慎中なんですよ』 そう言って申し訳なさそうに笑うブレダの言葉を思い出す。結局黙って城を抜け出したことの罰として、ハボックはブレダの監視の下、一週間の自室謹慎。その間、ロイとも会わないというオマケまでつけられて、かなりしょげているらしい。 (子供じゃあるまいし) それがしょげているらしいハボックに対する感想なのか、そんな罰を与えるティワズへの考えなのかよく判らぬままそう思って、ロイは僅かな苛立ちを感じる。 (なんで苛々しているんだ、私は) 別にハボックに会えないからと苛々する必要なんてないのに、と考えてブンブンと首を振った。 (べ、別にハボックに会えないから苛々としているわけでは…っ) 必死に心に浮んだことを否定しながら眉間に皺を寄せるとロイはガブリとお茶を飲み込む。 「アチッ!」 熱さにそれでも必死に飲み込んで、口元を押さえるロイにフュリーは驚いてナプキンを差し出した。 「大丈夫ですかっ、ロイ様」 「…大丈夫」 そう言ってナプキンで口元を拭えばフュリーが冷たい水の入ったグラスを渡してくれる。一口飲んでホッと息を吐くとロイは立ち上がった。 「ロイ様?」 「ちょっとその辺を歩いてくるよ」 そう言ってロイは自室を出る。兵士の訓練の様子でも見に行こうかと廊下を歩き出した時、ティワズの姿が見えてロイは小走りに駆け寄った。 「ティワズ!」 「ロイ様」 呼ぶ声に振り向いてティワズは足を止める。近寄ってきたロイを見つめると問いかけるように見つめた。 「ハボックは謹慎だって?」 「ええ、いくら言ってもわかっていただけないので」 「だったら私は?私だって一緒に城を抜け出しただろう?」 そう言って睨んでくる黒い瞳を見返してティワズが言う 「ロイ様は若に言われるままついて行っただけでしょう」 「私が強請ったとは思わないのか?」 「お強請りしたんですか?」 そう聞き返されてムッと顔を歪めるロイにティワズはくすりと笑うと違うことを言った。 「お茶は飲んでます?」 「えっ?ああ、美味しいな、あれは」 「マニに新しい茶葉を仕入れたから飲みに来いと誘われてるんですが一緒に行きますか?」 突然そんなことを言われて、ロイは驚きに目を瞠る。 「別にムリにとは言いませんが」 そう言うと返事を待たずに歩き出そうとするティワズにロイは慌てて言った。 「行く!連れて行ってくれ!」 そんなロイにティワズが紅い瞳を細めて笑う。 「ではご一緒に」 そう言って歩き出すティワズの後を、ロイは追って歩き出したのだった。 |
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