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| 果てなき恋のバラード 第二十九章 |
| 促されて中へ入れば客達が話す声や食器の音、奥の厨房から聞こえる料理人のたてる音がざわめきとなって店を包んでいる。それは決して騒々しいものではなく、上品な店の雰囲気と相まって食事に訪れた者を寛がせるものとなっていた。店はほぼ満席の状態で、給仕が料理の皿を手に忙しそうにテーブルの間を行き来している。皿の料理はどれも美味しそうで、客達の満足そうな顔を見れば実際の味も判るというものだった。 「こっちだ」 カイはテーブルの間を通り抜けハボックとロイを奥の部屋へと案内する。カイについていけば店の奥には個室が用意されていて、カイは扉の前に立つと軽くノックした。 「叔父貴、二人を連れてきた」 「入れ」 中から声が聞こえてカイは扉を開ける。十人ほどが座れる円卓には一番奥の席に陳が腰掛けていた。 「ようこそ、さあ、座って下さい」 そう促されてロイとハボックは陳のほぼ正面に腰を下ろす。陳から一つあけてカイが椅子に座ると、すぐさま給仕が飲み物のグラスを運んできた。 「さっきはこの無礼者が失礼したね」 「いえ、こちらの方こそ礼儀を知らない奴でご迷惑をおかけしました」 陳の言葉にロイが答えて言う。ほんの少し不服そうな顔をするハボックをチラリと見てロイは続けた。 「シンにも迷惑をかけてしまいました。後でちゃんと弁償を」 「いや、それには及ばない。シンの店は私の方で処理しておく。それがこのコミュニティのやり方なのでね」 「そうですか。ありがとうございます」 そう言われては素直に受けるしかない。ロイは胸の前で手のひらと拳を合わせる独特な礼をして、陳に感謝の気持ちを示した。 そうやって話す間に給仕が次々と皿を運んでくる。湯気の上がる大皿から小皿につぎ分けた給仕が円卓をまわすと、陳は一皿取り上げロイ達の方へ卓を回した。 「どんどん食べてくれ。私の自慢の料理人達が腕を振るった料理だ」 「はい、いただきます」 勧められてロイが皿を引き寄せる。心配そうに見つめてくるハボックが本当は毒味をしたいと判っていながら、ロイはさっさと料理に手をつけた。 「ローラ」 「旨いぞ、お前もいただいたらどうだ?」 小声で話しかけてくるハボックにロイは料理を頬張りながら言う。実際陳が言うだけあって、料理はロイがこれまでに食べた中でも一二を争うほど旨いものだった。 「この店は祖国の料理の味を知ってもらう為の店だとカイに聞きました。確かにこの料理を食べたら料理のことだけじゃなく色んなことを学びたいと思うでしょうね」 「みんながそう思ってくれるならいいんだが」 陳はロイの言葉に笑いながら答える。暫くの間、たわいもない話をしていたが、食事も半ばを過ぎた頃になって陳が言った。 「叔父さんを探していると言っていたね?その後何か行方の判るような情報が?」 そう尋ねられてロイもハボックも内心緊張する。だが、それを全く感じさせない声でロイが答えた。 「いえ、残念ながらまだなにも」 ロイは言って小さくため息を零す。心配そうに目を伏せるロイをじっと見つめて陳が言った。 「それなら私の方でも少し探してみよう。何か判ったら連絡を差し上げる」 「……ありがとうございます」 「カイ、今日の無礼のお詫びに彼女が叔父さんを探すのを手伝ってあげなさい」 「「えっ?!」」 突然の陳の言葉にそれまでほとんど口を利かなかったハボックとカイが素っ頓狂な声を上げる。慌てて口元を押さえながらも不服そうな表情を浮かべるハボックに、陳は笑みを浮かべて言った。 「婚約者としては若い男が彼女の周りをうろつくのは気にいらんかもしれんが、それなりに役にたつから使ってやってくれ」 「や、別に気に入らないとかってわけじゃ……っ」 「陳大人、わざわざそんな事までして頂かなくても私たちだけでなんとか───」 しどろもどろで言い訳するハボックに続けてロイも慌てて断りを入れる。だが、陳は鷹揚に笑って言った。 「なに、どうせ暇を持て余してるんだ。遠慮なくつかってくれたらいい」 そう言われてロイはカイに視線を向ける。思い切り嫌そうな顔をしながらも口に出してそうは言わないところを見れば、陳がそう言った時点で決定事項なのだろう。 「判りました。それでは手伝い、お願いします」 ロイの言葉に陳は笑って頷き、ハボックとカイは益々顔を顰めたのだった。 「それじゃあ明日からはそのカイって男も一緒に捜索に加わるんですか?」 アパートに戻って今日の出来事を互いに報告し合えば、ヤンが驚いて目を瞠る。同じように驚いて見つめてくるキムと二人に頷いてハボックが言った。 「全く冗談じゃねぇ。なんであんな奴と一緒に」 普段なら誰とでもそつなく付き合うことの出来るハボックの、嫌悪感丸出しの物言いにロイが首を傾げる。 「珍しいな、お前がそんなに嫌うなんて」 「だって!やりにくいじゃないっスか。そもそもあんな事言い出すなんて、なに考えてるのか、さっぱり判んないっスよ」 「まあ、それはそうだが」 どうして陳がそんな事を提案したのか、確かに理由が判らない。単に無礼を詫びる為だけに人探しを手伝うとは思えなかった。 「絶対なにかあるっスよ」 そう断言するハボックに、ロイは僅かに眉間の皺を深める。少し考えてから皆に言った。 「とにかく今は断る理由がない。それに捜索も進展がないからな、使えるものは使わせて貰おう」 ロイがそう言えばハボックが不満そうにロイを見る。その目を見返してロイが言った。 「そんな顔してもダメだ。もう決めたからな」 「判ったっスけど、アンタこそくれぐれも気をつけて下さいよ?」 「そんな事は言われなくても判ってる」 ムッとして答えるロイにハボックは手を伸ばす。ジェルパッドを忍ばせたブラをつけた胸をツンとつついた。 「ッッ!!なっ、なにをするッッ!!」 突然の事にロイがギョッと飛び上がる。幾らニセモノとはいえなんだか本当に胸をつつかれたようで、ロイは腕で胸を隠して紅い顔でハボックを睨んだ。 「判ってるってホントっスか?口調は全然いつものまんまだし、女の子だって事忘れないで下さいよ?」 「そんなの、言われるまでもないッ!」 「本当かなぁ」 ハボックは言ってロイの髪をかき上げる。硬直するロイの顔を間近に覗き込んで言った。 「まあこんな可愛い顔してりゃ大丈夫と思うけど、くれぐれもバレないようにね、ローラ」 「判ッ、判っテルッ!!」 ロイは裏返った声で答えてガクガクと頷いたのだった。 |
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