果てなき恋のバラード  第二十三章


「それじゃあ二手に分かれよう。私とヤン───」
「ローラとオレっしょ」
「どうして私とヤンじゃいけないんだ」
 すぐさま訂正を入れるハボックをロイはジロリと睨む。
「どうしてってオレとローラは婚約者なんスよ?別々に行動したらおかしいでしょうが」
 なあ、とヤンとキムに同意を求めれば二人も頷いた。
「んじゃ多数決で決まり。オレとローラ、ヤンとキム。いいっスね」
 至極真っ当な理由を言われればそれに対抗する理由が咄嗟に思い浮かばない。名前が呼べないからは理由にならないどころか「呼べるようになるまで練習しましょう」などと言われかねず、ロイはムスッとしてハボックを睨んだ。
「よし、じゃあ分担決めるぞ。お前達は南大門から西側を、オレ達は東側を調べる。夕方六時にはここへ戻って情報交換だ」
「判りました」
 ヤンとキムは顔を見合わせて頷くと足早にアパートを出ていく。それを見送ったハボックはロイを振り向いて言った。
「オレ達も行きましょう、ローラ」
 そう言ってハボックが差し出してくる手をロイはじっと見つめたが、ペシッと叩き落として部屋を出て行ってしまった。
「せっかく手繋ごうと思ったのに」
 後から追いかけてきてそんな事を言うハボックにロイは足を止めてため息をつく。ハボックの顔を見上げて言った。
「言っておくが私に必要以上に触るな」
「ローラ、女の子らしい口のきき方しなさいってリザ姉さんに言われたっしょ?」
 ロイの言う事には答えずそんな事を言うハボックに、ロイはツンと顔を背けて歩き出す。ハボックは仕方なしにロイの隣に並んで歩いた。南大門につくと二人は東に向かって延びる通りに沿って歩き出す。居並ぶ店をのんびりと覗きながらあるけば、アクセサリーを扱う店の店主が話しかけてきた。
「こんにちは、お嬢さん。アンタにぴったりのイヤリングがあるよ!見ていきなよ!」
 言われてロイはチラリとハボックを見る。頷く空色にロイは笑みを浮かべると店主に答えた。
「ありがとう、どんなイヤリング?」
 言いながら店の中に入れば店主がガラスケースの中からピアスを取り出す。オニキスとダイヤを使ってデザインされたそれをビロードの台に置いてロイの前に差し出した。
「へぇ、綺麗じゃないっスか」
 ロイの肩越しに覗き込んでハボックが言う。店主はロイとハボックを見比べて言った。
「もしかして彼氏かい?それじゃあ彼女に買ってあげなよ。絶対似合うから」
「これって何の石っスか?」
 ハボックが黒く輝く石を指さして尋ねる。
「オニキスだよ。オニキスっていうのは“神の爪”っていう意味なんだ。美の女神アフロディーテの爪から出来たって言われてる。彼女にぴったりだろう?」
 そう言われてハボックはロイを見る。見返してくる黒曜石を見て、ハボックは言った。
「うん、でもこの黒に勝るものはないからさ。それはやめておくよ」
 そう言って頬に触れてくるハボックにロイは目を見開く。店主はそんなハボックにため息をついて言った。
「そう言われちゃうと勧められなくなっちゃうなぁ。じゃあこれなんてどう?」
 店主は言いながら他のピアスをいくつか台に載せる。ハボックはチラリとそれを見て言った。
「指輪がいいな、指輪見せてよ」
「ああ、そうか。恋人へのプレゼントなら指輪だ」
 嬉しそうに言った店主が奥のショーケースに指輪を取りに行く間に、ロイはハボックの足を蹴った。
「おい」
「いいじゃないっスか。いきなり聞くのも変な話だし」
「だからって───」
 言いかけた言葉を言い終わらぬうちに店主が戻ってきて、ロイは仕方なしに口を噤む。あれでもないこれでもないと指輪を見ていたハボックがロイを振り向いて言う。
「ねぇ、ローラ。どれか気に入ったのあるっスか?」
「っ!私は別に……」
 突然そう聞かれてもごもごと口ごもるロイにハボックは笑った。
「素直にこれがいいって強請ってくれればいいのに。……彼女いっつもこうなんスよ」
「ああ、そんな感じだねぇ」
 よく知りもしないくせにそう相槌を打つ店主をロイは内心罵る。ハボックは店主に向かってため息をつきながら言った。
「こんなだから彼女のおじさんもいっつも心配してて」
「おじさんが?」
「彼女の親代わりなんスけど……。実は少し前にコミュニティに行くって言ったきり連絡とれなくなっちまって」
 言って心配そうに眉を寄せるハボックに店主が「おや」と眉を顰める。
「見かけない顔だと思ったらそういう事情か。探しに来たってわけだ」
「マイケル・チャンって言うんスけど……聞いたことないっスか?」
 聞かれて店主は「うーん」と唸った。
「聞いたことないなぁ」
「そうっスか……」
 がっかりと肩を落とすハボックに店主が言う。
「何か判ったら教えてやるよ」
「ありがとう、また寄らせて貰います」
「んで、指輪はどう?」
 ちゃっかりとそう尋ねてくる店主にハボックは苦笑したものの、小さなアクアマリンがついたピンキーリングを指さして言った。
「じゃあ、これ貰おうかな」
「薬指につけるリングじゃなくていいのかい?」
「……オレ、彼女のおじさんに嫌われてっから」
 そう言って肩を竦めるハボックを店主は上から下までジロジロと見る。
「確かにアンタ、胡散臭そうだもんな」
「そりゃないでショ!」
 店主の言葉にハボックは本気で情けなく眉を下げる。それでも金を払って選んだリングを受け取るとロイを促して店を出た。
「お前、よくもデタラメをベラベラと」
「まあいいじゃないっスか」
 睨んでくる黒曜石にハボックはそう答えると買ったばかりのリングをロイに差し出す。
「はい、どうぞ」
「え?」
「せっかく買ったんスから」
 そう言って差し出される指輪をロイはじっと見つめる。キュッと唇を噛んで言った。
「受け取れる訳がないだろう。持ってかえって彼女にあげればいいだろうが」
「残念ながら今つきあってる子、いないんで。それに」
 とハボックは続ける。
「アクアマリンって月の女神ディアナの石なんスよ。アンタにぴったりっしょ。大体買ったのにつけてなかったら次にあの店行くとき、変に思われるじゃないっスか」
「ちょ……ッ」
 ハボックは言ってロイの小指に強引に指輪をはめてしまう。
「似合うっスよ」
 そう言って笑う空色にロイはなにも言えずに俯いた。
「じゃ、次行きましょうか」
 ハボックは言って、ぶらぶらと通りを歩いていく。ロイは俯けた顔を上げてハボックの背を見つめ、指にはめられた指輪を見てため息をついた。
(この石をつけて恋しい相手の事を想うと想いが届くって……知ってるわけないか)
 自分の想いにすら気づいていないハボックだ。ロイはもう一度ため息をつくとハボックの後を追って歩きだした。


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