| ハイムダール国物語 第十六章 |
| 街を探索した二人が城に帰ってきたころには陽はもう中天を過ぎて大分たっていた。出てきた木戸をそっと開けて体を中へ滑り込ませた途端。 「若」 かかった声にビクリとして振り向けば険しい顔をしたティワズが立っていた。 「…ティ」 へらりと誤魔化すような笑みを浮かべるハボックの前に立つとティワズは言う。 「また貴方は供も連れずに勝手に城を抜け出して。しかもロイ様も一緒にだなんて、何かあったらどうするんですかっ」 「ロイにハイムダールの街を見せてやりたいと思ったんだよ」 「だったら堂々と出かけたらいいでしょう?こんなコソコソと」 「供なんて連れて出たら本当のハイムダールは見せられないだろっ!」 「お忍びでも護衛を連れて行くことくらいできるはずですっ」 そう言われて押し黙るハボックをきつく睨むとティワズはロイへと視線を移した。二人の様子を息を飲んで見つめていたロイはギクリとしながらもティワズを睨み返す。ティワズはロイが手にした袋に目をやると言った。 「ノルンの店に行ったんですか?」 「え?」 「その袋」 ティワズが指差したのに気付いてロイは頷く。 「その店にはいい茶葉があるでしょう?マニには会いましたか?」 「マニを知ってるのか?」 「アイツの店の茶葉はそこで仕入れてるんですよ」 ティワズはそう言うとハボックを見た。 「お小言は後でたっぷりしますから。昼食がまだでしょう?シグナが苛々しながら待ってますよ。早く行きなさい」 それだけ言うとティワズは二人を置いて行ってしまう。ハボックとロイはどうしたものかと互いの顔を見つめ合っていたがハボックがロイを促して言った。 「とりあえずメシ食いに行きましょう。シグナ、きっと怒ってる」 そう言って歩き出すハボックの後をロイは慌てて追ったのだった。 「もうっ!せっかくお昼の時間に合わせて用意しておいたのに、どこに行ってたんですか!」 プリプリと怒るシグナをハボックとロイは必死に宥める。シグナはそんな二人をジロリと睨むと言った。 「いいですか、食事は時間に合わせてきちんと取るのがいいんです。今度私が作った食事をすっぽかしたら承知しませんからね!」 ごめん、と首を竦めるハボックにシグナはため息をつくと食事の皿を並べる。すまなそうに上目遣いで見つめてくる二対の瞳に苦笑すると言った。 「ほら、さっさと食べて下さい。残したらひっぱたきますよ」 そう言われて二人はホッと息を吐くと食事を始める。最初のうち、黙ってその食べっぷりを見ていたシグナはロイに聞いた。 「街に行ったんでしょう?何かいいもの、買えました?」 「え?ああ、茶葉とそれから…ピアス」 「ピアス?へえ、見せて下さいよ」 「えっ?」 ロイはチラリとハボックを見るとポケットに手を入れる。中から小さな包みを取り出すとテーブルに置いた。 「ちょっと失礼」 シグナはそう言って包みに手を伸ばすとそっとそれを開く。中から出てきた金のピアスに目を輝かせた。 「綺麗…!よく見つけましたね、これ。いいわぁ」 手にとって目線の高さに持ち上げて、そうしてハタと気付いたように言う。 「あら、ハボック様の瞳と同じ色」 そう言うとロイを見て目を細めた。 「…そういうことですのね」 「別にそう言う意味じゃ…っ」 「いいからいいから」 シグナはそう言うと必死に違うと騒ぐロイの傍に歩み寄る。ロイの髪をかき上げると言った。 「私がつけかえて差し上げますわ」 「いいっ!そんなことしなくていいっ!」 「もう、照れちゃって!いくら照れくさいからってそんなに嫌がったらハボック様が可哀想でしょ」 そう言われてハボックの方を見ればハボックが慌てて目を逸らす。チラリと横目でロイを見る様が苛められた子犬のようで、ロイはチッと舌を鳴らした。 「じゃあ、付け替えますね」 シグナはそう言うと、ロイが元々つけていたピアスを外す。それから買ったばかりのブルーサファイアのピアスを着けるとにっこりと笑った。 「よく似合ってますよ、ロイ様」 むぅと頬を膨らませるロイからハボックに視線を移すと言う。 「よかったですね、ハボック様」 「ありがとう、シグナ」 「…ちっともよくなんてない」 シグナの言葉にロイは不貞腐れたように呟いたが、ハボックが本当に嬉しそうに笑っているのを見ると、今までつけていたピアスを包みポケットに突っ込んだのだった。 食事を済ませると二人はロイの部屋へと戻る。ロイはフュリーを呼ぶと買ってきた茶葉を差し出して言った。 「さっき買ってきたんだ。淹れてくれるかい?淹れ方は中に紙が入っているから」 「はい、ロイ様」 フュリーは茶葉を受け取ると部屋を出て行く。少しして茶器を持ってくると丁寧にお茶を淹れて二人に差し出した。 「他にご用はおありですか?」 「いや、今はいいよ。ありがとう」 そう言われてフュリーは一礼して出て行く。扉が閉まるとハボックはカップに口をつけるロイを見つめた。 「ピアス、つけてくれて嬉しいっス」 そう言われて驚いたようにロイはハボックを見る。碧い瞳が嬉しそうに微笑んでいるのを見ると紅くなって顔を背けた。 「シグナがつけたがったから好きにさせただけだ」 「それでも嬉しいっス」 ニコニコと笑うハボックにロイは居心地悪そうにもぞもぞと何度も座りなおす。暫くして諦めたように椅子に背を預けると話題を変えようとして言った。 「マニとティワズは知り合いなのか?」 「昔っからの付き合いみたいなんスけど…」 ハボックはそんなロイの気持ちになど気付かずに答える。 「オレもマニのことはよく知らないんスよね。つか、謎が多いっていうか…。そうそう、短剣を扱わせたら、マニの方がティより上っスよ」 「ティワズより?ホントに?」 驚いて聞き返すロイにハボックが頷いた。 「だって、街のレストランの店主だろう?それが王子の教育係より上?」 「よくわかんないヤツでしょ?」 ハボックはそう言うとお茶を飲む。カップをテーブルに戻すと言った。 「前に聞いたことがあるんですけどね。マニは店主になる前、どこで何をしてたのか、って」 「何て?」 「ティもマニも笑うばっかりで答えてくれなくって。それ以来、何度聞いても同じ」 オレに隠し事なんてティのヤツ、とブツブツ言うハボックが何となく気に食わなくてロイはジロリとハボックを見る。その視線にハボックは不思議そうに首を傾げて言った。 「ああ、だからその短剣の扱い、一度マニに聞くといいっスよ」 「これの?」 ハボックに言われてロイは腰につけた短剣に触れる。その見事な装飾を撫でると聞いた。 「こんなことを言うのは悪いと思うが、これは単なる装身具の類とは違うのか?」 「違いますよ。そりゃ実用一点張りのものに比べりゃ飾りがついてますけど、立派な実用品っス」 「ふうん」 頷くロイの顔を見つめてハボックが言う。 「まあ、また会う機会もありますから」 「ああ、そうだな」 ロイはそう答えると、マニという男の姿を思い浮かべたのだった。 |
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