| ハイムダール国物語 第十五章 |
| 「ほらほら、お前達は入ってくるんじゃない。外へ行ったいった!」 ハボック達の後について店の中に入ってこようとする子供達をマニは外へと追い返す。 「えーっ、僕達だって若様とおよめさんと話がしたいよっ」 「マニだけなんてズルイっ!」 「また今度話させてやる。でも今日はダメだ」 マニはそう言って子供達を店の外へと追い出すとパタンと扉を閉めた。 「別に一緒だっていいのに」 様子を見ていたハボックが苦笑してそう言うとマニはキッチンへと入りながら答える。 「なに言ってるんです。ガキどもが一緒じゃ話なんて出来るわけないでしょうが」 すずめより煩いんだから、マニはそう言ったが、その言葉の中には決して疎んじているようなものは隠れておらずロイはマニという男をじっと見つめた。 「なんです?姫さま。見惚れるほどいい男ですかね、俺」 「見惚れてたんじゃないっ、大体私は姫なんかじゃないぞっ」 「マニなんかよりオレのこと見てくださいよ、ロイ」 マニの言葉にムッとして言い返すロイとそのロイに真剣な顔で言うハボックの姿にマニはくすりと笑う。お茶の入ったカップを二人の前に差し出すと言った。 「街じゃ持ちきりですよ。王子が男の正妻にメロメロで側室をとらないと宣言したって」 それを聞いた二人が僅かに頬を染めるのを見ながらマニは更に続ける。 「側室をとるか取らないかは王室の問題でしょうが、ただあまりおおっぴらに宣言するのはどうかと思いますがね」 そう言われてハボックは顔を歪めた。カップを握り締めるとボソリと呟くように言う。 「ティにも同じようなこと言われた。あんな宣言するなんて愚かだって」 「相変わらず手厳しいな、アイツは」 ハボックの言葉に苦笑するとマニはロイにお茶を勧めた。勧められるまま目の前に置かれたカップに手を伸ばすと、ロイは目を閉じて香りを楽しむ。それからそっと唇を寄せるとお茶を一口飲んだ。口の中に広がった柔らかな味に目を瞠るとマニを見つめる。 「おいしい…」 「この街特産の茶葉で出したお茶なんですよ。カウィルにはない品種だから是非飲んでみて欲しかったんです」 「初めて飲んだけどとても美味しい…」 そう言って再びカップに口をつけるロイの様子をマニは嬉しそうに見つめる。それから自分もお茶を飲みながら聞いた。 「どうです?ハイムダールは?まあ、まだそんなにあちこち見たわけじゃないでしょうが」 そう聞かれてロイは街に来るまでの間に見た植物や鳥を思い浮かべる。カップをテーブルに置くと言った。 「城からここまでの道すがら見かけた花や鳥はどれも綺麗だったな。街は活気に溢れていて昏い顔をした住民の姿は見えなかった。少なくともごく一般の市民たちはそれなりに満たされているっていうことなんだろう」 そう言うロイの言葉にマニは嬉しそうに笑うとハボックを見る。 「よかったですなぁ、若様。内助の功を期待できそうな姫様で」 そう言われて自分が褒められたように笑うハボックの横でロイはまたムッと唇を尖らせた。ガブリとお茶を飲み干すとガタンと乱暴に立ち上がる。 「ハボック、行くぞっ」 「えっ?ロイ?もう少しゆっくりしてっても…」 慌てて立ち上がるハボックを置いてロイはさっさと店を出て行ってしまった。 「お茶をご馳走様、マニ。また来るよ」 「お待ちしてます。ティワズに宜しく」 ハボックは片手を上げてマニに答えると慌てて店の外へと出て行ったのだった。 「まったく誰が姫様だ。ふざけるのも大概にしろっ」 ドカドカとその風貌に似合わぬ乱暴な足取りで歩くロイに、人々が驚いたように道を譲る。 「大体カウィルにいた頃には女性に間違われたことなんてないぞ、私はっ!」 自分のどこに女性に見える部分があるのかと、たまたま通りかかった店の窓ガラスに映る自分の姿をロイはまじまじと見つめた。来ている服は男性のものだし、化粧をしているわけでもない。 「どこから見たって女性になんて見えないじゃないか」 ロイはそうボソリと呟くと歩き出そうとしてクィとマントを引っ張る手に足を止めた。驚いて背後を振り返れば10歳くらいの少女が見上げている。少女はロイに微笑むと言った。 「うちのお店に寄っていってくださいな」 「えっ、でも…」 「新しい茶葉を仕入れたの。珍しい茶葉なのよ、買っていって」 茶葉と言われてロイは先ほどマニの店で出されたお茶を思い出した。腹を立てて出てきてしまったからゆっくりと味わうことが出来なかった。 「この街特産の茶葉とかも置いているのかい?」 「勿論よ」 にっこりと笑って答える少女にロイは首を傾げて考える。ハボックと一緒にいないと拙いかもしれないという考えがふと頭に浮んだが、ロイは微かに首を振るとそれを打ち消した。 (子供じゃないんだし、ちょっと茶葉を買うくらい…) ロイはそう考えるとマントを握る少女の手を取る。 「店に案内してくれるかい?」 ロイの言葉に嬉しそうに笑う少女に手を引かれて、ロイは狭い路地へと足を踏み入れたのだった。 「どこに行ったんだ…?」 ロイがマニの店を出てすぐ後を追ったつもりだったのにロイの姿はどこにも見当たらず、ハボックはきょろきょろと辺りを見回す。店の前を掃除している男を捕まえると聞いた。 「黒髪に黒い瞳のこれくらいの背の綺麗な人、見かけなかったか?」 「黒髪黒目の綺麗な人?ああ、あの美人!その人ならこの道をもの凄い勢いで歩いていったよ」 「ありがとうっ」 美人と言う言葉にまた女性と思われたのかな、などと考えつつハボックは教えられた道を足早に進む。通り沿いの店の中にもいないかと注意しながら歩いたが、やはりロイはどこにもいなかった。 「うそだろ…」 いくら探しても見つからない事にハボックは全身の血の気が引いていくような錯覚を覚える。 『この国を思うばかりに暴走する輩がいると言うことですよ』 ティワズの言葉が不意に甦ってハボックはゾクリと身を震わせた。 「ロイっ!」 ハボックは大声でその名を呼びながら必死になってロイの姿を探し続けたのだった。 「これね、遠い東の国から運ばれてきたお茶なの」 少女はそう言うとロイの前に茶葉とそれから淹れたお茶を差し出す。ロイは試飲用の小さなカップを手に取ると茶を口に含んだ。 「…あまい」 思いがけない自然の甘さにロイは目を瞠る。少女は自慢げに目を輝かせると言った。 「この茶葉はね、収穫の前にお日さまの光を浴びないように覆いを被せるの。そうするとこんな味になるんですって」 「へえ」 ロイは感心したように頷くと残りのお茶を飲み干す。カップをテーブルに戻すと言った。 「このお茶を分けてくれるかい?あと」 「この街のお茶ね」 少女は嬉しそうに答えると茶葉を量る。くるくると忙しそうに動き回る少女にロイは聞いた。 「この店は親御さんがやってるの?君はこうしていつも手伝ってるのか?」 「うん、そう。お父さんが茶葉を仕入れてお母さんと私がお店で売るの。今日はお母さん、風邪引いて寝込んじゃったから私一人なの」 「そうか。えらいね、君は」 ロイがそう言って微笑めば少女は目尻を染めて嬉しそうに笑う。金を払って茶葉を受け取るとロイは店を出た。狭い路地を通って元いた道へと出るときょろきょろとあたりを見回す。 「ハボックのヤツ、どこに行って…」 ロイがそう呟きながらハボックの姿を探した時。 「ロイッッ!!」 大声で呼ばれた方向を見れば肩で息をしているハボックの姿があった。 「アンタ、一体どこに行ってたんスかっっ!!」 近づいてきながら物凄い剣幕で言うハボックにロイは驚きに目を見開いて答える。 「どこ、って、そこの路地にある店で茶葉を――」 「どれだけ探したと思って!!」 そう言ってガッシリと腕を掴んでくるハボックをロイはムッとして見上げた。 「そんなに怒ることないだろう、ちょっと買い物をしてただけ――」 あまりな剣幕のハボックにロイが言い募ろうとした時、腕を掴んでいたハボックにギュッと抱き締められてロイは目を見開いて口を噤む。ハボックはロイの体をきつく抱き締めたまま震える息を吐いた。 「よかった…アンタに何かあったらオレ…っ」 そう囁いてぎゅうぎゅうと抱きしめてくる腕に、ロイは言うべき言葉をなくしてしまう。 「苦しい…」 そう文句を言ってみたものの無下に腕を振り払うことも出来ず、ロイは僅かに頬を染めてハボックに抱き締められていたのだった。 |
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