| ハイムダール国物語 第十四章 |
| 翌朝、早々に朝食を終えるとロイはフュリーが用意してくれた服に着替える。ロイが王族のものとしては質素なそれに不思議そうな顔をするのを見て、フュリーがくすりと笑った。 「今日はハボック様とご一緒に街へ行かれるのでしょう?だったらこれが一番動きやすいかと思いますよ」 そう言われて「そういうものか」と頷くと、ロイはハボックの部屋へと続く扉を叩く。すぐに開いた扉の向こうではハボックが驚きを滲ませる声で言った。 「早いっスね、ロイ。ちゃんとトイレも歯磨きもすませたんスか?」 茶化すような口ぶりにジロリと睨めばハボックが苦笑する。マントを羽織ると棚に近づきその中から箱を1つ取り出した。 「これ、ロイに渡しておきますね」 「なんだ、これは?」 ロイはそう言ってテーブルに置かれた箱の中を覗き込む。見事な細工が施された短剣を前にロイは驚きに目を瞠った。 「素晴らしいな…」 これほど見事なものはカウィルでもそうはお目にかかったことはない。ハボックは箱の中から短剣を取り出すと両手に掲げ持つようにしてロイに差し出した。 「どうぞ、ロイ」 微かに微笑んで差し出してくるハボックの顔と剣を交互に見つめてロイは躊躇う。どうしたものかと手を出さずにいるロイにハボックは言った。 「どうぞ。これはアンタのものっスから」 「私の?」 「そうっス。アンタのです」 「でも…」 そう言われても尚躊躇うロイの手を取るとハボックはその手に短剣を握らせる。 「これがアンタの命を守ってくれますように」 そう言ってにっこりと笑うハボックに、ロイは思わず剣を見つめた。ゆっくりと鞘を引き抜けば美しいその銀色の輝きに目を奪われる。暫くじっと見つめていたロイは剣を鞘に収めると言った。 「護身用にしては随分凝ったものじゃないか。こんなもの、受け取るわけには――」 「アンタのです、受け取って下さい」 キッパリと言い切るハボックに、ロイは思わず口を噤む。それからホッと息を吐くと言った。 「判った。預かっておこう」 ロイはそう言うと短剣をベルトに括りつける。あくまで“受け取る”と言わないロイにハボックは苦笑したが、それでもロイがベルトに留めるのを見て安心したように笑った。 「それじゃ行きましょうか」 ハボックはロイのマントの襟元を直すとそう言って扉へと向かう。そっと左右を見渡すと滑り出るように廊下へと出た。後からロイが続いて出てくるのを確かめると静かに廊下を歩いていく。なるべく人気のなさそうな場所を選んで階下へと進んでいくハボックにロイが聞いた。 「供の者は連れて行かなくていいのか?」 「いいんスよ、ぞろぞろ連れて出かけたら目立ってしょうがないでしょ」 ハボックはそう言うと城の裏手の方にある木戸の前に立つ。なるべく音を立てないように細く扉を開いて、ハボックはロイを振り向くと手を差し出した。 「さ、行きましょう」 キラキラと悪戯っぽく輝く空色の瞳に、これがお忍びのお遊びなのだとロイにも知れる。ロイはそんなハボックの様子にウキウキと心を躍らせて、差し出された手を取ると城の外へと出て行ったのだった。 風もなく明るい陽の降り注ぐその日はお忍びのお遊びには絶好の日和だった。ロイはハボックに手を引かれるままきょろきょろとあたりを見回しながら歩いていく。物珍しそうに見つめているロイに気付くと、ハボックは目に止まった花や鳥の名前を一つ一つ説明してくれた。程なくして遠くから騒めきのようなものが聞こえ始め、いつしか2人は街の中へと入っていく。露店や店先に並ぶ品々をロイはキラキラと目を輝かせて見て歩いた。 「欲しいものがあったら買いますよ?」 「ホントかっ?」 ハボックの言葉に黒い瞳を輝かせるロイを見て、ハボックはうっとりと笑う。綺麗な細工物を扱っている露店の前にしゃがみこむとロイは熱心に見つめた。金に小さなブルーサファイアの施されたピアスを手に取るロイに店の主人が言った。 「掘り出し物だよっ、それは。お嬢さんにピッタリだっ!」 「お嬢…」 その言葉にロイがムッと眉を顰めたが、主人は気付かずに続ける。 「彼の瞳とおんなじ色の宝石を身につけるなんて洒落てるな、まけとくよ、是非買っていってくれよ」 「…っっ!!」 そう言われて怒りに顔を真っ赤にしてロイが立ち上がったのとハボックが噴き出したのがほぼ同時だった。ジロリと睨んでくるロイの腕を宥めるように叩くとハボックは店の主人に言う。 「貰うよ、いくらだい?」 言われた金額を払ってピアスを受け取ると、ハボックは少し離れたところに不貞腐れて立っているロイに駆け寄った。 「どうぞ」 と言って差し出せばムッとしたロイが睨んでくる。 「気に入ったんでしょ、これ。高いものじゃないけど、細工がとても綺麗だ」 そう言われてロイの瞳が僅かに見開かれた。ハボックはロイの手を取るとその手のひらに買ったばかりのピアスを載せる。ピアスをロイの手ごと握り締めるとにっこりと笑った。 「…仕方ない、貰ってやる」 「ありがとうございます」 ロイの言葉に嬉しそうに笑うハボックの顔にドキリとして、ロイは慌ててハボックの手から己の手を引き抜くとピアスを握り締めたままポケットに突っ込んだのだった。 「あれ、若様じゃないですか!」 あちこちの店を覗き込みながら歩いていると、突然そう声がかかる。声のした方を向けばレストランの店先に茶色の髪をした男が立っていた。 「マニ!」 嬉しそうに笑って駆け寄るハボックを両手を開いて迎えるとマニと呼ばれた男はハボックの背をバンバンと叩く。 「まぁたこんなところまで来て。ティワズに怒られますよ」 「ロイに街を見せてやりたいと思ったんだよ」 その言葉にハボックの後ろを見やった男は驚いたように立ち竦んでいるロイを目にしてにっこりと笑った。 「初めまして、マニと申します、若君。いや、若様の奥方なら姫君の方がいいのかな」 「誰が姫君だっ!」 マニの言葉に思わずムッとして言い返すロイをマニは楽しそうに見つめる。マニは店の入口を指し示すと二人に言った。 「よかったらお茶でもいかがです?」 「ありがとう、マニ」 ハボックは笑ってそう答えるとロイの手を取る。 「ロイも一緒に、ね」 「そうそう、姫君も遠慮なさらず」 「だから誰が姫君だっ!!」 不愉快そうに言うロイの手を引きながらハボックが言った。 「まあ、いいじゃないっスか。両方“若”じゃ混乱するし」 「だったら名前で呼べばいいだろうっ」 「こんなところで、っスか?」 そう言われてロイはここが街中だったと思い出す。 「だったらお前が姫にしろ」 「オレが先に若って呼ばれてたんスもん。早い者勝ち」 ロイが不満そうに口をへの字に曲げて尚も何か言おうとした時、数人の子供達が駆け寄ってきた。 「若様だっ!」 「若様っ!」 「若様、ケッコンしたんだよね、その人、およめさん?」 ワラワラと群がってくる子供達に目を白黒させるロイにハボックは笑うとその手を取る。 「そう、オレのお嫁さん。仲良くしてくれよ」 ハボックがそう言えば子供達からワッと歓声が上がった。口々にお祝いや自己紹介の言葉を言う子供達に驚いて目を瞠るロイの手を引いて、ハボックはマニの店の中へと入っていった。 |
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