果てなき恋のバラード  第三十五章


「よう」
 以前指輪を買ったアクセサリー屋の扉を開ければ既に来ていたカイが片手を上げる。ロイとハボックに続いてヤンとキムが入ってくるのを見て、カイは器用に片眉を上げた。
「随分と大人数だな」
「物騒なところだって聞いたんでね」
 カイの言葉にハボックが答える。カイは肩を竦めて座っていた椅子から立ち上がると店の奥で不貞腐れた顔で座っているリュウに声をかけた。
「おい、行くぞ」
 そう言って促すカイにリュウは嫌そうに顔を顰める。
「なあ、やっぱり俺も行かなきゃ駄目なのか?場所を教えるだけでもいいだろう?」
「リュウ」
 そんな事を言い出すリュウをカイがジロリと睨んだ。
「だってよぅ、住処を用意してやったら俺はもう関わらない事にしてんだ。それなのにアンタらみたいの連れてったら信用問題に関わるっていうか」
「要は恨みを買いたくないってことだろ?」
 ズバリと本心を突かれてリュウはもごもごと口ごもる。それでも立ち上がろうとしないリュウにハボックはツカツカと歩み寄るとその首根っこを掴んだ。
「ぐずぐず言ってないでさっさと案内しろ」
 掴んだ首根っこで無理矢理立たせればリュウが悲鳴を上げる。
「判ったっ、行くからッ」
 離してくれっと喚くリュウからハボックはパッと手を離した。ジタバタと暴れていた体をいきなり放り出されてたたらを踏んだリュウは、責めるようにハボックを見る。だが、ジロリと睨み返されて慌てて視線を逸らすと成り行きを見ていたカイ達にへらりと笑いかけた。
「じゃあ行こうか」
 カイがそう言えば皆ぞろぞろと店を出る。カイはロイの側に近づくとにっこりと笑って言った。
「ローラ、クーロンじゃなにがあるか判らないから俺の側を離れないようにな」
 言われたロイが答える前にハボックが二人の間に割って入る。ロイをカイから遠ざけるように自分の方へ引き寄せてカイを睨んだ。
「ローラの事はオレが守るからお前は口出しすんな」
「お前に任せたら危ないだろうが」
「んだとッ」
 キィといがみ合うハボックとカイにロイはうんざりとため息をつく。
「どっちもいらん。自分の身は自分で守る」
「ちょ……ローラ!」
 プイと顔を背けて足を早めるロイをハボックは慌てて追いかけるとその腕をグイと掴んだ。
「お願いっスから、ローラ。……アンタの為だけじゃなく、オレの為にも守らせてください」
「ッ!」
 そう言って真っ直ぐに見つめてくる空色からロイは目を逸らす。掴まれた腕から心臓の鼓動が速まるのを感じ取られてしまうのではと恐れながら言った。
「好きにすればいいだろうっ、どうせいっつも勝手にするくせに」
「じゃあ勝手にします」
 ハボックは少しホッとしたように言って笑みを浮かべる。それでも掴んだ腕を離そうとしないハボックをロイはチラリと睨んで言った。
「決めたんならもう腕を離せっ」
腕を掴む太い指の感触に心臓がバクバクする。ロイの言葉にやっと手が離れて、ロイは赤らんだ顔を隠すようにハボックから顔を背けて足を早めた。
「ローラ?」
「何でもないッ」
 ドカドカと凄い勢いで歩いていくロイにハボックがついてくる。それに気づいたロイが更に足を早めハボックが遅れまいとついてくれば自然勢いがついて争うように歩いていく二人に、背後から呆れたような声が聞こえた。
「おい、二人とも。クーロンへはこっちだ」
「ッ?……早く言えっ」
 曲がり角で立ち止まって行き先を示すカイのところへ、ハボックとロイは慌てて引き返す。言葉にはしないもののやはり半ば呆れた表情を浮かべるキムとヤンの顔を見られず、ロイは怒ったように視線を俯けると今度は皆と同じペースで歩きだした。
(なにをやってるんだ、私は…っ)
 今日はなんとしてもチャンを捕らえなければならないと言うのに、こんな事では先が思いやられる。
(しっかりしろ、ロイ。ハボックに軽蔑だけはされたくないんだろう?)
 ロイは内心己を叱咤するとキッと前を睨んで歩いていった。


 幾つも角を曲がって歩いていけば辺りの雰囲気が明らかに変わってくる。人通りの少ない道を歩きながらロイは、自分達に向けられている敵意の籠もった視線に僅かに眉を寄せた。
「まだ遠いのか?」
 同じように視線を感じながらハボックがリュウに聞く。リュウはすぐ近くの角を指さして答えた。
「あの角を曲がればすぐだ」
 そう言ったリュウがいきなり(きびす)を返して今きた道を駆け戻っていく。咄嗟の事に追いかけられないハボック達にリュウは肩越しに怒鳴った。
「案内はここまでだッ!後は勝手にやってくれッ、俺は知らん!!」
 リュウはそれだけ言って一目散に駆けていく。その背を呆然と見送ったカイはハッとして思い切り地面を蹴り付けた。
「あの野郎ッ、逃げやがった!」
 クソッと喚くカイをチラリと見たロイはハボックに視線を移す。ハボックが微かに頷くのに頷き返してロイは言った。
「ここまでくれば案内はいらないだろう。むしろ足手纏いになりかねない、いなくなってくれた方がいい」
 そう言うロイにカイは罵る言葉を飲み込む。さっさと歩き出すロイ達を追いかけて隣に並ぶとカイは言った。
「肝心の部屋が判らんぞ」
 言いながら角を曲がれば、突き当たりにあるアパートの前を塞ぐように目つきの悪い男達が立っていた。
「アイツらに聞くってのはどうっスか?」
「それが一番早そうだな」
 そう囁くハボックにロイが頷く。それを合図に足を止めたロイの前にハボックが一歩進んで言った。
「ちょっと聞きたいんだけど」
「アンタらに教えることなんて何もねぇよ」
 質問を口にする前にそう答えが返ってハボックは眉を跳ね上げる。斜め後ろに立つロイを振り向かずにハボックは言った。
「あんな事言ってるんスけど、実力行使に出てもいいっスか?」
「程々にしておけよ」
 ロイの答えにハボックの口角がニッと上がる。途端に滲み出る物騒なオーラに身構える男達にハボックはズイと足を踏み出した。


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