果てなき恋のバラード  第三章


 カッ!!と広場を目映い光が包む。それに続いてドオオンッッ!!と地響きのような音が鳴り響き爆風がショッピングモールを吹き抜けた。
「ウワッ!!」
「ワアッッ!!」
 広場の頭上数十メートルを中心に叩きつけた爆風に煽られ、青い軍服が吹き飛ばされていく。漸く爆風が収まった頃にはバリケードで何とか凌いだものの、埃まみれになった軍人達がゲホゲホと咳込んだり運悪く叩きつけられた痛みに呻いたりしながらあちこちに蹲っていた。
「ハボ……?ハボックっ?!」
 ロイ自身もゲホゲホと咳込みながら辺りを見回す。そうすればオブジェのすぐ近くに転がる黒い塊が目に入って、ロイはギクリと身を強張らせた。
「ハボック!」」
 ロイは叫んでバリケードを飛び越えるとその塊に向かって走る。ロイが駆け寄る前にその塊は微かに震えたかと思うとムクリと起き上がった。
「ッツゥ…ッ」
 ハボックは吹き飛ばされた弾みで打ちつけた肩をさすりながら立ち上がる。そこへ青い顔をしたロイが駆け寄ってきてハボックの腕を掴んだ。
「ハボックっ、大丈夫かっ?!」
 そう言って覗き込んでくる黒い瞳をハボックは見返す。ロイの細い肩を掴み、グイと反らすようにして細い体の表を見、裏を調べて怪我がないことを確認するとホッと息を吐いた。
「怪我、してないっスね?」
 それでも見えないところに怪我をしていないかとハボックが尋ねる。ロイは肩を掴む手を振り払ってハボックを見上げた。
「聞いているのは私だ!ハボック、お前どこか怪我…ッ」
「軽い打ち身だけっス。それよりアンタ、オレの言うこと聞かなかったっスね。司令部で待ってろって言ったのに!」
 そう言って睨んでくる空色をロイはうっとりと見上げる。例えそれが怒りであろうと、自分だけに向けられる感情はロイのハボックを想う心を切なく震わせた。
「犯人の要求は軍の責任者と話をさせろだったろう?だから私が───」
「犯人の要求を丸々叶えてやることはないって言ったっスよね?あの爆弾の威力がもっとデカくて、アンタまで巻き込まれてたらどうするつもりだったんスかッ!」
「それを言うならお前だってあんな無茶…ッ」
「爆弾撃った次の瞬間、オブジェの陰に飛び込んだっスよ。オレだってまだ死ぬ気はないっスから。まあ、あの犯人がもっとずるがしこくてオブジェにも爆弾仕込んでたらお陀仏だったっスけど」
 そんな事をなんでもない事のように口にするハボックにロイは目を見開く。ハボックは埃で白っぽくなったロイの髪をパフパフと叩いて払ってやると言った。
「ここはもうオレ達だけで何とかなります。大佐は司令部に戻ってて下さい」
「でも、……っぶ…ッ」
 ハボックは何か言おうとするロイの顔を大きな手のひらで覆って黙らせてしまう。呼び寄せた部下にロイを司令部に送り届けるよう命じて、自分は事後処理を始めた青い軍服の群の中へ行ってしまった。
「マスタング大佐、司令部へお送りします」
 ロイはその背を追うことも出来ず、部下の言葉に頷いてその場を後にしたのだった。


「ハボックが手加減しねぇから、犯人の奴病院送りですよ」
「んなこと言ったって、あの状況で手加減しろったって無理っしょ?ねぇ、大佐」
 ブレダに責められてハボックが情けない顔でロイに訴える。執務室の椅子の背に深く体を預けてロイはハボックを見上げて言った。
「まあ、おかげで取り調べが先送りになってしまったのは事実だな」
 そう言って苦笑するロイにハボックは「うー」と呻く。ほらみろとブレダに言われてむくれてみせるハボックの様子に、ロイは笑みを深めた。
「それで?使用されていた爆薬の解析結果は出たのか?」
「今調査中です」
 ロイの問いにフュリーが答える。その代わりと言うようにホークアイが口を開いた。
「犯人の身元については判っています。ニック・ガーランド、42才。西地区の工場で板金の仕事をしています」
「西地区といえば軍に反感持ってる奴が多いが、人質に爆弾巻き付けるような事をする男なのか?」
 そうロイに聞かれてホークアイが首を振る。
「いいえ、普段はとても大人しい目立たない男だったようです。今のところ特に表だって軍への不満を口にしていたこともありません」
 ホークアイの説明にロイ達は眉を顰めた。少し考えて、ロイは口を開いた。
「フュリー曹長、爆弾の分析を急いでくれ。ホークアイ中尉とファルマン准尉でガーランドの身辺の調査を。ハボック少尉とブレダ少尉はショッピングモールの後処理と当日の状況の聞き込みを頼む」
「「イエッサー!」」
 ロイの言葉に敬礼を返して、それぞれが割り当てられた任務をこなす為に執務室を飛び出していく。最後に出ていこうとするハボックの広い背中にロイは思わず声をかけていた。
「ハボック」
 そう呼んでしまってからロイは慌てて口を噤む。なんだと振り向いたハボックに迷った末に言った。
「その…怪我は大丈夫なのか?」
「ただの打ち身だって言ったっしょ?大丈夫っスよ」
 ハボックはそう言うとロイのところへ戻ってくる。ロイの黒髪をパフパフと叩いて言った。
「さっきは怒鳴ってすんませんでした。でも、言うこと聞かないアンタも悪いんスよ?アンタはオレ達の頭なんスからもっとオレ達手足を使う事だけ考えてください」
 ハボックはそう言って笑うと今度こそ執務室を出ていってしまう。ロイはハボックが触れた髪にそっと触れてため息をついた。


 さしたる進展もないまま、ロイは司令部を後にする。ハボックは現場から直帰すると連絡があったから、今日はもう会えないのだろう。
 ロイは警備兵の運転する車に乗り込みそっとため息をつく。ショッピングモールへ回るようにと言いかけた言葉を飲み込んでそのまま帰路についた。いつものように待つもののいない家の扉を開け中へ入る。一人きりでは何か食事の用意をする気にもなれず、ロイは籠に放り込んであったバケットをワインで流し込んだ。残ったワインをグラスに注ぎソファーに腰掛けて目を閉じる。そうすれば潜入服に身を包んだハボックの姿が瞼に浮かんだ。
 黒い潜入服を纏ったハボックの金色の髪と空色の瞳は、いつか見た夢の中のアゲハ蝶を思い起こさせる。金の髪と空の瞳は漆黒の羽に浮かび上がる紋様のようで、ロイをおいて青い軍服の群に紛れてしまった姿が一層それと錯覚させた。
「…………」
 ロイは深いため息をついてグラスのワインを飲み干すと立ち上がる。いつものように二階の寝室の隣の浴室に入り、ぬるめのシャワーをその身に浴びた。
「ハボック」
 そう呟けば自分を見つめて笑う空色の瞳が浮かぶ。髪に触れた大きくて温かい手の感触すら思い出されて、ロイは慌てて首を振った。
 余計な事など考えてはいけないのだ。この想いは決して表にだすべきではないのだから。
 ロイは声にならない声に切なく唇を震わせると、柔らかい湯に滲み出る想いを洗い流した。


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