果てなき恋のバラード  第二十六章


「いらっしゃい!……あれ、彼氏も一緒かい?」
 中に入ったロイを追いかけてハボックも店に入ればさっき声をかけてきた男が言う。さっさとカウンターに腰をおろしてしまうロイに並んでスツールに腰掛けながら、ハボックはちらりとロイを見た。
「いやあ、さっきは凄かったね!こんな可愛い女の子が男の腕を捻りあげちゃうんだから!」
「ありがとう、でも偶然。掴んで捻ったらたまたま上手くいっただけ」
 賛辞の言葉にロイがにっこりと笑って言う。その完璧な笑顔に、カウンターの中でグラスを磨いていた男の手からスルリとグラスが滑り落ちた。
「おっと」
 咄嗟に手を伸ばしてハボックがグラスを受け止める。
「おい」
 と不機嫌に声をかければ、ハッとした男が慌てて笑みを浮かべて言った。
「ああ、ごめん。ありがとうっ」
 男はそう言ってハボックの手からグラスを受け取ると、赤い顔でボリボリと頭を掻く。あははと笑う男にロイがにこにこと笑いかければ、男は「サービス!」と言って枝豆が山盛り載った皿をロイの前に置いてそそくさと店の奥へ引っ込んだ。
「……アンタ、愛想振りまきすぎ。そんな可愛い顔してみせて、妙なことになったらどうするんスか」
「いいじゃないか、別に。せっかくこんな格好してるんだし」
 澄ました顔で言いながら豆に手を伸ばすロイにハボックはため息をつく。やれやれとため息をつきながら、店員にビールを注文するハボックの横顔をロイはそっと伺った。
(どうせ本気でそんなこと思ってやしないくせに)
 馬鹿、とロイは声に出さずに悪態をつく。ハボックにとって自分が「可愛い」なんて存在でないことは、ロイは百も承知だった。
(馬鹿は私か。男の私が可愛いと思われたいなんて、どうかしてる)
 ロイはそう思って内心自分で自分を殴る。キュッと目を瞑って顔を上げれば、さっき奥に引っ込んだ店員が戻ってきたところだった。
「あれ?注文まだ?」
 ロイがさっきサービスだと言って出した豆しか食べていない事に気づいて男が言う。ロイはニコッと笑って答えた。
「貴方にお願いしようと思って」
 そう言えば男が顔を赤らめ、ハボックが睨んでくる。何となくそれで溜飲が下がるような気がして、ロイは少しだけすっきりしてカクテルとサラダやチキンを注文した。
「どうぞ」
 へらへらと顔を赤らめて男はロイの前にグラスや皿を並べる。チラリとハボックを見てからロイに尋ねた。
「ええと、こっちの人は彼氏だよね?」
「婚約者っス」
 その問いにロイが答える前にハボックが低い声で口を挟む。その声に二人を見比べてがっくりと肩を落とす男にロイは言った。
「婚約してるだけで結婚してるわけじゃないから」
「ローラ!」
「だって本当のことでしょ」
 ツンと澄まして言うロイにハボックがキーッと眉を吊り上げる。男はそんな二人にクスリと笑って言った。
「ローラっていうんだ」
「そう。貴方は?」
「俺はシン。コミュニティには遊びに?」
「……人を捜してる」
 ちょっと悩んでロイは言うと視線を落とす。その長い睫にドキドキしながらシンは尋ねた。
「人?名前は?」
「チャン」
 言って期待するように見上げてくる黒曜石の視線に顔を赤らめながらシンは首を捻る。暫く考えていたが、やがて申し訳なさそうに首を振った。
「ごめん、聞いたことないや」
「そう……」
 がっかりと肩を落とすロイにシンは慌てて言う。
「あ、いや、でもこういう仕事してっと情報も集まりやすいし!俺も色々聞いてみるから」
 だから元気出してと言うシンにロイも笑みを浮かべてみせる。にこにこと微笑みあう二人の間に、ハボックがズイとグラスを突き出した。
「おかわり!」
「うわっ、はいっ!」
 ジロリと睨まれてシンは飛び上がって答える。慌てて次のグラスの用意をするシンに凄みを利かせるハボックにロイは呆れたようなため息をついた。
(別にいいけど)
 これが本当にヤキモチを妬いての行動だったら嬉しいだろうが、生憎今のこれは単にロイのやりすぎに歯止めをかけようとしているだけに過ぎない。
 ロイはそっとため息をついて肘をつくと、ハボックとは反対方向をなんの気なしに眺めた。そうすれば幾つもの視線と目があって、ロイはにっこりと笑ってみせる。その途端、顔を赤らめたり目を逸らしたりする男たちにロイは内心肩を竦めた。
(こんな格好してるだけなのに)
 自分と同じ男であるだけに何となく空しくなる。ロイはそっとため息をつくとカクテルに口を付けた。


「……なんか機嫌悪くないですか?」
 アパートに帰れば今日の報告のために部屋にやってきたヤンが言う。二人の部下に顔色を伺われて、ハボックはムスッとして言った。
「……ローラが無茶ばっかりするから」
 そう言ってハボックがため息をつくのをきいて、ヤン達はロイをそっと見る。素知らぬ顔でペットボトルの水を呷るロイに部下達は困ったように顔を見合わせた。
「別に無茶なんてしてないだろう?バーで色々話をしただけだ」
 結局あの後、ロイの勇姿に感動した男達がとっかえひっかえ話しかけてくるのに、一人一人楽しげに答えるロイに、ハボックが途中でキレて帰ってきてしまったのだ。
「せっかく色々話を聞いてたのに」
「だからってねぇ、あんなに愛想振りまく必要ないっしょ!」
「過保護過ぎだ、お前。私を誰だと思ってるんだ」
「ローラ・チャン。オレの婚約者っス」
 即答でそう答えるハボックにロイは眉を寄せる。それでも不機嫌なハボックをジロリと一瞥して言った。
「とにかくこの方が色々聞きやすいことが判ったからな。明日もこの線で行くぞ」
「ローラ!」
「そもそもこんな格好しろと言ったのはお前なんだからな。四の五の煩い」
「う」
 ピシャリと言えば言葉に詰まるハボックに、ロイは幾分すっきりしてシャワールームに入っていったのだった。


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