| ハイムダール国物語 第十一章 |
| 「ねぇ、フュリー。もう1つ見たいところがあるんだけど」 フュリーの案内で城の中を見て回りながらロイが言う。先に立って歩いていたフュリーは足を止めてロイを見上げると言った。 「はい、どちらでしょう」 「厨房。ダメ?」 「別に構いませんが」 流石にロイに向かって「どうして」などと言うのははばかられたのだろう。何も言いはしなかったが、その表情に疑問符を貼り付けているフュリーにロイが言った。 「食事は全ての基本だし、王族の分は勿論、兵士達の食事とかどんな人たちがどんな風に作っているのか、見ておきたいと思ったんだよ」 ロイの言葉にフュリーは一瞬目を見開いたが嬉しそうに微笑む。「はいっ」と元気よく返事をするとロイを案内する為に歩き出した。 「こちらです、ロイ様」 そう言われて入った先はいくつものかまどが並ぶ大きな台所だった。大勢の料理人たちが材料を刻み、鍋を沸かし忙しく立ち働いている。 「ここは兵士の食事を作ってるんです。その隣りが僕達のような者のための食事。王族や大臣の食事は一番奥です」 その仕事の内容に合わせて食事のメニューも変わるのだろう。ロイが手近の鍋を覗き込もうとしたとき、背の高い大柄な女が大声を上げた。 「ちょっと、アンタ、どいとくれっ、忙しいんだから邪魔をしないで欲しいねっ」 その言葉と共に突き飛ばすようにロイを押しのけると女は大きな柄杓で鍋の中身をかき回す。小皿にとって味見をすると、塩を入れて味を調えた。その時、まだ厨房の中でうろうろと見ているロイに気付くと顔を顰める。 「アンタっ!アタシの言ったこと、聞いてなかったのっ?!邪魔だからとっとと出て行ってっ!」 「シグナ!この方は…」 慌てて女を止めようとするフュリーを押し留めてロイが微笑んだ。 「仕事の邪魔をしてすまなかったね。こんなにいちどきに作って、よく上手に味付けできるものだなぁと思ったものだから」 ロイがそう言えばシグナはほんの少し頬を染めて答える。 「そりゃ、それがアタシの仕事だからね。兵士は勿論、王様や王子様のお食事だってアタシが用意するんだ。健康に元気に過ごせるよう、想いを込めて作るんだよ」 腰に手を当てて誇らしげに言うシグナにロイは微笑んだ。 「朝の食事も君が作ってくれたのかな。とっても美味しかったよ」 そう言うロイをシグナはじっと見つめる。訝しげだった瞳が大きく見開かれたと思うと、シグナはロイの顔をビシリと指さした。 「あっ、アンタ…っ?!」 「シグナ、この方はカウィルから嫁がれてきたロイ様だよっ」 「よろしくね、シグナ」 にっこりと笑うロイにシグナは大口をあけてワナワナと震える。キッとフュリーを睨みつけると怒鳴った。 「ちょっとっ、フュリーっっ!!どうして最初にそう言わないのよっ!!きゃーっ、やだ、アタシったら恥ずかしいっ!」 ペコペコと頭を下げるシグナにくすくすと笑うとロイはその腕に手をかける。 「気にしないで、仕事の邪魔をしたのは本当なんだし」 「でっ、でもっ」 大きな体を精一杯縮めて恐縮するシグナに向かってロイは言った。 「そんな風に言われたらむしろ嫌だよ。それよりシグナ、今度また覗きに来てもいいかな。仕事の邪魔はしないから」 「勿論です。こんなところでよかったらいくらでも見に来て下さいな。あ、そうだ。ついでだから聞いちゃおう。ロイ様、食べ物で食べられないものってあります?」 「食べられないもの?」 「ええ、嫌いなものじゃなくて食べられないもの。食べちゃうとワーッとジンマシンが出ちゃうとか、そう言うの」 「いや、特にないけど」 ロイの返事にシグナはにっこりと笑う。 「そう、よかった。じゃあ、何でも食べられますね。アタシの作ったもので嫌いを理由に残すのは絶対に赦しませんから」 「シグナっ!そんな失礼な…」 「あら、何が失礼よ。当然でしょ、王族だろうが兵士だろうが関係ないわよ」 「シグナ〜〜っっ」 平気な顔で言ってのけるシグナにフュリーがオロオロとするのを見ていたロイは耐え切れずに噴き出してしまった。 「ロイ様ぁ」 困りきったフュリーにロイは手を振ると、必死に笑いを納めてシグナに言う。 「仕事の邪魔をして悪かったね、また来るよ、シグナ」 「ええ、いつでも遊びにいらしてください!」 遊び、と言う部分を強調するシグナにロイは笑って厨房を後にする。パタパタとついてきたフュリーを振り返るとロイは言った。 「面白いね、彼女。いつもああなの?」 「ええまあ…。どんなに地位が上の方でも全く変わりがなくて。この間なんて大臣のお嬢様に好き嫌い言うな、なんて言い出すし。腕がいいんで追い出されませんけど」 「ふふ…また遊びに行くのが楽しみだな」 そう言って笑うロイにフュリーは思い切り顔を顰める。 「別に嫌なら一緒に来なくてもいいよ?場所はわかったし」 「いえっ、嫌なんて事はないです。シグナのことも嫌いなわけじゃないんです。ただ、僕の言うことなんてさっぱり聞いてくれないから…」 「確かにマイペースだね。でもすごくまっすぐだ」 「ええ。ハボック様とも仲、いいんですよ」 「ハボックと?」 思いがけないところで名前を聞いてロイは眉を寄せた。唇を噛み締めてちょっと考え込んでいたがフュリーを見ると言った。 「フュリー、もう一ヶ所、いいかい?」 「はい。どちらでしょう」 「兵士の詰め所だよ」 ロイの答えにフュリーは驚いて目を見開く。 「えっ、でもそこは…」 「拙いかい?」 「いえ、その…気の荒い連中ばかりですからあまり行かれないほうが…」 心配そうに言うフュリーにロイが言った。 「大丈夫だよ、カウィルでもよく兵士たちとは話をしてたんだ。だから」 ね、と笑うロイにフュリーは悩んだようだったが、それでも最後には頷いて言う。 「わかりました。行きましょう」 (いくらなんでもハボックさまのお連れ合いに無茶なことはしてこないだろうし) フュリーは自分に言い聞かせるようにそう考えると、ロイを連れて廊下を歩いていったのだった。 「今の時間は訓練が終わって休憩してる頃なんですけど」 フュリーはそう言うと目の前の扉をそっと押し開ける。その途端ドッと沸き立つ声が聞こえて、フュリーはロイの顔を仰ぎ見た。 「本当に入るんですか?」 「そうだよ」 ロイは答えるとフュリーを押しのけて扉を開ける。大きく扉を開け放てば中にいた兵士達が「誰だ?」と言うようにロイを見た。 「こんにちは」 ロイがそう言えば静まり返っていた兵士達の間に騒めきが広がる。小声で「戻りましょう」と言いながらフュリーがロイの袖を引いた時、中の一人が立ち上がった。 「これはこれは、麗しの奥方様。こんなむさ苦しいところへようこそ」 そう言えば、座り込んで賭け事に興じていた他の兵士達も立ち上がってロイに近づいてくる。 「へえ、近くで見ると本当に美人だね」 「ハボック様が惚れ込むのも無理はないな」 「これで男だなんて、本当に残念」 ロイを取り囲んで口々に感想を述べるゴツイ兵士達にフュリーが怯えてロイの腕を掴んだ。その拍子にロイが腰に佩いた剣が音を立てて兵士がロイに言う。 「使いもしない剣をぶら下げておくものじゃありませんよ、ロイ様」 「使わないとどうして言えるんだ?」 そう言われてムッとして言い返すロイに兵士がくすりと笑った。 「そりゃあ、その細腕で剣を扱えるなんて思えませんからね。ハボック様とならんで戦えやしないでしょう」 その言葉にあちこちから笑い声が上がる。ロイは兵士を睨みつけると言った。 「では、試してみるか?」 「冗談でしょう、怪我でもさせたらハボック様に怒られちまう」 「怪我をするのはお前の方かも知れんぞ。それとも私に負けるのが怖くて逃げるか?」 挑発するようにニッと笑うロイに兵士がムッと顔を歪める。ロイがスラリと剣を引き抜けば、兵士は一瞬迷ったようにロイを見た。 「構わん。怪我などするつもりもないが万が一お前の剣が私を傷つけたとしても咎めはしない」 「ロイ様っっ!!」 ロイの言葉にフュリーが青くなって叫ぶ。ロイをじっと見つめた兵士は無言のまま剣を引き抜いた。ピタリと剣を構えてロイと向き合う。次の瞬間2人が同時に動いて合わさった剣から火花が散った。グッと剣を押すようにして飛び退ると兵士はロイに斬りかかる。ロイは軽いステップでそれをかわすと脇から兵士を突いた。捻った剣でロイの剣先を押さえた兵士は、今度は逆にロイを突いて出る。それをかわしたロイと二度三度剣を交えると2人は大きく間合いをとった。 「どうしたっ、遠慮してるのかっ?」 「これから本気を出すところですよっ!」 兵士はそう吠えると地面を蹴るようにして一気に間合いを詰める。相手が突いてきた剣を巻き取るようにして捻り上げれば兵士の手から剣が飛んだ。そのまま剣先を兵士の喉元に突きつければそこからクゥと唸るような声がする。ロイは剣を納めると兵士に言った。 「これでも使いもしない剣だと?」 そう言ってにっこりと笑えば兵士達の間から歓声が上がる。 「俺とも是非一戦!」 「いや、俺と手合わせをっ!」 ロイの剣の腕前を目の当たりにした兵士達がワイのワイのと騒ぎ立てた、その時。 「何をしているっ!」 突然聞こえた鋭い声に皆が一斉に振り向けば。 厳しい表情を浮かべたティワズがドアのところに立っていた。 |
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