果てなき恋のバラード  第二章


「おはようございます、大佐」
 司令室の扉を開ければ元気な曹長の声が飛び出してくる。それに答えながらロイは、自席に座るハボックを見た。
「あ、大佐、おはよーございまーす」
「なんだ、かったるそうだな、ハボック。飲み過ぎか?」
 妙に間延びした声にロイは苦笑して言う。ハボックは慌てて背筋を伸ばして答えた。
「んなことねぇっスよ?ちゃんと大佐に言われたとおり程々にしましたもん。あ、夕べはごちそう様でした」
 ハボックは言い訳のような事を口にしてから改めて礼を言う。言った口がそのまま大欠伸に繋がりそうになるのを、ハボックは大きな手で口を覆ってこらえた。
「飲み過ぎじゃないなら寝不足か」
 クッと笑いをこらえて言うロイにハボックは欠伸を飲み込んで言った。
「大丈夫、今日に響くような事はないっスから」
 ハボックがそう言った時、電話のベルが鳴ってフュリーが受話器を取った。
「大佐、駅前のショッピングモールで爆弾を持った男が軍の責任者と話をさせろと騒いでいるとの連絡です!」
「爆弾?詳しい情報を上げさせろ」
 俄に空気が緊張する司令室の中でロイが言う。ロイが執務室に入って少しするとフュリーがメモの束を持って入ってきた。
「ショッピングモールの吹き抜けになっている広場で、男が人質の腹に爆弾を巻き付けて軍の責任者と話をさせろと要求しています。犯人は四十前後の男一人。人質は六十代くらいの女性。腹に爆弾を巻かれてその発火装置を犯人が掲げて持っているようです」
「吹き抜けになっている広場っていうと、ここの事っスね」
 フュリーと一緒に入ってきて話を聞いていたハボックがショッピングモールの見取り図を開いて言う。さっきまでのだらけた雰囲気がすっかりと抜け落ちた顔で、ハボックは六角形になっている広場の中央を指で叩いて言った。
「犯人と人質はここの真ん中に陣取ってるようっス。周囲の安全確保の為にオレとブレダんとこの部隊でショッピングモールを封鎖します」
「そうしてくれ。人質はどうする?」
 ロイの言葉にブレダが頷いて執務室を出ていく。ロイの質問にハボックが答えた。
「ここの広場、吹き抜けにはなってるっスけど、頭上に照明用の梁が何本も巡らされてます。爆弾を何とかできりゃ近づいて押さえ込むのは簡単っスけど」
「実際に見てみないと判りませんが、私が狙撃出来ると思います、大佐」
 ハボックの言葉を受けてホークアイが言えばロイも頷く。
「では、ホークアイ中尉に犯人、もしくは発火装置の狙撃、ハボック少尉には犯人の身柄の拘束及びに人質の安全の確保を頼む」
「「イエッサー!!」」
 ロイの言葉にホークアイとハボックが敬礼を返した。次々に執務室を出ていこうとして、ハボックは一緒に出ようとするロイを見て言う。
「大佐はここで留守番っス」
「は?なにを言っているんだ、お前は」
 突然そんなことを言われてロイは不服そうに眉間に皺を寄せた。
「軍の責任者と話をさせろと言っているんだろう?私が行かなくてどうする」
「犯人が言っているからっていちいちバカ正直に答える必要はないっス。アンタは司令官なんスからここで待ってて下さい」
 ハボックはそう言うとロイの手を引いて椅子に座らせる。ロイの両肩に大きな手を置いてにっこりと笑って言った。
「大佐はここで待ってて下さい。オレ達でさっさと片づけてくるっスから」
「ハボック!」
 ハボックは言って片目を瞑って敬礼すると執務室から飛び出していく。その背を見送ったロイは顔を歪めて椅子から立ち上がった。
「一人で待ってなんていられるか、馬鹿ッ」
 ロイはそう呻くように言ってハボック達を追って飛び出していったのだった。


「相変わらず仕事早いな、ブレダ」
「場所が狭いからな。客追い出して部下達配置させるなんざ簡単だ」
 潜入服に着替えて現場に来てみれば、もうすっかり部隊の展開を終えているブレダに向かって言う。犯人を中心に巡らされたバリケードの陰でライフルのチェックをするホークアイにハボックが言った。
「上手くいきそうっスか?中尉」
「人質と犯人の距離が近いから、万一の事を考えれば発火装置を狙った方がよさそうね。都合のいいことに装置を誇示して見せたがっているようだし」
 その言葉に目を向ければ、広場の中央に設置されたオブジェを背後にして人質の女性を抱え込むように立った犯人が、手にした装置を頭上高く掲げているのが見えた。
「装置を壊したら犯人が逆上するんじゃねぇ?」
「その前にオレが奴を取っ捕まえるよ」
 ハボックはそう言うと咥えていた煙草を深く吸って足下に捨てる。捨てたそれを踵で踏み消した時にはハボックの瞳から感情が消えて、硬質なガラスの光をたたえていた。
「こっからグルッと回ってあちら側から梁に上ります。十分もあれば犯人の上に行けるっスから」
「判ったわ。貴方の準備が出来次第狙撃します」
「よろしく頼みます、中尉」
 ハボックはピッと敬礼を投げて寄越すとバリケードの外側を回って梁に上れる場所へと移動する。その間に狙撃の準備を整えようとしたホークアイは、聞こえた足音に振り向いて目を見開いた。
「大佐」
「様子はどうだ?」
 咎めるようなホークアイの口調に気づかぬフリでロイが言う。その時、なかなか自分の要求が受け入れられない事に苛立った犯人が大声を上げた。
「おいッ!さっさとしねぇとスイッチ押すぞッ!!」
 そう怒鳴る声を聞いてロイがニッと笑う。
「いいタイミングだったな」
「大佐っ」
 言ってバリケードの前に出ようとするロイをホークアイが慌てて引き止める。ダメだと首を振るホークアイにロイは言った。
「まだハボックが位置に着いていないんだろう?時間稼ぎが必要なんじゃないのか?犯人の注意を逸らした方がいいだろう?」
「必要ありませんっ、ここは私たちだけで何とか出来ますッ!大佐は下がっていて下さいっ」
「中尉、狙撃準備をしたまえ」
 だがロイはホークアイにそう答えてバリケードの内側に入ってしまう。小声で悪態をついたホークアイはブレダに注意するよう言って、自分は狙撃準備に入った。
 

 その頃、梁への登り口に着いたハボックは、器用にスルスルと梁の上に上がり照明のケーブルが張り巡らされた梁の上を音も立てずに犯人の真上の位置へと移動していく。真下に犯人の姿を確認して、下へ降りるためのワイヤーを括りつけようとしたハボックは、バリケードの内側に入ってくるロイの姿を見てギョッとした。
「あの人っ、待ってろって言ったのに!」
 思わず大声で罵りそうになって口を覆った手のひらの中でハボックはもごもごと言う。うっすらと笑みを浮かべて犯人の相手をするロイを目の端に捉えながら、手はワイヤーを梁にしっかりと固定していた。
「後でみっちり叱ってやる」
 どちらが上官で年上だか判らない事を呟きながらハボックは梁の上から準備完了の手信号を送る。ハボックがワイヤーを片手で掴みいつでも犯人に飛びかかる準備をして待てば、数秒とおかずにライフルの音が響き渡り犯人の手から発火装置が吹き飛んだ。
「ッッ」
 ヒュッと息を吸ってハボックは梁を蹴って飛び降りる。発火装置を吹き飛ばされて驚愕する犯人の頭上めがけてハボックは握ったワイヤーを一気に滑り降りた。
「ハッ!」
 短い呼吸音と共に犯人を蹴り倒し、吹き飛ぶ犯人の体を追うように飛びかかって首筋に手刀を打ち込む。昏倒する犯人をそのままにハボックはすぐさまとって返すとオブジェの側にヘナヘナと座り込む人質に駆け寄った。
「大丈夫っスかっ?!」
「助けてッ!!助けて下さいッ!!」
 恐怖に顔を歪めて叫ぶ女性に駆け寄ったハボックは、女性の体に巻き付けられた爆弾を取り外そうとして目を見開いた。
「これ…ッ」
 鍵で括りつけられた爆弾にはタイマーが取り付けられ、しかもその残り時間は二分を切っていた。
「ハボッ、どうしたっ?!」
 昏倒した犯人の拘束は小隊の部下達に任せてブレダが駆け寄ってくる。ハボックは青い顔でブレダを見て言った。
「タイマーが動いてるッ!残り時間1分45秒ッ!!」
「なんだってっ?!」
 後から駆け寄ってきたロイがハボックの言葉を聞いて叫ぶ。鍵の種類を見極めようと裏表と返して見ているハボックの手元を覗き込んで言った。
「外れそうかっ?」
「外しますッ!!ブレダ、大佐向こうに連れていってッ!」
「おうっ」
「な…ッ?!」
 ハボックの言葉にギョッとするロイの腕をブレダが掴む。慌てて振り解こうとするロイの反対側の腕をホークアイが掴んだ。
「離せッ、中尉ッ!!」
「頼んだわ、少尉」
「うすッ!」
「ハボック!!」
 叫びならホークアイとブレダに引きずられていくロイを振り向きもせずハボックは頷く。真っ青な顔で震える女性にハボックは笑って言った。
「大丈夫、すぐ外しますから」
 言ってハボックは顔から笑みを消し、細い何カ所か折れ曲がった細い工具で鍵を外しにかかる。刻々と時間が過ぎる中、信じられない程の集中力で工具を操り続ければ、やがてカチッと音がして鍵が外れた。
「外れたッ」
 ハボックは言うと同時に女性の体から爆弾を取り外す。
「走って!ブレダッ!!」
 外した爆弾を片手に持ったままハボックは女性の背を押して促した。それと同時にバリケードのところまで下がっていたブレダが飛び出し転びそうになりながら走る女性の腕を取る。
「ハボっ!!」
「早く離れてッ!!」
「ハボックっ!!」
 バリケードの外側に引きずり出されたロイが、ブレダの手を借りて女性が逃げ出すのを見て叫んだ。ハボックは取り外した爆弾を持ったままだ。もう殆ど残り時間がない筈とロイが顔を歪めた時、ハボックが頭上めがけて爆弾を放り投げた。梁を抜けて真っ直ぐに高々と上がる爆弾に向かってハボックは銃を構える。爆弾が一番高い点に到達し、今度は落ちてくるという直前にハボックの銃が火を噴き狙い違わず爆弾を打ち抜いた。


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