果てなき恋のバラード  第三十三章


「それじゃあ明日、そのクーロンってとこにみんなで乗り込むんですね」
「ああ。それで、今からでもわかる範囲でクーロンの事を調べておこうと思う」
 いつまで待っても寝室から出てこないロイを置いて、ハボックはキム達の部屋を訪ねる。今日の出来事とこれからの予定を伝えて、ハボックはそう言った。
 コミュニティを訪れるに当たってある程度の事は調べて来たものの、その内部の事は外からは判らない事が多い。クーロンと言う名も資料の中にあるにはあったが、どんな場所なのか詳しい事は判らなかった。
「カイの口調だとろくでもない場所には違いなさそうだがな」
 腕の立つカイですら好き好んで行きたい場所ではなさそうだ。前もって少しでも知識を持って行くのとそうでないのでは、多少なりと心構えが違うだろう。ハボックは立ち上がるとヤンに向かって言った。
「オレとキムとでクーロンの事を聞き込んでくる。お前は残って大佐が出てきたらその事を伝えてくれ。オレ達が戻るまで、大佐とここで待つように」
「はい、隊長」
 ハボックの言葉にヤンが頷く。それに頷き返して、ハボックはキムを促してアパートを出ていった。


 ロイは誰もいない荒野を一人歩いていく。ザクザクと踏みしめる足の下では真っ白な砂がロイの足を飲み込もうとするかのように、踏んだそばから崩れて落ちていった。俯いた視界の隅を掠めるようにして漆黒の羽がひらひらと飛んでいく。弾かれたようにロイが顔を上げれば、黄色と青の紋様を羽に浮かび上がらせたアゲハ蝶がロイのすぐ前を舞っていた。
「……待てっ」
 目を見開いてその羽を見つめていたロイは、アゲハ蝶が高く飛んでいこうとしていることに気づいて、慌てて腕を伸ばす。だが、蝶はひらひらと舞ってロイの手をすり抜けるとロイを置いてどんどんと飛んでいってしまった。
「待ってくれ!」
 ロイは飛んでいった蝶の後を追って荒野を走る。だが、崩れる砂に足を取られて幾らも行かないうちに地面に倒れ込んでしまった。
「あっ」
 手をついた弾みに砂が舞い視界を埋め尽くす。砂が晴れた時には蝶の姿はどこにもなく、ロイは一人荒野に座り込んでいたのだった。


 ベッドに体を投げ出して枕に顔を埋めていればいつの間にかうつらうつらしていたらしい。ロイは久しぶりに見た夢を思い出して深いため息をついた。
「いい加減諦めないといけないのに」
 そう頭では判っていても、心はついていかない。ロイはぎゅっと唇を噛み締めて体を起こした。
「シャンとしろ、ロイ。今は任務中だ」
 ロイは言って両手のひらで頬をパチンと叩く。せめて今だけでも心の中を占める想いを追い出してしまわなければ、ろくな結果にならないと思えた。ベッドから降りて寝室の扉を開ける。ハボックになんと言おうかと考えながらダイニングへ行けば椅子から立ち上がったのはハボックではなくヤンだった。
「あ、起きたんですか?大佐。少しは疲れ、とれました?」
 ロイが寝室にこもっていた理由を疲労の為だとでも聞いていたのだろうか、そんな風に尋ねてくるヤンにロイは曖昧に答える。狭いアパートの部屋の中にハボックの気配がないことに気づいて、ロイは聞いた。
「ハボックはどうした?」
「明日、クーロンに行く前に少しでも情報を集めておくと言ってキムと出かけました」
「出かけた?いつ?」
「小一時間ほど前でしょうか。俺は大佐と一緒にここで待つように言われました」
 慌てて出ていきそうなロイの様子にヤンが急いで付け足す。じっと見つめてくる黒曜石に、ヤンは怯みそうになりながらも繰り返した。
「大佐と俺はここで待っているようにと隊長から言いつかってます」
 そう言うヤンをロイは不服そうに見つめる。だが、結局はなにも言わずにフイと視線を逸らし、ヤンは内心胸を撫で下ろした。
(ハボック……)
 出かけていてくれてよかったかもしれない。ハボックにかける言葉が見つからないでいたロイは、そんなことを考えながら窓辺に寄りかかり外を見つめた。


 ハボックはキムと一緒に街をぶらぶらと歩いていく。たむろする若者やぶらりと入った店でそれとなくクーロンの事を尋ねてみたが、返ってくる答えはどれも似たようなものだった。
「クーロン?!あんなところに行くつもりか?やめといた方がいいって」
「どうして?そんなにヤバイところなのか?」
 目を剥いてやめとけと言う男にそう問い返せば男は仲間と顔を見合わせる。それからハボックとキムに向かって言った。
「あそこは外で犯罪だのなんだの、世間に顔向け出来ないような事をやってきた連中のたまり場なんだよ。悪いことは言わねぇ、行くのはやめときな」
「でも、そこに知り合いが行っちまったみたいなんだ」
 ハボックが困ったように言えば男はもう一度仲間と顔を見合わせる。仲間の男の一人がハボックに向かって言った。
「こんな事は言いたくないが、きっとソイツはもうそこにはいないと思うぜ」
「何故?そんなの、行ってみなければ判らないだろう?」
「判るさ、あそこはクーロンだからな」
 男はきっぱりとそう言う。
「とにかくやめといた方がいい。アンタも相当ヤバそうな感じだけど、あそこにいる連中に比べたらずっとまともだろうからな」
「……どういう意味だよ、それ」
 かなり失礼な事を言われた気がして眉を顰めるハボックに男は言った。
「とにかく俺達は止めたからな。勝手に言って後でなにか言わないでくれよ」
 そんな風に言う男達にハボックはキムと顔を見合わせると、男達に礼を言ってアパートに向かって歩きだした。
「どうします?ジャンさん」
「どうするもこうするも、あそこにいるらしいと判ってるんだ。行くしかないだろう?」
 どんなに物騒なところだろうと必要であるなら行くしかない。ただ、出来ることならロイをおいていきたいと思ったが、ロイが聞かないのはよく判っていた。
(大佐の好きな人って誰だろう……)
 ロイの事を考えれば不意にそんなことが頭に浮かぶ。ハボックが慌てて頭を振ってその考えを閉め出そうとすれば、キムが不思議そうにハボックを見た。
「どうかしましたか?ジャンさん」
「いや、別になんでもねぇ」
 ハボックは慌ててそう言いながらひきつった顔で笑ってみせる。
(別に大佐が誰を好きだろうが関係ないじゃん)
 上司であるロイがプライベートで誰とどうしようと自分には関係のない話だ。そう思いはしてもロイの零した涙を思い浮かべると気になって仕方ない。
(いい加減野次馬根性はやめて任務に集中しろ)
 ハボックは内心そう呟いて拳で自分を殴ると、足早にアパートへと歩いていった。


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