果てなき恋のバラード  第二十四章


 その後も雑貨を扱う店や食料品店、果物屋、薬局と通りに並ぶ店に入ってはそれとなしにチャンの行方を尋ねてみるが、誰一人知っている者はいなかった。
「そろそろ時間だ。アパートに戻ろう」
「そうっスね。ヤン達も帰ってくる頃だろうし」
 懐中時計で時間を確かめたロイが言う。ハボックが頷いて、二人はアパートに向かって来た道を戻っていった。
 アパートに帰れば既にヤン達が戻っていて、すぐにロイ達の部屋にやってくる。ハボックが冷蔵庫から出したペットボトルを配れば、それに頭を下げて謝意を表したキムが一口飲んで喉を潤してから言った。
「あちこち店を回って尋ねてみましたがチャンを知っているという者はいませんでした。それらしい男の情報も今日のところはまだ」
 どうやらロイ達とさして変わらぬ結果だったらしい。知らずため息をつくロイにハボックが言った。
「まあまだ一日目っスからね。そんなに簡単に見つかったんじゃ、かえって張り合いもないってものっスよ」
「張り合いがなんだ。早いとこ終わらせて私はとっとと帰りたいぞ」
 そう言って忌々しげに己の胸を見つめるロイに、ハボックがクスリと笑う。
「意外と善くてクセになりそうっスか?」
「燃やされたいのか、ハボック」
 ジロリと睨んでくる黒い瞳にハボックは肩を竦める。そんなハボックにフンと鼻を鳴らして、ロイは言った。
「暫くは地道に聞き込みだな。馴染みになれば聞き出せる情報もあるだろう」
「そうっスね」
 ロイの言葉にハボック達が頷く。ロイはガタリと席を立つと寝室に続く扉に向かった。
「私はもう休む。お前達も適当にしてくれ」
「えっ?メシは?大佐、じゃねぇ、ローラ」
 思いもしない言葉にうっかりいつものクセが出て、ハボックは慌てて訂正する。それをジロリと睨んでロイは言った。
「腹が空いてない。食べに行くなら三人で行ってきてくれ」
 そう言って寝室に入ろうとするロイの腕をハボックが掴む。グイと振り向かせて言った。
「ダメっスよ、ちゃんと食べないと。明日に備えて力つけんのも仕事の内っしょ?」
「でも、私はっ」
「腹空いてないならサンドイッチとかでもいいし。……キム」
「すぐ買ってきます」
 名を呼ばれてハボックの意図を察したキムが早足で部屋を出ていく。ハボックはロイの腕を引いてさっきまで座っていた椅子にロイを座らせて言った。
「慣れない潜入操作で緊張してるのかもしれないっスけど、そんな時ほど普段と同じように過ごした方がいいっスよ。きちんと食ってきちんと寝て、そうすりゃ元気も出て任務もとっとと終わらせられます」
 ね?と笑う空色に、ロイは胸が痛くなる。なにも答えずムスッとした表情で座っていれば、程なくキムが戻ってきた。
「すみません、こんなものしかなくて……」
 キムは言って包みをテーブルに置く。ガサガサと開けば中からホカホカの肉まんが出てきた。湯気と一緒に旨そうな匂いが漂って、ロイの腹の虫がクゥと鳴く。カアッと顔を赤らめたロイに、ハボックは笑って包みをロイの方へ押しやった。
「ほら、食って、ローラ。今お茶淹れるっスから。お前らもここで食ってけ」
 ハボックの言葉にキムとヤンが頷く。俺が淹れますよ、と言うヤンに手を振って、ハボックはキッチンに消えると少ししてトレイにカップを載せて戻ってきた。
「さっき食料品店に行ったとき茶葉を買ったんスよ。丁度よかった」
 ハボックは言ってジャスミンティーの入ったカップを皆に配る。自分も腰を下ろして肉まんに手を伸ばすとカプリとかぶりついた。
「お、旨い。ローラも、ほら」
 なかなか手を出そうとしないロイの手にハボックは肉まんを持たせてやる。手にしたそれをじっと見つめてそれからロイは漸くカプと齧った。
「……旨い」
「腹減ってんスもん、当然っスよ」
 そう言ってにこにこと笑うハボックをロイは上目遣いに伺う。それから視線を戻すと、ロイは大きな肉まんを瞬く間に平らげてしまった。


 とりあえず腹を塞いでキムとヤンが部屋に戻ると、ロイとハボックは順番にシャワーを浴びる。やっと胸のパットを外せてホッとしたのも束の間、再びつけるように言われてロイは眉を顰めた。
「寝るときくらい外してたっていいだろう?」
「ここじゃなにが起きるか判らないんスからつけといてください。中尉にも言われてたっしょ?」
 さりげなくホークアイの名を出すハボックをロイは恨めしげに見る。それでも渋々頷いて、ロイは寝室へと入った。
「……はあ」
 漸く一人になってロイは深いため息をつく。ドサリとベッドに仰向けに倒れ込んで天井を見上げれば、ハボックの言葉が頭に浮かんだ。
『慣れない潜入操作で緊張してるのかもしれないっスけど、そんな時ほど普段と同じように過ごした方がいいっスよ』
「緊張してるのはお前のせいだ……」
 好きな相手と四六時中一緒にいるのがこんなに辛いとは思わなかった。しかも婚約者なんて余計な肩書きまでついている。そうと決まった時気の毒そうに見つめてきたブレダの顔が思い出されて、ロイは思い切り顔を顰めた。
「くそ……ッ、とっととチャンを見つけてこんなところおさらばしてやる…ッ」
 すぐそこにいるハボックの気配を嫌と言うほど感じながら、ロイはそう言ってブランケットに潜り込んだ。


 翌日もその翌日も、場所を変えながら同じように調べて回ったもののチャンの行方は掴めなかった。虚しい情報交換の場で、ロイは一つため息をついて言う。
「明日からは夜、調べに行くことにしよう」
「夜っスか?だったらアンタはここで留守番しててください」
 新しい方法を提案すればそんな事を言うハボックにロイは目を見開く。キッと空色の瞳を睨みつけて言った。
「どうして私が留守番なんだっ」
「女の子を夜遅く連れて歩いたら危ないっしょ?」
「……ハボック、言っておくが私は男で軍人だ。幾らこんな格好をしているからってそうそう遅れをとってたまるか」
 本気で腹をたててそう言うロイにハボックはため息をつく。元々ロイをここへ連れてくること自体反対だったのだ。
「ここじゃ発火布持ち歩くわけには行かないんスよ、ローラ」
「そんな事は百も承知だ」
 そう言って挑むように見つめてくる黒曜石に、ハボックはロイが折れるつもりがないことを察する。げんなりと息を吐き出して言った。
「判ったっス。でも、くれぐれも無理せんでくださいよ?」
 中身はどうあれ見た目は可愛い女の子のロイを、酔客がたむろする夜の街に連れていくのかと思うだけで心配でしょうがない。
(なんか危なっかしいんだよな、大佐って)
 それでもロイの意志を変えられないなら護衛官の自分としてはロイを守ってやるしかない。
(まぁ、なるようになるしかないか……)
 苦笑してハボックは、キムやヤンとこっそり頷きあったのだった。


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