果てなき恋のバラード  第二十一章


「大佐、少尉、どうぞお気をつけて!」
「くれぐれも大佐をよろしくね、少尉」
「任せておいてください」
 見送る司令室の面々に頷いてハボックはバックパックを背負う。ムスッと口をへの字に曲げたままそっぽを向いているロイの背中を押して言った。
「さ、行きましょ、大佐……じゃねぇや、ローラ」
 言われてロイはハボックをギッと睨む。それでも口に出して文句は言わずに司令室を出ると外へと向かった。玄関につけてある車に乗り込めばヤンがハンドルを握る。四人はコミュニティのすぐ近くまで車で行き、そこからは徒歩で中へと入る計画だった。
「まだ怒ってるんスか?大佐」
 車に乗り込んでからも口をへの字に引き結んだまま一言も発しないロイにハボックが聞く。心配そうに覗き込んでくる空色の瞳にロイはため息をついて言った。
「どうして私が女性の真似事をしなくちゃならないんだ」
「その方が自然っしょ?男ばっかりぞろぞろ四人も行くより人目を引かないっスよ」
「だからってどうして私なんだッ!」
 そう言って目を吊り上げるロイにハボックは助手席のキムとルームミラーの中で目を合わせて苦笑する。
「だってこのメンツで他に女性に見える奴、います?」
 ヤンもキムも東洋人の常で小隊の中では小柄な方だ。だが、女性として通すには体格的に無理がある。ハボックとなれば言わずもがなだ。
「だっ、だが、この胸は……ッ」
 ホークアイの賛同を得てロイが女性として任務に当たることは、ロイの意志に反してすんなりと決まってしまったが、化粧とスカートだけは頑なに拒んだロイに「これだけはつけて」と差し出されたのは、女性の胸に似せたジェルが仕込まれたブラジャーだった。
「大佐、素でも十分可愛いっスけど、やっぱ胸ないと拙いっスから」
「〜〜〜ッッ」
 言われてロイは自分の胸を睨む。ハボックはそんなロイを見て言った。
「あ、もしかしてもっとボインがよかったっスか?だから機嫌悪かったとか?」
「お前と一緒にするなっっ!」
 思わずそう怒鳴れば助手席のキムが耐えきれずにプッと噴き出す。キッとロイが視線をやれば、キムは慌てて咳払いすると正面を見つめた。
(それによりによって恋人同士だなんて……)
 そう言う設定だから何かしなくてはいけないという事はないだろう。だが、「恋人同士で」と言い出す事自体、ハボックがロイの事をなんとも思っていないと告げているようで、ロイはしくしくと痛む胸をそっと押さえた。
「気に入らないのは我慢して貰うしかないとして、名前、間違わないでくださいね。ちゃんとジャンって呼んでくださいよ」
「それだ!」
 ロイはハボックの言葉にハボックを睨む。
「どうしてお前はジャン・スジョンで私はローラ・チャンなんだ?」
「どうしてって、恋人同士だから……あ、夫婦の方がよかったっスか?」
 別姓なのが気に入らないのかとハボックが尋ねればロイが思い切り舌打ちした。
「そうじゃない!どうしてファーストネームが変わらないんだ。私はローラなのに!」
 ジャンなんて、いくらフリでも呼べるわけがない。せめて他の名前にして貰おうと思ってそう言ったがハボックは困ったように答えた。
「そりゃあロイってのは男性名っスから。オレの名前は別にそのままでも問題ないっしょ」
(問題大ありだッ!!)
 ロイは内心そう叫んだが、実際声に出すわけにもいかない。グッと唇を噛めばロイの気持ちなどこれっぽっちも判っちゃいないハボックが言った。
「練習しましょうか?ローラ」
「必要ないっ」
な んだか余りに惨めで悲しくなってくる。ロイは気の毒そうに見つめていたブレダの姿を思い出してキュッと唇を噛んだ。
(本当にハボックは私の気持ちなどこれっぽっちも気づいちゃいないんだ……)
 それを望んでいただろうと思いながらも胸が痛むのをどうすることも出来ない。ロイは口を噤むと窓の外を流れる景色を見つめていたのだった。


「隊長、じゃないや、ジャンさん。車はここまでで後は歩きです」
「おい、気をつけろよ」
 ついいつもの癖で「隊長」と口にしたヤンにハボックが顔を顰める。ボリボリと頭を掻く部下の頭を小突いて、バックパックを手に取ると車から降りた。
「大丈夫っスか?ローラ」
 ロイ側の扉を開けて手を差し伸べる。
「平気だ」
「女の子ですから」
 言ってハボックはロイの手を取って車から立ち上がるのを手助けする。ロイはなにも言わずに車から降り立つと、フイとそっぽを向くようにしてコミュニティに目を向けた。
「よし、行くぞ」
「はい」
 頷くハボック達を引き連れて、ロイはコミュニティに向かって歩きだした。


 高い大きな鳥居のような門をくぐれば途端に周りの雰囲気が変わる。思わず物珍しげにきょろきょろしそうになって、ハボックは内心首を竦めた。
「ジャンさん、ローラさん。最初に纏め役のところに行きませんと」
「そうだったな、ヤン、案内を頼む」
 ハボックは頷いてロイを見る。コミュニティの纏め役のところへ行くのは最初から計画のうちに入っていた。
「こっちです」
 ハボックの言葉に頷くロイを見て、ヤンは三人を促して歩き出す。そうすれば街のあちこちから興味津々で伺うようにこちらを見つめてくる視線を感じた。
「想像以上だな」
「そうっスね、心してかからないと」
 ロイが囁けば同じように感じていたらしいハボックが答える。もう、恋人同士のフリがイヤだとか、そんな事を考える時間は過ぎたと感じて、ロイはキュッと手を握り締めるとたどり着いた建物を見上げたのだった。


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