ハイムダール国物語  第十二章


「何をやってるんだっ?!」
 ティワズはツカツカと詰め所に入ってくると兵士達を見回す。鋭い目つきにシンと静まり返った兵士たちは居心地悪そうに視線を逸らした。ティワズはロイと剣を交えていた兵士の前に立つとその顔を睨み付ける。
「貴様、この方が誰か判っていながら剣を抜いたのか?」
 冷ややかな声に凍り付く兵士にティワズが更に何か言おうとした時、ロイが口を挟んだ。
「私が手合わせを申し入れたんだ。彼はそれに付き合ってくれただけだ」
「例えそうでも剣を向けることは赦されません」
 ティワズはロイの言葉に振り向きもせずに答える。冷や汗を流す兵士を見つめたまま続けた。
「追って処分を言い渡す。部屋で謹慎しているように。他の者も今回は処分の対象にはしないが今後もしまたこのようなことがあればただでは置かないからそのつもりで。解散!」
 ティワズの言葉を身を硬くして聞いていた兵士達は解散の声にホッと息を吐くと散らばっていく。兵士達にくるりと背を向けると詰め所から出て行くティワズをロイは慌てて追った。
「待てっ!」
 その声にティワズは足を止めるとロイを振り返る。燃えるような紅い瞳に気圧されながらロイはティワズを睨みつけると言った。
「彼は悪くない。悪いのは私だ」
「全くその通りだ。おかげで処分する必要のない兵士を処分しなくてはならない」
 そう言われてロイは思わず目を瞠る。そんなロイを正面から見据えるとティワズは言った。
「貴方はご自分の立場というものを判っていらっしゃるのですか?」
 目を瞠ったまま何も言わないロイにティワズは続ける。
「貴方の身に何かあったらせっかく結んだハイムダールとカウィルの同盟も水泡に帰してしまう。貴方には何があってもこのハイムダールでその生を全うしてもらわなくては困るんです」
「そんなこと、言われなくたって…」
「だったら何故真剣で手合わせなど?貴方より腕のいい兵士は山ほどいますよ」
 見下すようなティワズの物言いにロイはカッとなって言い返した。
「私だってそうそう遅れをとるような腕前ではないつもりだっ」
「なら、私と手合わせしてみますか?」
 薄く笑って言うティワズにロイは怒りに顔を歪める。スラリと剣を抜き放つと答えた。
「望むところだ」
「ロイ様っ、ダメですっ、ティワズ様もやめて下さいっ!」
 オロオロと二人を止めようとするフュリーを押しのけてロイは剣を構える。ティワズは周りを見回すと転がっていた棒切れを拾い上げた。
「貴方にはこれで充分だ」
 二度三度棒切れを振ってそう言うティワズにロイの頭に血が上る。ロイはまともに剣を構えもせずにいきなりティワズに打ちかかった。
「くっ!」
 歯を食いしばり何度も突き入れるが難なく交わされてしまう。刃のある自分の剣が実はなまくらなのではないかと疑ってしまいたくなるほど、ただの棒切れでロイの剣を交わすティワズにロイの息が上っていった。
「この…っ」
 体勢の整わぬまま打ち込んだ剣はあっけなくかわされた上、巻き取るようにして弾き飛ばされてしまう。喉元に棒切れを突きつけられて、ロイは息を飲んだ。
「ロイ様っ!」
 慌てて駆け寄るフュリーに目もくれずティワズはロイをまっすぐに見つめる。棒切れの先でロイの顎を押し上げるように突き上げると言った。
「所詮貴方の剣技など王子様のお遊びだ」
「…っっ」
 ティワズの言葉にロイが悔しげに息を飲んだ時、鋭い声が飛び込んできた。
「ロイっ?!」
 声のした方を視線だけでチラリと見やればハボックが階段の途中で驚きに目を見開いて立っている。飛び降りるようにして階段を下ってくるとロイの体を引き寄せ背後に庇った。
「何やってんだよっ、ティっ!」
 空色の瞳に怒りの焔を燃え上がらせて睨んでくるハボックに、ティワズは棒切れを放り出して答える。
「自分の立場を判っていらっしゃらないようなので教えて差し上げただけです」
「なんだよ、それっ!」
 怒りに震えるハボックと、悔しさに唇を噛み締めるロイを一瞥するとティワズは二人の横をすり抜けて階段へと向かった。
「ロイに何かしたらいくらティでも赦さないからなっ!」
 その背に向かって叫ぶハボックをチラリと振り返っただけで、ティワズは何も言わずに言ってしまう。ハボックは暫くティワズの消えた先を見つめていたがロイを振り向くと言った。
「怪我、してないっスか?」
「…ない」
「一体どうしてティワズとあんなこと…ちょっ…ロイっ!」
 気遣うハボックの腕を振りほどいて歩き出してしまうロイをハボックは慌てて追いかける。小走りに階段を駆け上がっていくロイの腕をハボックは後ろから掴むと引き止めた。
「何があったんスか、ロイ。ティは理由もなくあんなことするヤツじゃない。ちゃんと説明して――」
「うるさいっ!」
 理由を聞いてくるハボックの腕をロイは力任せに振り払う。思いがけず強い力に思わず一歩足を引いたハボックは支える床をなくして階段を踏み外した。
「え…う、わわわわっっ」
 ダダダンッ!という音と共にハボックは階段を5段ほど落ちてしまう。慌てて駆け寄るフュリーと呻くハボックの姿をロイは目を見開いて見下ろしていたが、くるりと背を向けるとそのまま階段を駆け上がっていってしまったのだった。


「全く、王子にも困ったものだ。事もあろうに国民の前で側室を取らないなどと宣言するなんて」
「このままではハイムダールの将来が心配だ。何か手を打たねば」
 城の一角にある古い書物を収めている部屋の片隅で二人の男がひそひそと言葉を交わしていた。恰幅の良い50を少し超えたあたりと思われる黒髪の男が綺麗に整えられた髭を手でしごきながら言う。
「とにかく王子には何が何でも子を設けてもらわねば困る。そのためにあのカウィルから来た王子が邪魔なのであれば多少手荒いことをするのも止むを得ん」
「カウィルとの同盟も大切だがハイムダールの将来を考えれば自ずとどちらを優先するかは判りきっていますからね」
 それに答えてもう一人の銀髪の男が言った。二人は更に声を潜めて暫く話し合っていたがやがてゆっくりと頷く。そうして物騒な光を瞳に湛えて部屋を出て行った。

 部屋に駆け戻ったロイは乱暴に扉を閉めるとベッドへと身を投げる。枕に顔を埋めるとギュっとシーツを握り締めた。傷つけられたプライドとハボックへの罪悪感がない交ぜになって、ロイはこみ上げてくるものに唇を噛み締める。暫くの間そうしてじっとしていたロイは遠慮がちに扉をノックする音にびくりと体を震わせた。何も答えないでいるともう一度ノックの音がして迷うように扉が開く。開いた扉の前で、フュリーが飲み物のカップをトレイに載せて立っていた。
「あの、入ってもよろしいでしょうか、ロイ様」
 気遣うような声にロイはゆっくりと身を起こすと頷く。ほっとした様子で中に入ってきたフュリーはロイの前にカップを差し出すと言った。
「ホットココアです。落ち着きますよ」
 優しい言葉と共に差し出された温かいカップをロイはほんの少し躊躇った後受け取る。そっとカップに口をつけると視線を落としたまま聞いた。
「ハボックは…?」
「大丈夫ですよ、痣のふたつ、みっつは出来たみたいですけど」
 ロイはフュリーの言葉にホッと息を吐くと瞳を伏せる。それから恐る恐るという風に聞いた。
「怒ってなかったか?」
「いいえ、とても心配されてました。本当はこれもハボック様が持ってきたがってたんですけど、僕が先に行った方がいいと思ったので」
 そう言うフュリーにロイはすまなそうな顔をする。そんなロイにフュリーは笑うと言った。
「ちゃんとハボック様と話をして下さいね。きちんと説明すればわかって下さいますから」
 それだけ言うとフュリーはロイを置いて部屋を出て行く。ロイはカップから上る温かい湯気に気持ちが解けていくのを感じながらハボックの部屋と繋がる扉を見つめたのだった。


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