果てなき恋のバラード  第二十五章


「くれぐれもオレの側から離れないでくださいね」
「いい加減しつこいぞ、お前」
 アパートを出る前から何度も何度も繰り返した言葉をまた口にするハボックをロイは睨む。昼の捜査だけでは埒があかず時間を夜に変えて捜査をしようと、ネオンの輝く町を並んで歩きながら、ハボックはため息をついた。
「んなこと言ったって心配なんスもん」
 夜の町を楽しもうと行き交う人々の間を歩きながらハボックは気が気でない。正直、さっきからロイを無遠慮に見てくる幾つもの視線を感じて、ハボックはロイを一緒に連れてきたことを早速後悔し始めていた。
「アンタ、可愛すぎっス」
「はあ?」
 ハボックが言えばロイが思い切り嫌そうな声を上げる。
「バカか、お前は。私よりよっぽど魅力的な女性がいっぱいいるじゃないか」
 ロイは言って長めの前髪をかき上げる。そんな仕草すら妙に色っぽくて、ハボックは一瞬ロイが本当に女性なような気がした。
「実は性別誤魔化してるってこと、ないっスか?」
 ロイの耳元にコソッと囁けばロイがピタリと足を止める。真剣な顔で見つめてくるハボックを睨むと、その耳を思い切り引っ張った。
「阿呆なことを言っている暇があったらしっかり働け…っ」
「いでっ、イデデデデッッ!!ローラ、痛いっス!耳、ちぎれるッ!!」
 引っ張られる方向に体をググーッと折り曲げてハボックが叫ぶ。パッとロイが手を離せば、涙を滲ませたハボックが耳を押さえて恨めしげにロイを見た。
「ひでぇっス、ローラ」
「下らんことを言うからだ」
 ロイはそう言ってプンッと顔を背けるともの凄い勢いで歩いていってしまう。
「あっ、ちょっと!離れないでって言ったのにッ!」
 ハボックは片手で耳を押さえたまま慌ててロイを追いかけた。
「ローラ!」
 だが、人々で賑わう通りの中、ズンズンと歩いていくロイの姿は酔客に紛れて見えなくなってしまった。
「ちょ…っ、……冗談!」
 ハボックは耳の傷みも忘れて行く手を塞ぐ人々を突き飛ばすようにして走る。きょろきょろと辺りを見回せば、背筋のピンと伸びた背中が角を曲がっていくのが見えて、ハボックは慌てて後を追った。


「ローラ!」
 背後にハボックが呼ぶ声が聞こえたが、ロイは構わず歩いていく。
「言うに事欠いて何を言ってるんだ、あの馬鹿ッ!」
 口汚く罵れば、行き交う人が驚いた用にロイを見た。
(何が性別誤魔化してないか、だ。ふざけるのもいい加減にしろッ!)
 もし自分が女性だったら、こんな風に言葉にできない想いを抱えてウジウジすることもないのにとロイは思う。例えフられたとしても自分の気持ちを伝えることも出来ない今よりずっと幸せだろうに。
「馬鹿…っ」
 噛み締めた唇から呻くようにロイが言葉を吐き出した時。
 ドンッと前から来た男と思い切りぶつかってしまう。よろめきながらも思い切り男を睨めば、相手もムッとしたようにロイを睨んできた。
「おいっ、気をつけろよ!」
「それはこっちのセリフだ」
 凄みをきかせて言ったつもりが可愛い女の子にそう返されて、男は一瞬目を見開く。それからジロジロとロイを見て言った。
「可愛い顔して可愛げがねぇな。口のきき方ってのを教えてやろうか?」
「そんなもの、お前に教わらなくても判ってる。お前のような奴には話すべき言葉などないって事だ」
「な……ッ」
 ピシャリと言うロイに男が目を剥く。
「口のきき方より先に態度を改めさせてやるッ!!」
 男は怒鳴ってロイに向かって腕を伸ばした。その手がロイに掴みかかる寸前、スッとよけたロイが男の腕を掴む。グイッと捻り上げれば男の口から悲鳴が上がった。
「態度を改めるのはお前の方だ」
「いてぇッ!!折れるッ、腕が折れるッッ!!」
 容赦なく捻り上げられて男が情けない声を上げる。それでも腕を離さずにいれば、後ろから延びてきた手がロイの手を掴んだ。
「その辺にして、ローラ」
 そう言う声に振り向けば、ハボックがロイを見下ろしている。渋々とロイが手を離すと、よたよたと蹲る男にハボックが言った。
「おい、大丈夫か?悪かったな」
 ハボックはそう言って男が立ち上がるのに手を貸す。
「くそっ、ふざけやがって……っ」
 男はハボックの手を振り払うと、騒ぎに集まってきていた野次馬を押し分けて逃げていってしまった。
「よっ、ねえちゃん、強いなっ!」
「カッコよかったぜ!」
 途端に周りからかかる声にハボックが苦笑して頭を下げる。ハボックはロイの腕を掴むと野次馬の輪から足早に抜け出した。
「もうっ、騒ぎ起こさないでくださいよ!」
「悪いのはあっちだ」
「そもそもオレの側離れないで、って言ったのに」
 そう言われてロイはムスッとしてハボックを睨む。ハボックがため息をついて尚も言おうとしたとき、近くの店から声がかかった。
「よお、勇ましい彼女!よかったらうちで飲んでいきなよ!サービスするよ!」
 そう言う店主にハボックが断りを入れようとするより早く、ロイは店に向かって歩きだしてしまう。
「ちょっと、ローラ!……もうっ」
 さっさと店の中に入ってしまうロイにハボックは思い切り舌打ちして、仕方なしに後を追って店に入ったのだった。


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