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| 果てなき恋のバラード 第二十章 |
| 「まったくもう……大佐の無茶には散々振り回されてきたけど、今回のはその中でもサイアクだ」 ハボックは言いながら蛇口から零れる流れの下に頭を突っ込む。ザアザアと髪を流して後ろ手に手を振れば、部下の誰かがその手にタオルを握らせた。 「サンキュ」 ハボックは受け取ったタオルでガシガシと頭をこする。その苛立ちを表すように乱暴に髪を拭く若い上官に軍曹が言った。 「まあでも、そう言うところがマスタング大佐らしいというか、人気の秘密でもあるんでしょう。無茶というなら隊長だって似たようなもんじゃないですか」 「あのな、オレと大佐じゃ立場が違うの。オレはしがない少尉さん、あの人は大佐で東方司令部の副司令官なの。無茶言える立場じゃないっての!」 笑いながら言う副官にハボックが歯を剥いて言う。自分達からみれば、それがロイだろうがハボックだろうがやきもきするのは変わらないと思いながら軍曹が答えた。 「ま、一緒になって無茶だけはせんでくださいよ、隊長。ああ、ヤン達が一緒なら大丈夫ですかね」 「お前達こそオレがいない間しっかり頼むぜ」 「あたしらなら心配いりませんよ、隊長」 あくまで心配なのはそっちだと言いたげな軍曹の言葉にハボックは眉を顰める。だが、それ以上はなにも言わずに髪を拭いていたタオルを肩にかけ、鏡を覗き込んだ。 「ちゃんと染まったかな」 ハボックはそう言いながら短い髪を下からかき上げるようにして染まり具合を確かめる。そうすれば部下達がニヤニヤと笑いながら言った。 「やけにマジメに見えますぜ、隊長」 「そうそう、いつもと違ってなんかカタブツって感じ」 「でも、イヤラシさは増したんじゃねぇ?」 「ムッツリスケベってか?」 「あのなぁ、お前ら勝手言ってんじゃねぇ」 口々にからかいの言葉を言う部下達をハボックが睨む。だが、ハボックのそんな視線にもまるで動じない部下達に、ハボックは思い切り舌打ちした。 「人の苦労も知らないで」 「ああ、隊長、眉毛と睫も染めないと」 金色だと変っスよ、と言われてハボックは鏡を見る。確かにこれでは変だとため息をつくと、すぐ側にいた部下に言った。 「睫だの眉毛だの自分じゃ染められねぇ。お前やってくんない?」 そう言って毛染め用のワックスの小瓶を渡されて部下が「えええ」と眉を下げる。 「失敗してもしりませんよ?」 「はみ出したら腕立て100な」 ゲーッ、と喚きながらも部下はハボックと向かい合って椅子に腰を下ろすと目を閉じたハボックの眉や睫を染めていく。微妙に震える手で何とか染め上げて、部下はハアアと息を吐き出した。 「なんとか染めましたよ。文句は受け付けませんから」 その声に目を開けてハボックは鏡を覗き込む。綺麗に染まった眉と睫を顔の角度を変えて確かめてハボックはニヤリと笑った。 「バッチリじゃん、サンキュ」 「いよいよ怪しげですねー」 「煩いよ、お前」 染めてくれた部下に礼代わりの拳をお見舞いしてハボックは立ち上がる。ロッカーからごく普通のシャツとボトムを身につけ上着を羽織ったハボックは、最後に取り出したカラーコンタクトをそっと目につけると部下達を見回した。 「どうよ」 「カッコいいですよ、隊長」 「しっかり姫君守って上げてくださいね」 ハボックは口々に言う部下達にニヤリと笑って最後に軍曹を見る。 「じゃ、後頼むわ」 「任せておいてください。隊長もお気をつけて」 「ああ」 それにしっかりと頷いて、ハボックは同行する部下を連れて詰め所を後にした。 「失礼しまーす」 コンコンとノックしながら執務室の扉を開ければ既に身支度を終えたロイが顔を上げる。何か言おうとした唇をポカンと音がしそうなほど開いたまま見上げてくるロイに、ハボックが困ったように首を傾げて言った。 「えと……なんか変っスか?」 そう尋ねる声にロイはハッとして視線を逸らす。逸らした途端、バクバクともの凄い音を立てる心臓をロイはそっと押さえた。 (うそ……カッコいい……) 今までハボックの蜂蜜色の金髪と空を切り取った瞳がなによりも好きだと思っていたが、髪を黒く染めカラーコンタクトで瞳を己と同じ昏い色に変えたハボックは、いつもの明るい雰囲気がなりを潜め、どこか危険な匂いがした。 「大佐?」 「うわあっ!!」 いきなり顔を覗き込んで話しかけられてロイはびっくり仰天飛び上がる。そんなロイに目を丸くするハボックに、ロイは慌てて言った。 「いっ、いきなりその怪しげななりで近づくなっ!びっくりするじゃないか!」 「怪しげ……」 ロイの言葉にハボックががっくりと肩を落とせば一緒にいた部下達がクスクスと笑う。ハボックは一つため息をつくと、笑う部下の頭を小突いて言った。 「大佐、ハボック隊のヤン・コウエイとブレダ隊のキム・ジェソンっス」 ロイに紹介されてたった今まで笑っていたのが嘘のように笑いを引っ込めると、二人の部下がピッと敬礼を寄越す。ロイがそれに頷いた時、開いたままだった扉からブレダ達が入ってきた。 「お、ハボ。イイ男じゃねぇか」 「だろ?」 「場末のチンピラだな」 「ブレダ〜〜」 自分をよく知る友人からもそんな風に言われてハボックがヘタリ込む。隊長、しっかり、と部下達に励まされてハボックがよろよろと立ち上がれば、笑いをこらえるようにして見ていたホークアイが一つ咳払いをして言った。 「こちらから連絡がとれるように小型の無線を用意しました」 ホークアイの言葉にフュリーが小さな箱を机に置く。蓋を開ければ高性能の小型無線が出てきた。 「建物の中でも地下でも、ほぼ100%の確率で送受信できます。ただバッテリー容量が少ないのが難点で」 「判った、普段の連絡は電話を使うようにするよ」 ロイは言って箱ごと無線をハボックに渡す。ロイは部下達の顔を見回して言った。 「私とハボックは行方不明の叔父を捜しにコミュニティを訪ねたと言うことにする。ヤンとキムはその従者で」 そう言って視線を投げてくるロイに二人が頷く。ハボックは腕を組んで考えながら言った。 「オレと大佐の関係は?」 「従兄弟同士というのはどうだ?」 そう言うロイの言葉にハボックが首を傾げる。しっくりこねぇな、と呟いたハボックが、パッと目を輝かせて言った。 「恋人同士ってのはどうっスか?」 「恋人同士っ?私もお前も男だぞっ」 「大佐なら女の子で通りますよ」 「なに馬鹿なことを言って───」 「そうね、その方が自然かもしれないわ」 ハボックの提案にギョッとしてロイが反論するより早くホークアイが言う。強力な援軍にハボックがにっこりと笑って言った。 「ですよね、じゃあそうしましょう。オレと大佐は恋人同士で叔父を捜しにいくっていう彼女を心配してついてきたって事で」 「いや、でも、それは幾ら何でも無理があるんじゃないかっ、ハボ!」 なんだか思いがけない方向へ行きそうな会話にブレダが慌てて割って入る。だが、ハボックの言葉にホークアイが頷けばそれは決定事項となってしまった。 (それは幾ら何でも大佐が……) たった一人ロイの気持ちを知っているブレダが恐る恐るロイを見る。そうすればロイは呆然としてハボックのことを見つめていたのだった。 |
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