果てなき恋のバラード  第七章


 カチャカチャとハボックが銃を弄る小さな音が執務室に響く。後はロイが時折めくる書類の音とサインを書き込む音しかない部屋の中で、ロイはそっとハボックを伺い見た。
 手にした銃を見つめているため空色の瞳は伏せ目がちになっている。思ったよりずっと長い金色の睫に縁取られた空の色の瞳が、ロイは何より好きだった。初めてその瞳で見つめられたときは大空に飲み込まれてしまったような錯覚に陥った。その空色が様々な感情を移して色を変えるのを見れば益々目が離せなくなって、いつのまにかロイはハボックを好きになっていたのだ。それでもハボックの一言でその感情に「恋」という名がつくまではロイ自身ハボックに抱いた気持ちに気づかないでいたのだが。
 ロイはふぅと息を吐いて大好きな空色から何とか目を離すと視線を移す。ハボックの唇に咥えられたトレードマークの煙草を見てロイは目を細めた。
(よくあんなものを咥えたままで喋るものだ)
 色素の薄い唇は器用に煙草を挟んだままで喋る。そんなことをすれば声がくぐもって聞き取り辛くなりそうなものだが、ハボックに関してはそう言うことはなかった。
(キス……してくれないだろうか……)
 不意にそんな考えが頭に浮かぶ。次の瞬間ハッとして、ロイは慌てて首を振った。
(なっ、何を考えているんだッ、私はッッ)
 ただの上司と部下という間柄でしかないのに何と馬鹿なことを考えているのだろうと、ロイは顔を赤らめて視線を無理矢理書類に戻す。それでも吸い寄せられるように気がつけば視線はハボックへと向いていた。
(大きな手……)
 ハボックの手はロイのそれよりふた回りほど大きい。その大きな手が銃の細かな部品を外していく様を、ロイはうっとりと見つめた。
(あの大きな手で抱き締められたら……)
 もしそうなったらきっと天にも昇る心地がするに違いない。そんな事を考えたロイは、書類に視線を戻してため息をついた。
(そんな事、あるわけないのに……)
 ハボックが無類の女好きなのはロイもよく知っている。それもロイとは対極にあるようなグラマラスでメリハリのあるボディの女性が好きなのだ。どんなに想ってみたところで、決して実る筈がない恋心を抱き締めてロイがそっとため息をついた時。
「疲れちゃいました?」
 間近で聞こえた声にロイはハッとして顔を上げる。そうすれば銃の手入れをしていたはずのハボックが、すぐ側に立って見下ろしていた。
「……いや、ちょっと考えごとをしていて」
「考えごと?何か気になることでも?」
 そう聞かれて気になるのはお前のことだとは答えられずにロイはハボックをじっと見つめる。それからゆっくりと視線を落とした。
「いや、そんなんじゃない」
 そう言って書類に目を通すロイをハボックは黙って見下ろしていたが、やがて一つ息を吐いて言った。
「コーヒー淹れてきますよ」
 ハボックはそう言ってロイの頭をパフパフと叩いて執務室を出ていく。パタンと扉が閉まるのを聞いて、ロイは涙の滲む目を乱暴にこすった。


「なんなんだろうなぁ……」
 給湯室でロイのためにコーヒーを淹れながらハボックは呟く。濃褐色の液体が白いカップに吸い込まれていくのを見つめながら、ハボックは先ほどのロイの顔を思い出した。
 きらきらと輝くロイの黒曜石の瞳。その瞳が時折某かの感情をたたえるのを見る度、ハボックは落ち着かなくなるのだ。
「何か言いたいことでもあるのかな」
 いっそのこと『なんなんだ』と尋ねてしまえばすっきりするのかもしれない。だが、そう尋ねるのもなんだかはばかられて、ハボックのうちにはロイへの疑問が降り積もるばかりだった。
「どっかで見たことがある気もするんだけど」
 ロイの瞳に浮かぶ色をどこかで見た気もしてハボックは考える。給湯室を満たすいい香りに、もうコーヒーが落ちきってしまったことに気づいて、寄りかかっていた壁から背を離した。
「ああもう、そんなの後あと。さっさと仕事して貰わなくっちゃ!」
 さっきの様子だとあまり進んでいるとも思えない。ハボックはコーヒーにたっぷりの砂糖とミルクを入れて掻き回すと、トレイに載せて給湯室を出た。


「どうぞ」
 そう言って大振りな机の上にカップを置けばロイが俯いていた顔を上げる。
「ありがとう」
 と言ってカップに口をつけるロイを見つめたハボックは、さっきロイの瞳に浮かんでいたものが黒曜石の瞳の奥底へ沈められてしまった事に気づいた。
(まあ、いいか。さっさと仕事して貰わなくちゃって思ったとこだし)
 とにかくホークアイが戻ってくるまでにある程度進めておかなくては自分まで小言をくらってしまう。
「さ、中尉が戻ってくる前にサクサク進めちゃいましょ」
 そう言って黒髪を叩けばロイがコクンと頷いた。


「ロッカーに爆弾が?」
 書類を半分ほど片づけたところで、事情聴取の許可が下りたガーランドのところへ出かけていたホークアイが戻ってくる。一旦書類は脇に置いてホークアイの報告を受けていたロイが目を瞠って言えば、ホークアイが頷いて答えた。
「はい、事件の三日前に工場で割り当てられた自分のロッカーを開けると爆弾と手紙が入っていたそうです」
「手紙にはなんと?」
「“この爆弾を使ってショッピングモールで騒ぎを起こせ。あの焔錬金術師を引っ張り出せればお前は一躍有名人だ。誰もがお前を称えてその名を口にするだろう”そう書いた手紙と共にどのようにして事件を起こすかを記したメモも入っていたと供述しています」
「その手紙とメモは?」
 聞かれてホークアイは残念そうに首を振る。
「捨てたそうです」
 そう聞いてロイはため息をついて椅子に背を預けた。腕を組んで考える仕草をするロイに、ファルマンが言った。
「調べたところによりますと、ガーランドは本当に大人しい気の小さい男だったようです。そのことで同僚にからかわれる事もあったようで」
「一つ大きな事件でも起こして自分を馬鹿にした同僚たちに一泡吹かせてやろうと思った、ってとこっスかね」
「だがそれも、誰かにけしかけられての事だろう?自分から率先して仕組んだ訳じゃない。それじゃあ誰が何の為に?ガーランドを陥れて誰か得する奴でもいるのか?」
 ロイが浮かんだ疑問をそのまま口にしたが誰も答えられるものはいなかった。
「ロッカーは?鍵はかけてなかったのか?」
「貴重品を入れてあるわけではありませんから、特にかけていなかったようです」
「では、誰にでもチャンスはあったわけだ」
 ロイはそう言って眉間に皺を寄せる。組んでいた腕を解いて言った。
「ホークアイ中尉とファルマン准尉は引き続きガーランドと工場の従業員への聴取を続けてくれ」
 言われて二人は頷くとファルマンは執務室を出ていく。残ったホークアイは机の上に積まれた書類を見て、チラリとハボックに視線を流した。
「真面目に取り組んでたっスよ、本当に!」
 監督不足だと怒られては敵わないとハボックが慌てて言う。ホークアイはひとつため息をついて言った。
「とりあえず今日中にこの山を何とかしてください。このままではまた明日、山が増える事になりますから」
「……私が聴取に回った方がいい気もしてきた」
「大佐」
 思わずボソリと呟いたロイの言葉にホークアイが目を吊り上げる。
「少尉、頼んだわ」
「アイ・マァム」
 投げられた視線にハボックが頷けば、ホークアイは執務室を出ていったのだった。


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